見出し画像

妹がツンデレ過ぎてまともな恋愛ができません! 第1話

←前へ   ★           マガジン

第1話 「おはよう、の一声はラケットから」

 俺には3歳年下の可愛い妹がいる。それはそれは本当に、お人形みたいに可愛い子だったんだ。

「……お兄たん」

 暗闇の中で愛くるしい巨大な熊のぬいぐるみを抱っこしているのは妹の麻衣だ。
 あいつはまた途中で怖い夢でも見たのか、泣きながら俺の布団にもぞもぞと入ってきた。

 4人暮らしのごくごく普通の家庭と言えばそうなるだろう。けれども、うちはあまり裕福ではない。築30年を超えるボロいアパートの一室に、4人布団を並べて寝るのが一日の最後になる。

「どうした? 麻衣。また怖い夢でも見たのか?」

「うう……まいたん怪獣さんに食べられちゃうの。やだよう、怖いよう……」

 時々、麻衣はよく分からない怖い夢を見ていた。その度にグズグズ鼻を鳴らしながら泣いて俺の布団に入り込んで来る。
 うちは父さんも母さんも仕事で忙しいから、寝る時間なんてみんなバラバラだ。

 麻衣の背中をトントン叩きながら、日本昔ばなしを適当に口ずさむ。すると少しずつ麻衣の瞼が重くなるのがわかった。

「俺が手握っててやるからお休み、麻衣たん」
「うんっ! お兄たんおやすみ」

 熊のぬいぐるみもセットのまま俺に抱きついて眠る麻衣は、人の温もりに包まれると安心するのかすぐに眠りに落ちる。
 そして、月日と共に麻衣は怖い夢を見なくなっていった。

 そう……甘い、甘い兄妹のエピソード。



 それが、一体どうしてこうなった……。



「兄貴、いい加減起きろって! もうマジで遅刻するからっ!!」

 低血圧の俺は寝起きが悪い。目覚ましのアラームは後半5分おきにかけているのだが、最後は蹴り倒してしまい、無惨に赤い置き時計が転がっている。
 あと5分。この最高の至福である『2度寝』
 もう一度まどろみに落ちようとしたところで、時間にかなり厳しい妹の愛の鉄槌が落ちた。

「いっでええええっ!! も、もうちょっと優しく起こしてくれねえのかよ!」

 毎朝田畑家──ではない。俺に対してのみ恒例行事となってしまった麻衣の『尻叩きの刑』

 これだけだと、何か変態プレイの一種かと思われそうだが、それは断じて違う!!
 正直、バドミントンのラケット一発で済むくらいだったらまだ軽い方だと思うんだ。

 低血圧になったのはいつからだろう。別に医者に行ったわけでは無いから具体的には分からないが、気がついたら起きられなくなっていた。
 特に夜更かしをした記憶は無い。時々、麻衣にぎゅっと抱きつかれると何となく眠れない日はあったものの、それが原因とは考え難い。

 俺を起こしてくれるのはこちらにおわす有難い“麻衣様“だけだ。
 親父は型枠工なので、朝からの出勤。しかも殆ど家に居ない。
 母は小学校の栄養管理を行っている為、かなり早朝から仕事に行っておりこの時間はもういない。

 昔っから俺、田畑忍と妹の麻衣と二人で過ごすことが多かった。

 小学生だった頃の麻衣はとても素直で可愛くて、毎日俺と一緒の布団で寝てくれたと言うのに、中学校に入ってから妹の態度は豹変した。
 それも、麻衣が俺を追いかけてバドミントンを始めたのが理由の一つかも知れない。
 ほら、よく言うじゃん。スポーツやってると精神が鍛えられるとか何とか。

 昔の麻衣はどっちかと言えば根暗で、自分から言葉を発することは少なく、何を考えているのかよく分からないと言われていた。
 友達という友達も作らず、一人で過ごして居ることが多いように見えた。

 俺も麻衣が心配で何度も教室を覗きに行ったことはあるけど、誰かと仲良くすることなく、麻衣はグラウンドの方をただじっと見つめていた。
 何か学校で虐められてるのかと思い、クラス担任に相談したことはあるけど、麻衣は成績優秀で、グループワークでも輪を乱すこともなく、ただ淡々としているとの情報があった。

