【連載小説】君の消えた日-二度の後悔と王朝の光- 30話 試される覚悟4-疾風に勁草を知る-
創立100周年記念祭が開催されている東櫻大学の別館屋上で怨霊との戦闘に勝利した永遠は、その場に倒れ込んで意識を失った。
その頃柊は警察と連携しホールの警備強化にあたっていたが、ホールに張られていた結界が解除され安全確認が済んだタイミングで、居ても立っても居られなくなり別館に向かって走っていた。
『茅野!勝手に警備担当場所を離れるな!別館にはすでに人を向かわせている!』
無線機から芝山の怒号が飛んでくる。
「待っているだけなんてできません!約束したのに、永遠にもしものことがあったりしたら・・・!」
『それならもうーー』
ここで別館の入口にいる入江を見つけると、柊は「入江さん!」と声を掛けた。
東櫻大学から少し離れたところで密かに待機していた冴木と入江は、神官が張った結界の気配を察知して現場に駆けつけていたのだ。
「あ!これはこれは索冥様☆」
「永遠がどこにいるかわかりますか・・・!?」
「あぁ、屋上で怨霊と遭遇したっぽいねーー」
(屋上か・・・!)
柊は入江の言葉を最後まで聞かず、屋上までの階段を駆け上がった。
「永遠!」
別館の屋上に到着した柊が目撃したのは、叫び続ける男2名と仰向けに倒れる永遠、そして永遠に回復術を施している澪だった。
「澪さん、なんか雰囲気が・・・」
澪の纏う空気を警戒して、柊は身構えた。
「警戒しなくて大丈夫ですよ、索冥。俺が誰か分かりませんか?記憶・・・お持ちなんですよね」
「え・・・?藍眼・・・?」
柊は澪の目を見て、思わず言葉を失った。吸い込まれそうな、藍色の瞳。宝石の藍玉のような輝きを宿している。澪は身にまとっていたシャツのボタンを外すと、シャツの開いたその首筋には、麒麟の模様がはっきりと浮かび上がっていた。
「俺が角端です」
澪は藍色の瞳を細めた。
「俺が神術を使えなかったのは分かれば何てことはない・・・俺が五麟だったからみたいです」
「そうだったんですね・・・」
柊はなんと声をかけたら良いか分からず、言葉を詰まらせた。
「本館にいる芝山さんを呼びに行く途中、ホールに向かっていた神官と遭遇しました。その神官と対峙した際に、角端としての記憶が一気に蘇ったんです。力も覚醒したので幻術で吐かせたところ、敵勢力は別館とホールの二手に分かれて五麟を貶めようとしていたようです。駆けつけてくださった冴木さんに神官を引き渡し、俺はそのまま別館に向かいました。そうしたら、意識を失っている橘さんを手に掛けようとしている神官を見つけたんです。間一髪でした」
「ありがとうございます。澪さんがいてくださって助かりました・・・」
柊は小さく息をついた。
「――神官については対処しておきました。兄が差し向けた下級の神官だったみたいで、今は悪夢を見ています。後ほど警察に引き渡しましょう」
そう言い終えると、澪は柊に対して跪いた。
「澪さん?!止めてください!」
「索冥、俺は前世の記憶を持ってもう一度生を享けたことに感謝しています。そして、再びあなたと出会えたことは僥倖でしかない。・・・俺はずっと貴女に謝りたかった。俺のせいで貴女に死を選ばせてしまったことを」
「澪さん、気になさらないでください。全ては過去の記憶なんです・・・でもそう思っても、記憶を持っていたら伝えずには、行動せずにはいられませんよね。気持ちは痛いほど分かります・・・だからこそ、私はあなたに会いたくなかった。角端の末路については有坂家の文献で読みました。死をもってようやく解放されたのに、またあなたを苦しませる・・・」
柊は心痛で顔を歪ませた。
「・・・今の俺のことを角端ではなく澪さんと呼ぶのは、自分に言い聞かせているからですか?俺はあくまでも角端の記憶を持つだけの、ただの鷲尾澪だと」
「それは・・・」
澪の言葉に心当たりがあったのか、柊はそれ以上何も言わなかった。
「索冥、俺をもう一度貴女のそばに置いてください」
「私たちが仕えるべきは主でしょう?」
「・・・角端にとって主は遠い存在ですから。主が亡くなった時の角端の年齢を覚えておいでですか?十一ですよ?幼くて前世でお仕えする機会もありませんでしたし」
澪は困ったような笑みを浮かべたが、少し悔しさを含んだその表情を柊は前世で何度も目にしていた。
「私は自分が転生していると分かった時、角端が現れなければ良いと思ったんです。もうあんな苦しい思いはさせたくなくて・・・」
「前世の俺は貴女のその背中にずっと守られていた。でもようやく貴女と対等に・・・一緒に戦えるんです。お願いします。私を貴女の目的のために使ってください。貴女も俺がそばにいた方が動きやすいでしょう?」
「利用しろと?」
「そうです。今はそれで構いません」
「・・・意地悪な人ですね。大切に守っていた存在を利用することなど、できるはずがないのに・・・分かりました。そういうことにしておきましょう。だから、貴方も自分の目的のために私を利用してください」
「ありがとうございます。・・・あと一つお願いしても良いですか?」
「・・・私にできることでしたら」
「貴女のことを"柊さん"とお呼びしても良いでしょうか」
「・・・好きになさってください」
「ありがとうございます」
澪は嬉しそうに微笑んだ。
「澪さん、悠長に話している場合ではありませんでしたね。人が来る前に後始末をしないと」
「心配には及びません。柊さんが来た後、術を発動しました。屋上への階段が見えなくなりましたから、一般人が来ることはありませんよ。芝山さんには連絡を入れています。まもなく到着するはずです」
「ありがとうございます。相変わらず仕事が早いですね」
「俺の目標は貴女の負担を少しでも軽くすることですから」
「あなたは過保護すぎるんです・・・」
柊はどう受け取ったら良いか分からず、困惑した表情をした。
「茅野!鷲尾!」
芝山がその場に駆けつけた。
「全く茅野は!人の話は最後まで聞け!」
「本部長、澪さんが・・・」
「それなら先程聞いている。お前と同様に前世の記憶を持っていることもな」
「先輩〜!やっと追いついた!本当に足が速いんだから!」
「佐奈田、遅かったな」
警視庁特異事象捜査課の巡査長である佐奈田洸士郎が現場に到着した。階段で上がってきたのか、肩を上下させている。
「これでも追いつこうとしましたけど、入れなかったんですって!あ、先輩の部下の皆さんこんにちは!犯人確保の協力ありがとうございました!落ち着いたら、事情聴取させてください。とりあえず、この人たちを近くの署に連れていくので!」
佐奈田はそう言うと、襲撃犯の神官2人を連行していった。
「下の規制線は張り終えて、入江を車で待たせている。これから橘を連れて行くからすまないが、茅野は記念祭が終わるまで警護を頼めるか?」
「分かりました」
「じゃあ、俺も一緒に柊さんと警護をします」
「鷲尾すまない。頼めるか?」
「もちろんです」
「では、頼む」
芝山は到着した佐奈田の部下に手伝ってもらいながら、永遠を運んでいった。
【次話】31話 インタールード1-覆水盆に返らず-
※12/25(月)7:00頃更新予定
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