【短編小説】ドミノ最強王決定戦

3月某日、1通の手紙が届いた。
開くと"ドミノ最強王決定戦"と書かれていた。 それは、ドミノ大会の招待状だった。

試合の不正を防ぐため、大会の内容について詳細は記載されていなかった。
よくある地域の大会だろう。
そう思い、概要を流し読みしていると、あるところで目がぴたりと止まった。

"優勝賞金1000万円"

この地域のどこに、そんな金が眠っていたのか疑問である。
そして、その金をこんな大会に使うこともまた疑問である。もっと有意義な使い方があるだろうにと思う。
しかしもっと、不思議なことがあった。
私は現在、この1000万円を望んでいた。

数年前、経営していた会社が倒産し、家族は家を出て、信頼していた仲間も離れ、私に残ったのは、多額の借金だけであった。
この数年は、失った信頼を取り戻すために、必死で生きてきた。
しかし、気持ちだけでは借金は減らず、今もまだ1000万円残っている。

この借金を返済し、以前の生活を取り戻せば、きっと家族も仲間も私を見直し、戻ってきてくれるに違いない。
多額の借金を完済できるということは、大きな信頼に繋がるであろう。
そう考えた私は、招待状の参加の文字を丸で囲い、返送した。

4月某日。
招待状を見た時から感じていたが、心底不思議な大会であった。
大会は、だだっ広い競技場で行われた。
参加者は10人ほどと非常に少なく、応援席もガラガラであった。
大会の説明が終わり、参加者にはTシャツが配られた。
ドミノ最強王決定戦!と毛筆フォントで書かれたシャツに渋々着替えていると、鐘が鳴った。

「さぁ〜開始15分前となりました、ドミノ最強王決定戦!これから挑戦者のみなさんには、制限時間1時間内にできるだけ多くのドミノを並べてもらいます!1番多く並べた人が、今大会の優勝者となります!みなさん、応援よろしくお願いします〜!」

私は、自分のエリアである、Bエリアに座った。
挑戦者たちは、開始まで各々の方法でリラックスしている。
私は深呼吸をし、水をひとくち含んだ。

「お互い、頑張りましょうね」

声をかけてきたのは、隣のCエリアに座っていた、冴えない男だった。

「あぁ、そ、そうですね。お互い、頑張りましょう」

私とその男との共通点は、賞金目当てというとこのみであろう。
こんな男と一緒にしてもらっては困る。
私は、背負っているものが違うのだ。

目を瞑り、精神統一をしていると、1分前の鐘が鳴った。
私は必ず優勝し、信頼を取り戻す。

「それでは〜ドミノ最強王決定戦!スタート!」

私は、親指と人差し指でドミノを5枚一気に挟み、床に置くと、1枚ずつ隙間を開けながら置いていった。
するとどうであろう、あっという間に5枚がきれいに並んだ。
私はこの方法で、10枚、15枚と並べていった。

ふと、Cエリアを見ると、あの男が、1枚1枚丁寧に並べているのが見えた。
私は気にせず、一心不乱に並べ続けた。
倒れてしまっても、5枚づつ並べ直せば、すぐ元通りになった。

再び視線を移すと、隣の男は先ほどと変わらず、氷河の流れのように、ゆっくりと、1枚ずつ並べていた。

痺れを切らした私は、声をかけた。

「あんた、そんな地道にやって、勝つ気あるのかい」

「はは。いやぁ、どうでしょう。そちらは非常に手際がいいですね。複数同時だなんて、思いつきもしなかったです」

これだから人生経験が浅い人間は。
こういった作業は、いかに合理的に、早く進めるかが重要である。
私が1番苦手で、したくないことは、"地道に進める"ことである。
丁寧というと聞こえはいいが、私にとってそれは、"鈍臭い"と同じ意味である。

私は、男に背を向け並べ続けた。

残り15分となった。
手足が疲れてくると、私の作戦は裏目に出た。
集中力がなくなり、指先が思うように動かなくなると、ドミノの倒れる頻度は上がっていった。
ドミノが倒れていくのを眺める絶望は、信頼が崩れていったあの時の感情と似ていた。
まさか私は、ここでも同じ失敗を繰り返しているのであろうか。

隣を見ると、男の姿はなかった。
その代わり、真っ直ぐ、きれいに並んだドミノが見えた。
その線を目でなぞると、1番先に男はいた。

5分前の鐘が鳴った。
ドミノは崩れていく一方であったが、私は相変わらず、5枚ずつ並べ続けた。
途中からは、涙でぼやけて、よく見えなかった。

そして、終了の鐘が鳴った。

優勝は、Cエリアの男だった。
彼は、真っ直ぐ、800個のドミノを並べた。

「勝因はなんでしょう?」

「いや〜、不器用ながらに着実に進めたことでしょうか」

あまりにも気づくのが遅すぎた。
私が手に入れたかったものは、私の1番したくない、地道なことの隣にあったらしい。



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