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【小説】いかれた僕のベイビー #45

 その後の話を、少しだけ……。

 潮音ちゃんはオレと晴れて付き合い始めたことをさすがに周囲には隠しておきたかったようだけど、即バレた。
 原因は、オレじゃない、はず。
 オレはこれまでと変わりなくみんなの前でも普通に話しかけるしデートにもごはんにも誘うしみんなの反応も、“あーまたやってる”くらいだったけど、そんなオレに潮音ちゃんはまったく冷静に対処出来なくなった。
 オレが側に近寄るだけで顔を真っ赤にして少し身体が触れただけで文字通り飛び上がる程驚いて、真面目に仕事の話をしている時でさえ時々上の空で、そしてそんな潮音ちゃんをオレが放っておくはずもなく、わざと仕掛けては愛しい恋人のウブな反応をひたすら楽しんでいた。……こういうところが小学生男子とか言われる所以なのかな。
 そしてオレのまわりの人たちといえば大体感が良くて、……いや、あれは鈍い人でも流石に気付くか。
 玉田には何故か爆笑されアミちゃんにはとことんイジられ、川西さんはオレが調子に乗らない限りはとりあえず放置すると決めたらしい。
 なんだかんだ世話になった杉浦とは電話で話をした。電話の最中近くにいた彼女の英理奈さんが杉浦以上に喜んでくれていたようで、近々四人で会おうという話になったが、恋愛初心者の潮音ちゃんはWデートなんてしたことないだろうし、また違った顔が見られるかな、なんてまたつい悪い事を考えてしまう。

 バンドは驚く程順調だった。
 向井さんたちのバンドの活動休止を受け、事務所としてもとりあえず穴を埋めてくれる次のバンドを早急に売り出さないといけない。そしてわかりやすい程にオレたちに力を入れ始め、音楽をプロとしてやっていくと心を決めている以上拒む理由も無いのでその流れに上手く乗ることも出来た。

 そして、目まぐるしく、時は流れて……。






「潮音ちゃん、運転お疲れさま。ありがとねー」

「ほんと、運転代わるって言ってるのに結局ずっと潮音ちゃんが運転してくれたしね」

 車を降りてすぐ伸びをしながらアミちゃんと玉田が潮音ちゃんに声をかける。

「いえ、私の我儘で運転させていただいたので、むしろ皆さんお疲れじゃないですか?」

「全然大丈夫だよ。潮音ちゃんがマネージャーになってからの思い出話しながらだったから、あっという間だったしね」

「……そうですね」

 ここ最近、長距離の車移動の際は運転手も付くようになって潮音ちゃん自らがハンドルを握る機会は減っていたが、今日は潮音ちゃんの希望でずっと運転してくれていた。

「けど今年は晴れて良かったよねー、ようやく来れたよ」

 そう言って玉田は感慨深げに目を細めあたりを見渡した。

 毎年この時期にこの場所で開催される人気の野外ロックフェス、昨年もオレたちの出演は決まっていたが、悪天候のため敢えなく中止になってしまった。
 そして今年、天気予報は一日中晴れ予報の絶好のフェス日和、一年待ちに待ったこの日がついに来た。

「そうだね、去年中止になった時はほんと悔しかったからはやく一年経てー!って思ってたけど、……でも、いざこの日が来たら、やっぱり、寂しいな」

 ここへ来る道中、車の中でもアミちゃんは同じような話をずっと繰り返ししていた。

「まぁ、これまでの事が全部なくなるわけじゃないんだからさ」

「……そうだけど」

 前を歩く潮音ちゃんの背中を見つめる。
 あの日も、こうやってオレは後ろからじっと彼女を見ていたっけ。
 今日と同じように黒髪に黒縁眼鏡で硬い表情と口調、色気無いなぁとか、初対面のマネージャーの、しかも女の子相手に最低な事考えてたよな。
 時が経って、こんな日が来るとは、あの時は当たり前だけど何も思いもせずに。

 このフェスでオレたちは出会い、……そして終わる。

 この思い出のロックフェスが、潮音ちゃんの、オレたちのマネージャーとしての最初の仕事で、最後の仕事だ……。







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