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#8 raindrop-END





-----感情

あれから、10分は経過しただろう。
だけど、彼女にとってはとても長い10分だった。

誰も居ない、静かな公園でただ一人。
涙を枯れる程流した彼女は静かにベンチで佇んでいた。

「…フラれちゃった、な…」

呟いた言葉が、体に染み渡る様な感覚に生きている現実と実感する。
夢でも、妄想でも無いこの現実に。

手の甲に一つの雫が落ちてくる。
涙ではない、別の雫に彼女は雨が降ってきたと察した。

「……雨…」

落ちてくる雫はどんどん量と勢いを増して彼女を打ち付ける。
彼女はそれに慌てる事も、驚くこともせず、ただ空を見上げていた。

「…丁度いい、かな…」


服は乾いている所も無い程、雨で濡れてきた。
このまま家に帰っても父親に何があったか聞かれるだろう。…

それに対して何と言えばいい?
フラれましたなんて、言えるはずがない。
でも、この格好。ビシャビシャに濡れているこの服を見てきっと父親は何か言うのだろう。
それが、これまで家に帰りたくない事なんて無かった春花にとって初めての億劫感だった。


「……帰りたく、ないな…」

彼女はベンチからゆっくり立ち上がる。
座っていた所は乾いていたが、ものの数秒で完全に濡れてしまった。

公園から出た彼女は、出入口で数秒立ち止まり、家と反対方向に向かって歩き出した。

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どうして、私は。

自分に素直になれないんだろう。

私は…

自分の事が、嫌いだ。

あの子から告白されたとき、私は嬉しかった。

でも、告白されたくなかった。

今の関係が、壊れるのをあの時感じたから。

ごめんね、こんな私で。

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雨は一向に降りやむ気配がなく、歩く彼女を道行く人は不思議そうに見る。
彼女は家と反対側、駅の方へと歩いていた。
目的なんて無い。

フラれてしまった現実、家に帰りたくない気持ち。
その気持ちが彼女の心を圧迫し、心のキャパシティーを超えてしまったのだ。

今の彼女は、ただ何も考えず、足だけを動かす玩具の様に。

寂しさを感じる雨に打たれながらただ、歩いていた。


「…え?」

「なぁ、アレ…」「ん?」「どしたの…」

「…!」「あ!ちょ!愛希!」

雨に濡れる彼女に向かって走る一つの影。

雨音で春花は気づかないが、確かに向かってくる一人の女性。

その後を追うように後ろから走って追いつこうとするその友達。


「おい!春花!」

「え!? は、春花?!」「春花」

自身の名前を呼びかけられ、条件反射で声のする方向を振り向いた。

「あ…愛希…ちゃん?」

「お、お前どうしたんだよ!そんなビチョ濡れで!」

「…」

春花のどこを見ているのか分からない目を見て、背筋に雨粒が落ちたようなゾッとする感覚になった。今の春花はいつもの春花じゃない。
もしかしたら…
そう思った愛希は口より早く手が動いた。

「おい!春花!」

自身の傘を投げ捨て、春花の両肩を掴みながら聞く愛希に普通では無い状況を察した後ろの二人、夏美とまふゆはそれぞれに駆け寄った。

「ちょ、愛希!そんなしたら話す事も話せないって!」

春花の肩を掴む愛希の左腕を掴み、無理矢理剥がす夏美。

「あ、あぁ…悪い…」「本当に愛希はもう…それじゃ春花、何があったか説明、して?」

「…」

その問いに対し何も答えない春花。
家に帰って着替えただろう服や靴、セットし直したであろう髪もすべて雨に濡れている。乾いた所も無い状態から30分以上は外にいただろう。
まだ寒い、こんな時期に。

春花の様子を見てなんとなく察したまふゆは、何も言わずただ春花に対して横で傘に入れてあげていた。

「春花…ねぇ、なんか言ってよ…?」

「…」

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立ちながら下を向く春花に対してしゃがんで下から顔を合わせ声をかける夏美が言葉をかけて数秒後、春花が口を開く。

