【小説】いかれた僕のベイビー #20
「フジくん?」
バイト終わり、浮かない顔で駅前を一人歩いていると、聞き覚えのある声に呼び止められた。
振り返ると、一夜だけ共にした、あの時の彼女だった。
「久しぶりだね、元気にしてた?」
「……まぁ、そっちこそ、仕事、どう?」
彼女はこの春大学を卒業して社会人になっていた。
「んー、普通かな。仕事なんてそんなもんだよ。……それより、また何かあった?あの時みたいな顔してる」
ほんと、なんでこういう時に会うかな。
「……別に、何もないよ」
「そう?あたし連絡先変わってないし、……相変わらずだし、気が向いたらいつでも付き合うから言ってね」
そう言ってオレに背を向け歩き出そうとした彼女の腕を、思わず掴んでしまった……。
「……なに?」
「………」
何も答えられないオレに彼女は優しく微笑みかけてくれる。
「……場所、変えよっか?」
「フジくんは、何も話したくないなら話さなくていいよ。……その代わり、あたしの話、聞いてくれる?」
オレの上に跨ってゆっくりと腰を動かしながら彼女は前の時とは違う男の話をする。似たような男にまた捕まったらしい。そしてまたそんな男を好きになったらしい。……ほんと、懲りない人。
「でもいいの、あたしは誰かとちゃんと付き合っても、きっとどこか物足りなくて、誰とも上手くいかないから。きっと、手に入ると冷めちゃうから、……だから、カラダだけで、追いかけるだけの恋がいいの」
わかるような、一生わからないような……。
だけど、一つだけわかるのは、それでも彼女は恋をする事から逃げない。
恋する気持ちを、否定しない。
「誰にも、フジくんにも、わかってもらいたいなんて思ってないよ。……だから、フジくんも、好きにしたらいい。……あたしのカラダが必要なら、いつでも呼んでくれたらいいし、後で冷静になってやっぱり無理って思ったら、それはそれでいいし、……あ、……んっ、……あたしはそういう、女だから……はぁ……」
胸の膨らみに手を伸ばすと、彼女の呼吸が少しずつ荒くなる。
オレに跨ったままの彼女を引き寄せて舌の絡まり合うキスをし、体勢を変える。
「……あぁ!………はぁ、……んっ、フジくん、……もっと!」
もう何も考えたくない。
何が正しくて、何が間違っているかなんて、誰にもわからなくて、きっと正解なんて無い。
誰も傷付かなくて、誰も傷付けなくて、オレも苦しくならないなら、もう、それでいいだろ。
このままじゃもう、息も出来ない……。
頭を空っぽにしてお互いの欲をぶつけ合うだけのセックス。満たされるものなんて、何も無くて、結局は後で虚しくなる。
それでも、頭も心も体も、溜まっているモノを一度全部空っぽにする事で、どこかに少しだけ余裕が出来るような気がした。
家に帰って、ギターを手に取る。
……ほらな、どんなに考えても見方を変えてみても何も浮かばなかった歌詞が、今はスラスラ出てきやがる。
こんな方法でしか、オレはもう、歌詞を書く事も出来ないのかよ……。
「すぐに連絡くれると思ってたよ」
後日、ラブホテルの部屋に入るなり彼女は自ら下着姿になって、次はオレの服を脱がそうとする。
「フジくんは、本当は真面目な人だから、そういう人の方がね、少しのきっかけでこうなり易いの。……ごめんね?あたしそういう人見つけるの得意だから。……やっぱり、堕ちちゃったね」
「別に、オレがそうしたいから、してるだけだよ。……だけど、その前に一つだけ、頼みがあるんだ……」
そして、彼女の報われる事のない恋愛話を聞いて、セックスをしてカラダだけを満たしてあげて、それを歌詞にする。
この奇妙で、他人には到底理解して貰えない彼女との関係が、始まってしまったんだ……。
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