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「コイザドパサード未来へ」 第19話

顔を上げて、ひとり満開の桜を眺める。
家の近くの桜並木は今まさに見頃のソメイヨシノが、
淡い光を放つように咲き誇っている。
薄ピンクのドレスを着ているみたいだ。

綺麗だなあ。
美しい桜並木を見ていると思わず、泣いてしまいそうだ。
なんでだろう。少し感情的なのかな。

先ほどの家族会議のことが頭から離れない。
父さんと母さんがついに、夫婦の関係とこれからについて、話をしてくれた。
しっかり向き合ってくれたのは嬉しかったけど、今の僕にはまだ分からないことが多くて、ひとり家を出た。
心と頭が混乱しているみたいだ。
歩きながら、先ほどふたりが話してくれたことを何度も
頭の中でリピートする。

4年前の夫婦の関係、そして今について。
僕が知らないことだらけだった。
同じ屋根の下、一緒に住んでいたのに。
正直、何だよぉ、とも思った。

僕が小学生だった時、母さんと父さんは別れることを考えていたらしい。
仲がいい家族だと思っていたのだけどなあ。
ふたりはこのまま夫婦ではいられない、と話し合いを続けていた。
そんな中、家族の思い出を作ろうと家族で訪れたあの旅館で、突然父さんがいなくなってしまった。
僕はふたりがうまくいってないことに全く気づいていなかったけれど。
2人とも僕を不安にさせないようにしてくれていたのだと、
今になれば分かる。

また父さん不在の4年間が僕たち家族の、
家族に対する考えを変えたと言えるかもしれない。
前よりも家族の絆が強くなった感じ。

父さんが戻ってきてからも、夫婦の話し合いは続き、ようやく最近結論が出たと、話をしてくれた。

結論から言えば、両親は僕が18歳になるまでは、夫婦でいることを決めた。
でもそれ以降のことはまだよく分からないって。
今後離婚届は出すけど、これからも一緒に暮らすかもしれない。
そのほうが合理的でしょ?だって。
家族というチームでは最高なんだって。ふたり。
僕にはふたりの言い分がまったくといってよく分からない。
結婚したことがない中学生に理解できる訳がないよ。
離婚という言葉を使わず、ふたりは「卒婚」と言っている。なるほど。
結婚は卒業するけど、家族は一生続くらしい。新しい家族っていうのかな。
ただ超合理主義という気もするけど。
確かに住む場所をどちらが変えるのかっていう話し合いだけで
あと10年くらいかかりそうだ。
子ひとりだから、どちらと一緒に住むかでまた何年も話し合いが続きそう。
高校を卒業したら、僕もひとりで独立して、住むかもしれないし。 
そんな遠くのことは誰にも分からない。
総合的に考えると、3人は仲がいいので、家族としてずっと住めばいいのかもしれない。
最初は、離婚したら、違うところに住むのが普通なのではと思っていたのだけど。
普通ってなんだ?って急に普通が疑問になったりして、
僕の思考はかなり忙しい。
そしてだんだん両親の言い分に納得している自分がいる。

父さんか母さんに将来、もしも好きな人が出来て、その人と暮らしたいってなった時は本当に離れて暮らすことになるのだろうなあ。
その時まで家族3人で暮らすのも、いいだろう。

そうだ。
僕らはこれからも、あの4年間を埋めていくのだ。
家族は続くのだ。

綺麗な桜を見て、ひとりで考えていたら、だいぶ気持ちが落ち着いてきた。
そんなに難しいことではない。
これが僕たちの普通なのかもしれない。
母さん、父さん、僕の、家族の日常はこれからも続くのだ。

そして、夫婦のことは、ふたり次第だ。
僕が悩んでもしょうがない。
母さんと父さんに任せるしかない。

翌朝、通学路で、このことをアキラに話した。
夫婦の関係、これからの家族について。

こういう時の友は突拍子もないけど、頼もしい。

「そうかあ。そんなことになっていたんだ」
腕を前に組んで一瞬考え込んだアキラは僕を振り返って

「でもね、大丈夫だ。ミライはいつでも明るい光に包まれて、希望に満ち溢れているから」
と言い放つ。

えっ。どういうこと?
訳が分からない顔をした僕を横目にアキラの説明は続く。

「ミライは明るく照らされている。明かりや光に囲まれているからな。
俺(明 あきら)やおばさん(あかりちゃん)、
アキラのお父さん(光司 こうじ)」

確かにそうだ。僕の周りの人の名前には、明かりと光の漢字がついている。

「それにしても、光と明りって、自分の子どもの名前にどんだけ希望を託しているんだって感じじゃない?」
とアキラは茶化したように宣う。

「光と明かりの一文字ずつ、名前につけるってすごいよ。未来が光と明かりで照らされる感じ」

まだ続けるかっていうくらいに僕の祖父母をディスってる?
いやいや、壮大に褒めているのか。

アキラから見たら、僕はそんな光と明かりという、字を名前に持つ人たちに囲まれて、少々おめでたいっていうことなのだろうか。
僕のおじいちゃんの名前はもっとすごいのだけど、今言うのはやめておこう。
さらに調子に乗ったアキラが目に浮かぶから。

ちなみに祖父の名前は照男(てるお)。
照らす男だ。
どうだ、参ったか。

「今も未来もすべては過去になる。だから思い出は美しく感じられるんだよ」
アキラが突然、哲学者のようなことを言い出した。
ふざけているのかと思って顔を覗き込むと、真剣な眼差しがそこにはあった。
「父ちゃんとの思い出、結構あってさあ。思い出すのは楽しいことばかりで。何で綺麗な思い出ばかり、思い出しちゃうんだろうって考えていたら、気づいたんだ。今という時間は一瞬で過ぎてしまうから、記憶と思い出の中により楽しいもの、美しいものを詰め込んでいくのかなあって」
時々、友の言葉は僕に気づきを与えてくれる。
僕が悩んでいる父さんと母さんのことも、いつか笑って話せる楽しい思い出になるのかなあ。

今も未来もいつかはすべて、過去のものになる。
こうしている今も、1秒後にはすべて過去になるのだから。

家族のことも、どうなるか、分からないけど、
分からないことは分からなくてもいい。
今を精一杯生きるし、後悔のないようにもする。
出来るだけすべてを楽しくて素敵な思い出にしたいし。
今より先の未来を、明るく光り輝けるように前を向いて進んで行きたい。

アキラの言葉から、僕の思考の霧が少しずつ晴れていく。
脳が前より、整理されてクリアになっていく感じがする。

一瞬、突風が僕たちを包み込み、無数の桜の花びらが舞い落ちてきた。
桜吹雪だ。
空中を浮遊した花々は地面に落ちた後も、なお追いかけっこを続ける。
花びらがクルクルと円を描きながら、遠くへと逃げていく。
アキラが突然、フリスビーをキャッチする犬のように桜の花びらを追いかけ始めた。
走りながら落ちてくる花びらを手ですくい上げている。
すかさず、僕もアキラの後を追う。
僕も空中の桜を手でキャッチしようと手を伸ばす。
待て待てー。

空から降ってくる花吹雪。
花びらを掴もうと空中に手を伸ばし走るアキラ。
そんなアキラを追いかける僕。
あー。美しいって思った。

こんな一瞬の出来事も、きっと美しい思い出になるだろう。
何年か経って、アキラはこのことを覚えているか、分からないけれど
僕はこの日を、この光景をいつまでもずっと覚えていたいと思う。

(つづく)


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