妹がツンデレ過ぎてまともな恋愛が出来ません！　第２話

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第２話　「大人のおたふく風邪ってホント怖い！」

「馬鹿兄貴ッ！　早く起きろっての！　私、朝練遅刻しちゃうでしょ」
「う”ぅ～……麻衣ぃ……だずげで……」

　いつものようにバドミントンのラケットで軽く尻を叩かれる俺。
　ケツの痛みよりも今日は首から耳にかけての激痛がとにかく辛い。例えるなら身体の中を何かが這いずり回っているようだ。
　あとは異常に身体が熱い。燃えるようにめっちゃくちゃ熱い。そういや、こんなに熱が出たのって、何年か前にインフルエンザで学級閉鎖になった以来じゃないか？
　とにかく今は麻衣にパワープレイで無理矢理起こされても、とても自力で動ける状態ではない。

「し、死ぬぅ……」

「え！？　わ、私そんなに強く叩いてないって……」

　全身汗だくのまま枕に再び顔を埋めた俺を見て、本気で心配する麻衣がいつになくオロオロしている。
　あぁ、身体が熱い、首が痛い、辛い……でも早く麻衣を朝練に行かせないと……。
　俺はくるりと身体の向きを変えて、心配そうに視線を泳がせている麻衣を見つめた。

「だいじょ～ぶだって、寝てりゃ治る……」

「兄貴、ちょっと顔腫れてるんだけど、それって、確かおたふくかぜって奴じゃないの？」

　おたふくかぜ？
　確かガキの時に流行して、そこでみんな仲良く流行感染して勝手に治るんじゃねえの？

「──有効な特効薬はなく、症状に対しての対象療法とする」

　麻衣はすぐさま自分のスマホで調べてくれていた。俺の具合を見てすぐに病気だと感じたのだろう。

「この歳でそれは無いんじゃないか？」

と思った。

「兄貴、確かおたふく風邪だけやってないよね。私は１年生の時になったけど、兄貴だけピンピンしてた気がする」

　定期予防接種のワクチンは母さんが全部行っていた筈だけど、おたふく風邪のワクチンは『任意』だったかも？
　そういえば麻衣が言うように、俺が小学校３年の時にクラスの半分くらいの男子がダウンして、みんなおたふくになっていたはず。

　何故か俺だけ罹らなくて「すげえ！」って表彰されたっけ。
　しかも、その１年後には麻衣のクラスでも流行して麻衣はしっかり罹っている。
　てっきり俺も同居してるし、あの時に確実にもらったと思っていたんだが、そういや麻衣は症状が結構酷かったから感染力が無くなるまで入院してたんだっけ。
　完全に忘れていたが、俺はおたふくにかからないままこの歳まで過ごしてしまったってわけか。

　しかしどこでもらったんだ？　昨日の電車で顔真っ赤にして母親に泣きついていたガキがいたっけ。

「ほら兄貴、着替えて……病院行こう」

「いや～あ、注射は嫌い～！」

「ああもう……いいから、とっとと着替えろ！」

　うんざりしたように溜息をつきながら、麻衣は手際よく俺の汗だくのシャツやズボンを脱がす。
　診察しやすいように…と前開きの服をチョイスしながら黙って何も出来ないままガックリと項垂れている俺に、次々と服を着せてくれた。動けない俺は完全に人形だ。

「……麻衣、朝練は？」

「んなもん、どーでもいい。それより兄貴の方でしょっ。……ほら、歩ける？」

　所々厳しい事は言われるが、語尾は優しい。本当に俺を心配してくれてんだなあ、とつくづくいい妹を持ったと心の中で独りごちる。

　完璧に着替えさせられた俺はさらにタオルで顔を洗われ、歯磨きまで手伝われそうになったが流石にそれは自分でやるとフラフラしながら洗面所に向かい合った。
　大人のおたふくというよりも熱が強烈なのか、歯磨き粉で吐いてしまったので、うがいだけで済ませる。
　いつの間にか呼んでくれていたタクシーにヨロヨロと乗り込み、俺はシートに背中を預けて、冷蔵庫に転がっていた冷えピタで首を冷やしていた。
　その間に麻衣は母さんへ連絡し、次に自分の学校に電話。そして何と俺の高校にまで「今日は体調が悪いので休ませます」と電話をしていた。

　麻衣は母さんの名前を使い、あちこちに手際よく連絡をしていた。そうか、だから最初に母さんに俺のおたふくの件を連絡したのだろう。
　本当に俺とは違って麻衣は頼もしい。いつの間にこんなに大きくなったんだろうな。

