【連載小説】子どもたちの眠る森EP.13


(ep.13  隠された場所)


"タニル国の地図"
商人の言葉で僕たちはひらめいた。僕は地図を一度も見たことがない。この国がどんな形で、どのように区切られているかなんて今まで興味がなかった。
僕たちは中央の森を出て、まずはその地図を探すことにした。空は太陽が西に傾き始めていた。

「ピオ、僕は今から水汲みに行って、母さんの手伝いをしないといけない。明日は農地に行くの?」
「ううん。明日は行かないよ〜」
「じゃあ、明日、一緒に地図を探しに行こう。第1地区にある本屋に行けば見つかるはずだ。噴水の前に、朝9時に集合だ」
「分かったよ〜!」

こうして明日また集まる約束をし、ピオは家へ、僕は川へと向かった。

水汲みを終えた僕は、タンクを抱えて、ノエミに教えてもらったラベンダーの咲く場所へと向かった。本当は、今日ノエミと一緒に来るはずだった場所だ。
1週間前、川をなぞるように咲いていたラベンダーは、もうそこにはなかった。膝を抱えて、砂利の上に座る。あの日と同じ、土と草の匂いが僕の鼻をかすめて、ラベンダーを見つけて微笑むノエミの姿を簡単に思い出せた。

「僕が必ず、犯人を捕まえるよ」

ただ流れていく川に向かって僕は呟き、ひとり帰り道を歩いた。


金曜日の朝。噴水の縁にピオが座って待っていた。

「ピオおはよう!早いね。今日は遅刻しないように来たのに」
「ソーレおはよう!!これをはやくソーレに見せたくて!家でじっと待ってられなかったんだ〜!じゃ〜ん」

ピオは嬉しそうに1枚の紙を見せてきた。その紙には、横長のでこぼこした形が描かれ、その図形の中は格子で区切られていた。

「これって‥‥もしかして!?」

「そう!タニル国の地図だよ〜!といってもかなり昔の地図みたい。多分、僕たちが生まれるよりずっと前の、北と南が分断される前の地図だよ〜。お父さんが持ってたんだ。元々はお父さんのお父さんだから、おじいちゃんのものなんだって。あと、こっちは今のタニル国の地図!」

タニル国の形を見たのは初めてだった。自分の住んでいる国が、こんな横長の形をしていたなんて知らなかった。昔のタニル国は、今と比べると2周りほど大きかった。

「すごいな。これが僕たちの住むタニル国なのか。初めて見た」
「昔はこんなに大きな国だったんだね〜。今なんて第3地区までしかないのに、北だけで第15地区まであるよ〜」
「‥‥戦争で、全て奪われてしまったんだ」

タニル国はとても大きな国だったのだ。いや、他の国からすればこれでも小さい国なのかもしれないけれど、この時はきっと北も南もなく、みんなが似たような喜びと苦しみを抱えて、共に生きていたのだと思う。

「僕たちが探している地図は、どこにあるのかな〜?」
「‥‥分からない。まずは第1地区の本屋に行ってみようと思う」
「あ!でもお金がないよ〜」
「大丈夫。貯金箱からコインを持ってきた」
「ソーレやる〜」


第1地区の本屋は、酒場が並ぶ通りを抜け、市場を抜け、ガラクタを並べた謎の商店の隣にあった。看板に本の絵が描かれていたので、すぐに見つけることができた。木の板を貼り付けただけのような建物、窓の淵にはこれでもかと埃が溜まり、ガラスはくすんで、中は見えなかった。

「まだ閉まってるのかな〜?」
「どうだろう‥‥」

━━━ カランカラン

取っ手を引くと、扉は予想以上に軽く簡単に開き、ギィと苦しそうな音と共にぶら下がったベルが鳴った。

━━━ ギィギィ

今にも抜けそうな床は歩くたびに、音を立てた。

『なにか用か?』

奥の方から、静かで、でも建物中に響く低い声が聞こえた。

「ひっ、あ、あの!僕たち、タニル国の地図を探してまして〜」
『お前らみたいな小僧が買えるもんはここにはねぇ。出ていけ』
「は、はい〜!!!」

商人の声に、ピオは完全に硬直してしまった。

「‥‥あの、タニル国が分断されてからの地図が見たいんです。ここにありますか」

少し声を張ってそう言うと、薄暗い闇の中から1人の男が姿を見せた。 顔中の毛という毛を蓄えた、大柄の男だった。

『タニル国の地図だと?』
「はい!」
『小僧、金はあんのか』
「これです」

僕は1枚のコインを差し出した。

『足りねぇ、あと4枚持ってこい』
「買えなくてもいいです!見るだけでいいです!」
『だめだ。持ってこい。それができなきゃ、地図は見せねぇ』

そう言うと、男は暗闇に向かって歩き出した。

「‥‥ここに分断前の、いや‥‥分断されてから、何かが隠されるまでの、その間の地図はありますか」

男は僕の言葉に足を止めて、ゆっくりと振り返った。

『なんのことだ』

「これを見てください!新しい地図には、中央の森しか載っていません。もしかしたら、もう少し前の、たとえば8年前の地図には僕たちが探しているものが載っているかもしれないんです!‥‥その隠されたものがなんなのか、それを知りたいんです」

