【小説】いかれた僕のベイビー #16
好きな音楽、最近見た映画、友達の話、好きな食べ物に好きな色、犬か猫ならどっちも好きだけどどちらかと言えば犬派。
優菜ちゃんは四人の中では比較的おとなしめで話をしていても盛り上がる、という感じではなかったが、他愛もない話を淡々と話すリズムが意外と心地良くて、ずっと聞いていたいと思った。
連絡先を交換したその日から毎日のようにやり取りをして、高校一年の終わり、オレから告白して、オレと優菜は付き合うようになった。
彼女との付き合いは、順調だった。高校が違うから毎日は会えなかったけど、毎日電話やメッセージのやり取りをし、休みの日にはデートもして、オレたちのライブには毎回来てくれた。
高校二年の夏休みには、お互い初めてのセックスも経験した。
どこにでもいる普通の高校生カップルだったけど、優菜の事が大好きで、大切で、彼女との日常がオレのすべてだった。
本当に、本気でこんな日々がずっと続くと、あの頃のオレはそう、信じていたんだ……。
高校二年の終わり、シュウがバンドを抜けることになった。表向きは、もともと成績の良くなかったシュウは大学受験を前にバンド活動を親に反対され仕方なく、といった感じだったが、実際には飽きっぽい性格のシュウはバンド活動の時間を他の事に当てたくなったのだろう。
残されたオレたちはボーカルのシュウが抜けた事で当然バンドは活動出来なくなった。それにオレたちだってまもなく高校三年になる。どうするべきか悩んでいる事を優菜に相談すると、
「大成が歌ったら?」
オレも誰も考えていなかった提案をしてくれた。さらに、
「大成、オリジナルの曲考えてるよね?大成の好きな曲なら私も全部知ってるはずなのに、時々知らない鼻歌歌ってるから、なんだろうなって思ってたんだけど、あれ、大成のオリジナルだよね?」
誰にも言っていなかった事実を指摘される。
同時にこんなにもオレの事を見てくれていた彼女との絆を再認識し、オレは、優菜のために曲を作って優菜のために歌いたい、そう思った。
オリジナルの曲といってもサビのメロディーのイメージが少しあっただけでまだ曲と呼べるレベルではなかったが、その日からオレは本格的に初めてのオリジナル曲の制作に取りかかった。
曲作りは難航し、たった一曲仕上げるのに一ヶ月以上を要したがそれでもなんとか自分でも納得出来る仕上がりになり、まずは優菜に聴いてもらった。
「……これ、私のこと?」
曲を聴き終えた優菜がそう呟く。
「……うん、そうだよ」
緊張しながら次の言葉を待つ。
「……すごくステキな曲。……嬉しい」
うっすら涙まで浮かべてくれている。
こんなに喜んで貰えるなら、いくらでも作るよ。
いくらでも歌うよ、これからは、全部、優菜のために。
シュウの脱退以降活動休止中だったバンドのメンバーに久しぶりに集合をかけて、オレの作った曲を聴いてもらった。ダメなら一緒に演ってくれるメンバーを一から探そうと思っていたけど、思いの外二人ともオレの曲を気に入ってくれて、一緒に演りたいと言って貰えて、その日バンドは再始動することになった。
とはいえオレたちもこう高校三年生、特に秋以降は受験勉強の合間の息抜きに時々スタジオに入るくらいで、オレはその間さらに曲を作り、高校卒業後、本格的にバンド活動を再スタートさせる事になっていた。
幸いオレを含め、メンバー三人の進路はバラバラだったが地元を離れるやつはいなかったので安心してその時を待っていた。
バンドに関しては、心配は無かった。……だけど、オレが曲を作って歌い、バンドが再始動するきっかけをくれた肝心の優菜は、高校を卒業したら、一人地元を離れ大阪の大学へ進学する事が決まっていた。
もちろんオレは離れたくなくて反対したけど、大阪の大学で学びたい事があると言う彼女を、いつもオレのやりたい事を応援してくれていた彼女の邪魔をする事は出来なくて、それ以上強く反対する事は出来なかった。
そしてそれぞれ希望の大学に合格し、オレたちは高校を卒業した。
大学生になり、優菜との遠距離恋愛が始まり、予定通りバンドも再スタートし、優菜に会いたい時に会えないのは寂しくて仕方なかったけど、毎日連絡は取り合っていたし、バンドも順調だった。
高校の頃から出させて貰っているライブハウスの店長がオレの曲を気に入ってくれて、人気のバンドとの対バンライブにブッキングして貰えて、オレたちにも少しずつだけど固定客が付く程になっていった。
優菜も都合が付けばオレたちのライブに大阪から駆け付けてくれていた、……始めの頃は。
大学二年の一月末、もうすぐ優菜の二十歳の誕生日。バイトが忙しいらしく年末年始も帰省しなかった優菜に会えないのがもう限界で、誕生日のお祝いをするため週末大阪に行く予定でいた。
なのに、その二日前、突然優菜から急にバイトに入らないといけなくなってゆっくり出来ないから来なくていいと言われてしまった。納得出来ず、少し会うだけでもいいからと引き下がらないオレに『ごめんね』とだけ言って電話は一方的に切られた。
嫌な、予感がした……。
優菜の事を信じていないわけじゃない。だけど、秋頃からメールの返信が遅くなったり、いつもなら家にいるはずの時間に家にいなくて電話に出るのが遅かったり、前とは違う、違和感は感じていた。
それでも、それぞれの場所で、それぞれの生活があるのだら、そんな事もあるだろう、そう無理矢理思い込もうとしていたところに、この年末年始、優菜は帰省しなかった。
こんな事したくないのに、疑い始めたらキリが無い。
オレは、優菜には内緒で予定通り大阪に行くことにした……。
優菜が一人暮らしをしているマンションも通っている大学もバイト先も、よく行くカフェやスーパーも、当然全部把握しているし、全部一緒に行った事がある。
優菜が行きそうなところを一人で全部回ってみたけど、優菜の姿はどこにもなかった。
……そう、自宅マンションにも、バイト先にも、優菜はいなかった。
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