【小説】いかれた僕のベイビー #17
優菜に会えず、かと言って自分から連絡する勇気も無くて、さらにはその日の宿も決めずに行き当たりばったりで大阪まで来てしまったので、途方に暮れながら慣れない大阪の街を一人歩き回る。
それでも、せっかくだからと気を持ち直し、ライブハウスが多く集まっていて年に何度かインディーズバンドを中心にサーキットイベントを行なっている有名な地域に行ってみることにした。
今日のところはどんなバンドが出ているのかまったく知らないのでライブハウスの中までは入るつもりはなく何軒か聞いた事のある名前のライブハウスを見て回っていた、……ちょうどその時、ライブハウスから出てくる人の集団の中に、優菜を、見つけた……。
その場に立ち止まり、驚き過ぎて声も出せずにその集団を見つめているオレに、前に会った時より髪の毛の色も明るくなり、服装も心なしかオシャレになった気がする優菜が気が気付く。
「……え、大成?……なんで、こんなとこにいるの?」
そうだろうね。……でも、それは、オレの台詞でもあるよ。
「……優菜に、どうしても、会いたくて……、勝手に来た……」
「………そう」
気まずそうに優菜がオレから目を逸らす。
一緒にライブハウスから出て来た集団のうちの一人が優菜を呼んだ。
「ごめん、先に行ってて」
みんなが歩き出しオレたちから離れたところでようやく優菜は改めてオレに向き直った。
「……大成、ちょっと、話しようか」
23時まで営業しているという近くのカフェに入る。今日は土曜日で外は人通りも多い割に店の客が少ないのはアルコールのメニューが少ないからか、おかげでゆっくり話が出来る。
「……バイトって、嘘だったの?」
「……うん、ごめんなさい」
「どうして?……予定があったなら、そう言ってくれたら良かったのに」
「…………」
「……オレに、言えないような理由があるの?」
優菜の態度に違和感を感じ始めた頃、いつか、もしかしたらこんな話をする事になるかもしれないと考えた時、絶対まともに話なんて出来ないと思ったけど、いざその時を迎えたら、自分でも驚く程にオレは冷静だった。
「……今日観に行ってたバンドが好きで、大阪来てからよく一人で観に行ってたの。そのうちにいつも来てるさっきの人たちに仲良くして貰うようになって、バンドのメンバーにも紹介して貰えて、今日打ち上げ参加出来るって言われて、それで……」
「……それで、オレに来なくていいって言ったんだ」
悲しくなるどころか、逆に笑えてくる。
オレはもう、優菜の中でその程度の存在なのか……。
「打ち上げいつでも参加出来るわけじゃなくて、今日行けなかったら次はいつ参加出来るかわからなくて、大成とはまた改めて約束すればいいと思って、……ごめん」
「年末、オレのライブもあったよね。でも優菜は帰省すらしなくて、来てくれなかった。絶対来てくれると思ってたのに、今日だって。……会いたかったのオレだけ?優菜はオレより、そのバンドがいいの?」
「……あたしだって、会いたかったけど、」
「……けど?」
「正直、最近はちょっとしんどくなってた、遠距離であたしが会いたいって思う時にはいつも会えないし……」
「それでも大阪に行くって決めたのは優菜だろ?オレは反対したのに」
「…………」
優菜はそのまま黙り込んでしまった。
「……オレたち、もう終わりなの?」
「……それは」
「オレは、別れたくないよ。優菜がもっと会いたいって言うならもっと会いに行くし、なんなら大学辞めて大阪に住んでもいい。電話だってメールだってもっとするし、優菜のためにもっと曲も作るから、……オレを捨てないでよ」
「……ごめん大成、そういうのが、……もう、重いの」
泣きそうな顔でそう呟く。
なんで、なんで優菜がそんな顔するんだよ。
泣きたいのはオレの方なのに、叩き付けられた現実と彼女の言葉に心も体も麻痺してしまい、泣く事も笑う事も、それ以上惨めに縋る事ももう何も、出来なかった。
こうして永遠に続くと信じて疑わなかった優菜との日々は、こんなにも呆気なく終わりを迎えた……。
優菜と別れてオレの時間は止まっても、世の中は止まってはくれない。大学にバイトにバンド、やらないといけない事は山程ある。そして、それが何より今のオレにとっては救いだった。
バンドのメンバーには優菜と別れた事をなんとなく言えないでいたけど、バンド活動はそれなりにこなせていたと思う。
いつも出させて貰っているライブハウスのいつものステージに立って、優菜のいないフロアに向かって、優菜のために作った曲を歌うまでは……。
ありえない程の酷い姿をステージの上で、多くの人の前で晒してしまった。
今あるオリジナル曲はすべて優菜のために優菜の事を想って作った。それをもう優菜のために歌う事が出来ない。その事は思っていた以上にダメージが大きくて、それ以降オレは自分で作った曲を歌えなくなった。
そして、新しい曲も、もう作れなかった。
正確に言うと、メロディーは浮かんでも歌詞が書けない。以前は優菜の事を想うだけでいくらでも書けたのに。
バンドのメンバーはコピーバンドでもいいし、とりあえず何か演ってみようと言ってくれたけど、オレがどうしても納得が行かず、焦ってもがけばもがく程泥沼にハマって、やがて身動きが取れなくなっていった。
どんどん荒れていくオレに呆れて、バンドメンバーも次第に離れていき、バンドはそのまま空中分解した。
そんな頃、バイト先の女の先輩が珍しく飲みに誘ってくれて、彼女もいなくてバンドもやっていない、何の予定も無いオレに断る理由はないし、なんなら誰かに誘ってもらうのもちょっと久しぶりなので喜んでついて行った。
そんな彼女との関係が、その後のオレの人生を大きく変えて行くとは、その時は思いもせずに……。
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