見出し画像

【短編小説】暮色の時


「おぉっ!ゆう!めっちゃ久しぶりじゃね?」
「うわっ、けいか。突然大きな声出さないでよ」

けいは、同じマンションに住む幼馴染で、友人である。
最近のけいは部活で忙しく、もうすぐ受験ということもあり、ここ数ヶ月、まともに会話していなかった。

「帰んの?俺も」
「あれ部活は?」
「もう引退。夏の試合が終わって終了〜。今はひたすら受験勉強よ」
「そっか、ウィンターカップは出ないって言ってたもんね。全国おつかれ。見に行きたかったな」
「来れば良かったじゃん」
「塾の模試とかぶってたから」

けいが部長を務めるバスケ部は、この夏のインターハイでベスト8に輝いた。
これは学校創立以来初めの快挙で、地方紙に大きく取り上げられた。
学校中でけいのことは話題になっていた。
帰り際、女の子に手紙のようなものを渡されているのを見たこともある。

なんだか、その背中がどんどん遠くなって行くような気がしていたが、こうやって近くで笑っている顔を見ると、鎖骨のあたりが軋むように心地がよくて、そんな不安は忘れてしまう。

「なんかずーーっと走ってたからさ、引退って変な感じだな。この制服着んのも、後少しかぁ」
「けい高校入って身長伸びたから、なんか、ちょんちょんだよね」
「お前は買った時のままだな」
「うるさいなぁ」
「今何センチ?」
「うるさい」
「お前髪サラッサラだな。どこのシャンプー使ってんの」

けいは185センチあって、身長も大きければ、手も大きい。
その丸っと覆ってしまう大きな手で、頭をクシャクシャ触ってきたかと思えば、自転車をビュンビュン飛ばして、まるでドリブルするかのように風を切り、夕陽に向かって走って行ってしまった。

「ちょっと、けい、待って!」

待ってと言ったのは、本当に待って欲しかったからではない。
前を走る彼に、翼が生えて、どこか遠くへ、自分の知らない所へ行ってしまうのではないかと、また不安になったのだ。

「お、なんかここ一緒に来るの久しぶりじゃね」

そこは、小学生の時によく、けいと遊んだ河川敷。

「小学生の時、よく寄り道したよね。橋の下に、捨て猫いたの覚えてる?」
「あー、いたいた!!俺勝手に名前つけてた!」「けいが、可哀想だから連れて帰るって言って、でもうちのマンション動物禁止だったから。あの後、どうなったんだろ」
「いい飼い主が見つかってるといいなー。おぉーあの橋だ!ちょっと覗いてみようぜ」

自転車を少し乱暴に停めて河川敷を下って行くけい背中を、また、追いかける。

「ほら、ここだろ!うっわー!なつかしーー!あそこで釣りもしたよなー!」
「えー、それは覚えてない」
「したした!お前は一匹も釣れなかった!」

けいは、岩をぴょんぴょん飛び越えて、川を渡って向こう側に行ってしまった。

「ちょっと、けい、危ないよ」
「なんか、昔より綺麗になったな。草ボーボーだったし、砂利も汚かったよな」
「あっ本当だ」

けいの言う通り、地面を覆っていた背の高い雑草は綺麗に整備され、道ができ、あの時とは少し違っていた。
昔は泥水だったが、河川の水は透き通って、水面には2人の顔が映った。

「水切りもやったよな」
「えー、覚えてないや」
「お前は下手くそだった」


覚えてないんじゃない。
むしろ、2人の思い出は多すぎて、抱えきれない。

手を繋いで高架下を走っていたあの頃。
いつから手を繋がなくなったのか。
1番近いと思っていた彼が、いつから遠くなってしまったのか、よく覚えていない。
そして、いつから。

気づけばいつも、自分より少し前を走るその背中を追いかけていた。
きっとこの気持ちは、小さな時から。

「けいはさ、関西の大学、推薦受けたんでしょ?

「うーん、まぁ、でも別にそこにこだわってるわけじゃないかも。ゆうは、東京のM大だっけ?親父さんもそこ出身だもんな」
「うん」
「お前あったま良いもんなぁ。進路のこと、悩みなんてなーんもなさそう」
「失礼だよ。悩みくらいある」
「なに?言ってみ〜〜」

けいが顔を近づけた。

「、、いや、、、内緒だけど、、ってか近いよ。
けいだって、絶対受かってるでしょ。こないだ全国行ってたし」
「まぁ〜ね〜。正直、俺なら余裕でしょ〜」


見れば無条件に安心してしまうその笑顔が、憎たらしいし、大好きだ。

「なんか寒くなったな」

「うん」


寒くなった秋の今日。
地面には、紅葉が1枚また1枚と落ちて、赤い絨毯のように広がっていて、それはまるで、自分の心のようだ。

「ここの紅葉も、こんな綺麗だったっけ」

紺色のカーディガンを着たけいは、右手をポケットに突っ込んで、左手に息を込める。
どうしよう。また、鎖骨のあたりが軋むように、痛むように気持ちいい。
綺麗な鼻筋と、風に揺れる無造作な髪に、本当は触れてみたい。


「けい、あのさ」

「なに?」

来年の今頃は、離れ離れになって、こんな風に横に立つことすら叶わなくなる。
そう考えると、悲しいけれど。

「やっぱなんでもない」
「うわっ!それずっと気になるやつ」
「ずっと気にしてろ」
「なんだよ〜〜言えよ〜〜」


それよりも、今はただ、側にいられるだけでいい。それがいい。
でもいつか、この想いを伝えられる日が来るといいな。

「帰るか〜」

「そうだね」

幕が降り始めた空の下。
水面に映る2人の姿を見て、僕は、そんなことを思っていたんだ。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?