『お前ら、知ってなにする気だ』

「‥‥復讐です」

僕がそう答えると、男はフッと笑い『見せるだけだぞ』と暗闇へ消えていった。しばらくすると、ガザーガザーと、ゴミ山をかき分けて奥から引っ張り出すような音が聞こえ、埃まみれの男が戻ってきた。

『これだ』

男は、筒状に丸められた地図をポンっと放り投げ『1分見るだけだ』と言った。

「「ありがとうございます!!」」

僕は急いで筒の紐を解いた。

「ピオ、いくよ」
「うん!」

━━━ パラッ

「これは‥‥」

その地図は、ピオが持っていた現在のタニル国の地図と、ほとんどなにも変わらなかった。

「ソーレ、なにか見つかった?」

僕は地図を指でなぞり隅々まで探した。そして、南側、中央の森に入って泉の右下に謎の白いスペースがあるのを見つけた。そこは今の地図ではクオーレ第3地区となっていた。

「‥‥ここだ‥‥」
「ソーレ、見つけたの?!どれどれ〜」

『おい小僧、時間切れだ。地図をよこせ』
「おじさん、この白いスペースはなに?」
『あ?なんだろな?』
「今の地図には載ってない。この白いところはクオーレ第3地区ってことになってる‥‥」

それを見た男は、思い出したように話し出した。

『昔、王政の奴らがここへ来たことがあった。今の地図をよこせってな。新しい地図を渡すからこれからはそれを販売しろと言ってきた』
「王政が来たのはいつ!?8年前!?」
『ちっ。覚えてねぇよ』
「どうしてひとつだけ残してたの〜?」
『たまたま残ってただけだ。管理なんかしちゃいねぇからな。おら、戦いごっこはおしまいだ』

男はそう言うと地図を取り上げた。
そして『関わっても、あんまいいことはないぜ』と一言残し、僕たちを店から追い出した。

「あの白いスペースはなんだろうね〜」
「あそこに、探しているものがあると思う」

「でも、どうして地図から消したんだろう〜。あの男の人、王政が来たって言ってたよね。白い部分が消されたこととなにか関係があるのかな?地図から消すなんて、まるで国の誰にも知られたくないみたいだね〜」

そうだ、ピオの言う通りだ。きっと知られたくないなにかが、あそこにある。

「ピオ、僕は明日あの隠された場所に行ってみるよ」
「ソーレひとりじゃ危ないよ〜。僕は明日、明後日は農地に行かなくちゃなんだ。だから月曜日に一緒に行こうよ〜」
「分かった。じゃあ僕は、2日間で作戦を練っておくよ。遅くなると、母さんが心配する。今日は帰ろう」

僕は家に戻ると、かすかな記憶を辿って地図を描いた。横長の丸を描いて、北と南に分けるように壁の線を引き、真ん中に中央の森を描く。謎のスペースは中央の森の右下、泉の近くにあった。
しかし、繋がる道を見つけても、いきなり突入することは賢明ではないと思う。月曜日は、まず道を見つけ出すことが目標だ。そして少しずつ確信を掴んでいく。僕は紙を四つ折りにして、ノートの間に挟んだ。


月曜日の朝、ピオと中央の森へ向かった。
道中、描いた地図を見せながら、今後の作戦と今日の目標を伝えた。

「まずは、泉に行って道を探そう。もし、こないだ行ったふたつの脇道以外で怪しい道があったら教えて!」
「おーけー!」

森へ入り分かれ道を左に進む。泉に辿り着くまで、怪しい脇道は見つからなかった。
泉は今日も、この世の不幸なんて知らないみたいに美しかった。

「わぁ、泉初めて来た〜。すんごくきれいだね〜」
「そうでしょ。ノエミと蛍を見に来たんだ。今度ピオも一緒に見に来よう」
「うん!約束だよ〜」

丸い泉に沿って歩いている時だった。「あそこ、なんかぶら下がってない?」とピオがなにかを指差した。その先には、ゆらゆら揺れる白いものがあった。

「手紙‥?」

近づいてみると、二つ折りにされた紙が木の枝にくくりつけられていた。

「なんだろう〜見てみよ!‥‥ソーレへ、ねぇ!これ、ソーレへって書いてあるよ!!」

「え?」

その紙には、"ソーレへ 木曜日の夕方7時 ここで待ってる"と書いてあった。
セラタ地区の人間の字ではない、とてもきれいな字で書かれていた。ルーナだ。僕は直感でそう思った。

「ソーレ、大丈夫?」
「あ、うん!それよりも今は道を探そう」

泉の周りを何周もして探したが、その日、道を見つけることはできなかった。


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