「う”ぅ……ごめんねぇ、麻衣ちゃん」
「別に、だって兄貴……」

　ぽそっと麻衣が何か言ったような気がするが、車のエンジン音と首から放たれる変な熱のせいでいつもより耳が聞こえない。

「なぁに～？　なんか言った？」
「べ、別にっ！！」



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「分かりやすく言うと、おたふく風邪ですね。暫く発熱と身体のだるさ、あとは周囲にも感染するので、耳の腫れが引けるまではご自宅で水分と栄養を取りゆっくり休養してください」

「やっぱり……」

「ご家族さんでおたふく風邪に罹っていない方はいますか？」

「──いえ、居ません」

　麻衣が代わりに医者に答えた。

「じゃあ、入院はしなくても大丈夫でしょう。ご両親に連絡しましょうか？」

「──いえ、大丈夫です。両親は働いてて居ないので、私の方から伝えておきます。ありがとうございます」

「あの～先生、噂で聞いたんですけどぉ……大人のおたふくって、アレになる可能性高いです？」

　俺の恐る恐るの質問を察してくれたようだが、先生はあっさりと大丈夫じゃないかなと否定してくれた。

「精巣炎ですか？　まあ、この歳だから可能性はゼロとは言い難いかもしれませんけど、大丈夫じゃないかなあ。一応、心配なら泌尿器科で検査出来ますよ」



　淡々と言ってくれるけど、俺にとってはそれって人生の死活問題なんですけどっ！！



　精巣炎・睾丸炎という世の中男子にとってはとても恐ろしいパワーワードがごーんごーんと頭の中で響いている。

　あぁ、くそっ……。こんなことならあのおたふく流行の時にクラスの野郎共にくっついてでももらうべきだったんだっ！
　あの時に何で俺だけかからなかったんだろう。国の馬鹿野郎。男の子にはちゃんとワクチンって奴を全部定期接種にしてくれい！！

　近所のこどもクリニックは手早い診察と薬の待ち時間も非常に短くて本当に助かった。
　気怠い身体を麻衣に引きずられながらタクシーに乗り込む。そして車から降りた後も麻衣の肩を借りて何とか家まで戻った。

　玄関についた瞬間、色々な事が解決してほっとしたのか、突然目の前が真っ暗になってそのままドンとフローリングに崩れ落ちてしまった。

「あ、兄貴……ちょ、重い……」

「もうダメだ……麻衣、俺は、ダメ兄貴ですまん」

　このフローリングが冷たくて気持ちいい。このままここで寝よう。うん、そうしよう──。

　そう思っていると、背後からがさごそと何かをあさる音がする。ん？麻衣ちゃん何してるんだろう。もう俺は大丈夫だから、早く学校に──。

「兄貴、座薬挿すよ」

「はああああっ！？　ま、待て待て。何で飲み薬じゃないの！？　ってか、そのチョイス何？！」

　数日間、対症療法って聞いたよ確かにっ！
　でもこの歳だっつーのに何で座薬！？　KY過ぎんだろあの医者っ！！　普通は飲み薬で何とかでんだろ、別にお薬飲めたね〜とか必要な歳じゃねえっつの！

「あぁ、私が挿すからこっちでいいって言ってもらってきたの。飲み薬よりも座薬の方がすぐ効くから」

「いや、あのね、麻衣ちゃん。よぉ～く聞いてっ！　お兄ちゃんは、ホラ、一応これでも大人の男だから」

　俺はグラグラする視界の中でも必死に麻衣の肩を掴んで説得を試みる。
　だが、麻衣は蔑んだ目で俺を見下ろすだけで、座薬を既にシートから出して完全に戦闘態勢だ。

「つべこべ言ってないで早くケツ出せって言ってんだよ！　そんで水飲んでさっさと布団で寝るんだよ！」

「ひどっ……あ～、や、やめて～……」

　高熱の所為で全く力が入らない俺は簡単にフローリングの上でうつぶせにされてしまっていた。
　強制的にズボンとトランクスが下げられる。自分でやれるもん。と言ったところでこの状態の麻衣に何を言っても無駄だろう。
　たっぷりワセリンをつけられたその座薬は、悲しいかな可愛い妹の手によって入れられてしまった。

　うぅ……妹にこんな所を見られるなんて……悲しすぎる。

　大人のおたふく風邪って奴は本当に厄介だ。それから３日間は全く熱が下がらず、熱が下がるまで毎日麻衣の手によって座薬を入れられていた。しかも、心なしか麻衣はすごく嬉しそうだった。

　もう……アレなんかよりもこっちの方が恥ずかしい。

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