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【バーチャル旅行】一日に3本しか電車の走らない駅「大川駅」は工場夜景や釣りの穴場スポット

絶景の見られる海芝駅から始まった旅ですが、鶴見線の駅はどれも高度経済成長時代の息吹を今も感じることが出来る素敵な駅ばかりですね。本日の旅先も引き続き鶴見線、大川支線の終着駅「大川駅」です。

2020年12月現在、大川駅は平日9往復、土曜・休日は3往復の運行があるのみで都市部に近い駅にも関わらず廃駅同然のような不思議な駅です。週末にこちらに行く方は気をつけましょう。写真を見る限り駅舎も小さく古びていてとても良い味わいです。

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駅名のこの地らしく「日本の製紙王」と呼ばれ「大川財閥」を築いた「大川 平三郎」に由来します。大川 平三郎は13歳で上京し渋沢栄一の書生として雑用をこなしながらドイツ語や英語、歴史を学び、渋沢栄一が中心となって設立した後の王子製紙となる抄紙会社に16歳で入社。日本人初の製紙技師となり、その後は80有余の企業経営に携わり「大川財閥」を作り上げた。

日本資本主義の黎明期における技術革新の先駆者であり、80有余の企業の設立・運営に関与し「事業の化身」と称された大川平三郎の生涯についてはこちらの書籍が詳しいが、すでに絶版なので入手は困難となっている。

他にも大川平三郎氏に関する書籍は過去に多数発行されていたが古いものが多く現在は絶版となっているものが多い。

氏の生まれ故郷、埼玉県坂戸市のサイトで大川平三郎氏に関する資料等が公開されていていくつかの書籍はpdfが公開されているので大川平三郎に興味を持った方はこちらを見ると良さそう。雑用係からトップまで上り詰め、財閥を作り出すまでのサクセスストーリーは今読んでも心が躍る物語です。

↑の記事は有料会員限定の記事となっていますが、原書が国立国会図書館デジタルコレクションにありますので続きが気になる方はこちらもご覧下さい

色々と調べても全く情報が無いのですが気になる雑誌を見つけました。

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古書店で売られているのですが、当時の雑誌に大川平三郎氏が寄稿されていたようです。第二次世界大戦が始まるちょうど3年前の夏、氏はどのようなことを書かれていたのでしょうか?もし内容をご存知の方がいたらぜひコメントで教えて下さい

また第二次世界大戦後の製紙産業に関してはこちらに詳しくまとめられていますので気になる方は読んでみてください

大川駅に話を戻すとこの島はこのあたりにしては珍しく緑地が多い島となっています

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東に位置する大川町緑地では春の時期になると桜が満開でお花見を楽しむ方で賑わいます

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東側に見える扇町の発電所などを撮影できる穴場スポットとして工場夜景を楽しむ方の一部でも知られています

釣り人にとっても人が少ない穴場として一部の方に人気のあるスポットとなっています

先日の記事で紹介した対岸にある扇町駅はねこの駅として知られていて、こちらの島は魚釣りのスポットというのも面白いですね。

夜景に限らず様々な表情を見せてくれる大川町緑道公園は写真好きにとっても魅力的な場所です

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工場夜景や釣りの穴場スポットとして良い場所ですが冒頭で説明したとおり、電車の便が悪すぎるので自家用車かバスでの移動が便利そうです。行きは電車で帰りは自由がききやすいバスを選択するというのが良いでしょう

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本日の旅はこれで終わりになります。公園からきれいな工場夜景が眺められる穴場スポットはデートにも良さそうですね。

「バーチャル旅行」を楽しんでいますが機会があればぜひ実際に足を運んだ写真付きレポートも書いてみたいと思います。現地の空気感を皆さんにお届けします