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【短編小説】あの星をつかまえて

 八月の夜。田んぼに囲まれた祖母の家の庭には十数種類の花類と四メートルほどの細い木が一本立っており、時折ミンミンゼミや鈴虫の音が庭いっぱいに響き渡っている。

 ボクたち家族と親戚は祖母の家に集まっていた。
ついさっき玄関で塩を振りかけ、喪服を着替えたばかりだというのに、大人たちはゲラゲラ笑いながらテレビを観ているが、どこか無理して平静を取り繕っているようだ。
大人たちの感情もテレビの内容もボクにはまだ理解できないものばかりだ。

 父も母も相手にしてくれない。いや、今はわがままを言うべきではないと、その神妙な雰囲気に、ひっそりとひとり遊びをはじめ、さも何も気づいていないかのように振る舞うことがせいぜいボクにできる精一杯のことだった。

 やがてひとり遊びにも飽き飽きして、おもちゃをしまい、庭が見渡せる廊下までテクテク歩いていき、虫の音色に耳を澄ませていた。

 普段はタモを振り回して、ジリジリと響く音を探して追いかけっこをする昆虫たちも、夜になると様相を変え、蒸し暑い夜を心ばかり涼しくしてくれる。

だがその日ボクの耳に届いたのは虫の音色ではなく、祖母が花のまわりを歩く足音と、微かに聞こえるすすり泣きの声だった。

「おばあちゃん、なんで泣いてるの?」

 庭に出て、木があるところまで近づいていき祖母に尋ねた。
祖母はボクに涙を見せないよう木を見上げ、しばらくしてからこう答えた。

「おじいちゃん、お星さまになっちゃったね…」

ボクも木を見上げ、そして空を見上げた。
雲ひとつない空に無数の星が輝いている。

「おじいちゃんはどのお星さまだろうか。」

相変わらず空を見上げたままの祖母にボクはこう答えた。

「おじいちゃんはきっと一番光ってるあのお星さまだ!」

「そうだ!おばあちゃん、ボクがパパにうんと長いタモを作ってもらっておじいちゃんのお星さまを取ってあげる!」

 祖母は嬉しそうにありがとうと言うと、それ以上なにも言わずにボクを部屋に連れていった。

「パパ、明日一緒に長いタモを作って!おじいちゃんのお星さまを捕まえるんだ!」

20年経った今でも祖母はわたしに嬉しそうに当時の話を聞かせてくれる。

おわり。

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