「…な、夏美ちゃん達には、関係…ないよ」

春花の口から出たその答えに一瞬目を見開いた三人、まさかあの春花がそんな事言うなんて。

「だから…放っておいて…!」

その言葉に対して真先に反応したのは愛希だった。

「放っておけるかよ!」

「…え…?」

「私達の友達が!雨の中一人で、傘も刺さないでそんな格好して歩いてたら普通心配するだろ!」

「…」

愛希の言葉に何も返さない春花。
ただ、雨音だけが聴こえる。

「なぁ…春花、風邪ひくぞ?とにかく雨宿り出来る場所行こう」

「…いい…」

「いいって…お前元々あんまり身体強い方じゃ無いだろ?本当に身体に悪いぞ…」

「…」

今彼女達の周りには人の気配は全く無い。
雨が強くなったからなのか、まるで彼女達だけの世界を作り上げているような。

「な?ほら…」

春花の腕を無理矢理引こうとした愛希の手を、春花は振り払う

「やめて!」

雨音を遮る様に金切り声のような、喚声のような声が響き渡る。

「は、春花…」

「ほ、放っておいてって!」

成長してから、大声を上げたことが無い春花が初めて上げる大声に圧倒される三人。

「わ、私なんて居る意味無いんだよ! 私が居るだけで、周りの人達に迷惑がかかっちゃう!」

春花の言葉に、何も言わずただ聞いている三人。

「愛希ちゃん達だってそう!こんな私なんて放っておけば良かったのに!私になんて、か…構うからこんな事に!」

「もう、全てが私を否定したの!この世界が、どうせ皆んなだって私を否定するんだ!もう私なんて…この世に生まれなければよかった!」

その言葉に思わず一歩前に出る愛希

「っ…お前いい加減に…!」

その愛希を右手で止める夏美、彼女は何も言わずに愛希の事も見ずに、右手を後ろに出して愛希の動きを抑制し、しゃがんだ体制から立ち上がり、ただ首を横に振る。

「私の事なんて、放っておいて!」

春花がそう言い切った次の瞬間。破裂音が雨の夜に響き渡る。

「…っ…」

春花は左頬を押さえ、驚いた表情で顔を上げ、正面の夏美を見る。
周りの二人も突然の出来事で、驚いたように夏美に顔を向ける

「グスッ…私達を勝手に決めつけないで…!」

彼女は、泣いていた。
雨の中でもハッキリ分かる程、鼻をすすり、肩を小刻みに震わせながら。

「な、夏美ちゃん…」

「グスッ…っ…ようやく、こっちを見てくれたね…!」

そう言いながら、春花を抱きしめる夏美。
周りには目もくれず、傘も投げ捨て、鞄も肩から地面に落とし、雨に打たれながら。

春花を強く抱きしめた。

「…!」

抱きつかれた感触と同時に、人の体温の温もりを感じた春花は抵抗することはせず、抱きしめ返す事もせずただ、受け入れた。

「っ…放っておける訳ないじゃん…!ズズッ…春花は、どう思ってるかなんて分かんないけど、でも!」

抱きしめる力がより強くなったのを肌で感じた春花。
その力に自然と涙が再び溢れる。

さっきの涙とは、また違う涙が。

「でも!…っ、私達は春花の事、親友だと思ってる!勿論、家族とかじゃないから、グスッ…全部が、分かる訳じゃないし」

夏美が話す言葉に、ただ聞いてるだけの春花。
親友という言葉に楓の表情を思い浮かべる。

彼女の目から落ちる滴は雨なのか涙なのか分からないが、鼻をすすり、ボロボロと崩れる表情で一目瞭然だった。

「だけど愛希だって、まふゆだって!春花の事は親友だと思ってる!…確かに、力になれるかなんて分かんないけど、でも…私達は、春花を否定なんかしない!」

「な…夏美…ちゃん」

「ほら、他の二人見て?」

「…え?」

抱きしめられながら、顔を見上げる。

そこには傘を投げ捨て、雨に濡れ、涙を誤魔化しながらも暖かい笑顔で春花を見る愛希とまふゆの姿があった。

「ったく…風邪ひいても文句言えねーぞ?」

「愛希ちゃん…」

なんだろう、雨に濡れて。

「寒い、けど。たまには、良い。」

「ま、まふゆちゃん…!」

寒くて、冷たいんだけど…