「ふぁ~……まだ眠い……」

 大あくびをしたまま布団からのそのそ起き、お腹をぼりぼりしていたら、麻衣に蔑んだ眸で見つめられていた。
 黒髪はさらさらしてお人形みたいなのに、目つきの悪さは多分、親方をやってる親父に似たんだと思う。
 う”っと言葉を呑み込み麻衣を見つめると、彼女はさらに「ふうん」と目を細めながらラケットを持つ手に力を込めていた。

「兄貴、今日は目覚めが悪いんじゃない? もう一発食らいたいの?」

「いやぁ~! やめて~! 麻衣ちゃんったら朝からもうホント凶暴なんだからぁ」

「キモっ。もういい歳なんだから、そのおネエ言葉止めてよ……」

 ようやく布団から出て来た俺を重いため息をつきながら見送り、文句を言いつつ俺の布団を律儀にたたんでくれる。あいつは朝練があるのに俺のことをここまで心配してくれる優しい奴だ。

 ソファーからちっとも動けない俺は、既にしっかりと準備されている朝食を見つめ、適当に朝のニュース番組をつける。
 焼きたてのトーストにかじりついても、頭はまだ半分眠っている。
 母親も確か低血圧だと言っていたし、これは遺伝じゃないかと思うが、母は3時間以上前に起きてしっかり出勤するから本当に立派だと思う。まあ仕事だから仕方ないんだろうけど。

 ぼんやりしている俺の背後に立っていた麻衣は困ったような顔でこちらを見ていた。
 何?と思い顔を見上げると、視線が合うと恥ずかしいのか、麻衣はふいっと必ず顔を背ける。

「兄貴、私朝練あるから……これから、1人で起きれんの?」

「おぅ。頑張れば何とかなるさ」

 顔が少し青白い俺を心配してくれているのか、なかなか麻衣は朝練に向かおうとしない。ふと時計を見るともう7時を過ぎている。ダッシュしないと朝練にだって遅刻してしまうだろうに……。
 俺は小さくため息をつくと口元でにっと笑い、ちょんちょんと中指を動かして”顔貸せ”と合図した。

「麻衣。ちょいちょい」
「……何?」

 麻衣は可愛い顔をしているのだが、俺が呼ぶと必ず眉間に深い皺を寄せる。あのな、毎度そんな顔をしていたら歳を取った時に醜い皺が出来るからやめた方がいいぞ、とは決して言えない。口が裂けてもだ。
 すごく迷惑そうな顔はするものの、俺のお願いを拒否することは無い。絶対に呼べば側に来てくれる本当に可愛い妹だ。

「──いってらっしゃい?」

 麻衣の肩をぐっと引き寄せてこつんとおでこを合わせた瞬間、狭い部屋にバチンと小気味よい音が響いた。
 俺の首は90度曲がってしまったのではないか? と錯覚しそうになる。

「おーいてて……」

 そっとビンタされた頬を触ると、左手から感じるじんじんと滲みる熱と痛み。可愛い顔して全く手加減ないその力に、俺はソファーから思わず落ちそうになった。

「ば、ば、ば、馬鹿兄貴っ!!! もう知らないからねっ! 勝手に遅刻してろっ」

 顔を真っ赤にしながらバドミントンのラケットを持って慌てて玄関を出ていく麻衣。
 俺は半分ずり落ちたソファーの上で手を振り、あと10分だけ……とだらだら過ごす。
 殴られても、蹴られても、麻衣が俺の所為で遅刻するのはまずい。部活で遅刻して怖い先輩に怒られなかったらそれでいい。

「いってぇなぁ……マジで手加減ゼロだもんな」

 苦笑したままビンタされた頬を手で冷やし、少しだけ温くなったパンをまたかじる。

 それからいつものように遅刻ギリギリで学校に行くと、頬に真っ赤な手形を残していた俺の顔を見た友人の弘樹が、「一体何と戦ったんだ?」と心配そうに声をかけてくれた。

 麻衣の愛情表現はとにかく激しい。これは、いつものことだと諦めるしかない。

→次(第2話)へマガジン

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?