「ね?皆んな、春花の事大切な親友だって思ってるんだよ?」

「皆んな…」

とても、暖かい。

「…っ!…あ…」

悲しい感情、嫌な感情。

「グスッ…っ…あぅっ」

嬉しい感情、楽しい感情。

「ね?だから、今はもう何も心配しないでいいから。不安にならなくていいから…」
夏美の言葉が、直接肌に染み込むように流れてくる。

「私たちが、傍にいてあげるから…」

ごめんなさい。

そして

ありがとう。

私は一人じゃない。

安い言葉だけど、そう思えた気がした。

「ー!ー!」

春花は、彼女たちに囲まれながら。

涙を流し続けた。

雨か涙か分からないほど。

感謝と謝罪を繰り返しながら、雨音か泣き声か分からない程。

周りに目もくれず。

雨が止むまで、ずっと…

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-----エピローグ


その日の雨は、いつもより冷たく、重く感じた。

雨が降ってくると、気分は自然と落ち込んでくるから好きになれない。

素直な気持ちを言えば、なんて後悔しても遅い。

一人で歩く道は、こんなにも重く、憂鬱だっただろうか。

「ごめんね…!」

時間は進んでいるんだと、もう、戻れないんだと、私に降り注ぐ雨が物語っている。

「春花…ごめんね…」

何度謝ったとしても、彼女に気持ちは届かない。

私は彼女の幸せを優先した。

たとえ付き合っても、絶対壁が何枚も、何枚も行く手を塞ぐだろう。

分かりきってるから、彼女には幸せになってほしいから。

その為なら私が嫌われて、憎まれても良い。

彼女には、笑っていて欲しいから。

でも、彼女は。

泣いていた。

「…!」

歩きながら

なのに、どうして。

こんなに胸が苦しくて。

どうして、あの時私はキスをしたんだろう。

自分の唇に触れ、感触を思い出す。

彼女の唇は柔らかくて、それでいて少し暖かくて。

「やっぱり、好き…だったんだな…私も」

後悔しても時間は戻らない。

楓は唇に触れながらその場で立ち止まり、頭を深く下げる。

「ごめん…ごめんね、春花…」

繰り返す謝罪の相手は居ない。

私が突き放してしまったからなのか、それとも。

彼女を思いを勝手に理解したつもりで、彼女の願いを勝手に壊したからなのか。

素直な気持ちで、なんて子供じみた事。

でもそれが一番、自分の為に、相手の為にと気づくのは。

あまりにも遅すぎた。

私の気持ちを表すように降り続ける雨、どうか。

今は、降り続けて。

楓ちゃんはその日以降、学校に姿を見せなかった。
先生に聞いたら、予定が早まってすぐに引っ越したらしい。
卒業式にも来ることはなく、私と楓ちゃんの中学生活は幕を閉じた。

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-----raindrop fin


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今回の[raindrop]に関わった皆様

VOCALOID楽曲
https://nico.ms/sm37739332

Youtube
https://youtu.be/xRzQUA2C5RA

Music:AoHalGraffiti
https://twitter.com/AoHal_GZ

作曲:GK
https://twitter.com/gkaohal

作詞/動画:みゃ
https://twitter.com/ChaaaaaaaaaanZ

Story:AoHalGraffiti

Illustration:noru
https://twitter.com/noru_sumi

SpecialThanks:応援して頂いている皆様


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