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"MARDEN HILL"の事。

色んなインディ・レーベルが立ち上がっては消えていった音楽業界にあって、特色や志向は大抵がレーベル・オーナーや初期所属アーティストのエゴから始まっていて、”わがまま”だからこその良質なレーベルが多数存在した。でも、浮き沈みの激しい音楽業界にあって、残るのは奇跡に近い。ましてや完全に趣味性に彩られた美学を追求するのはハードルが高すぎてる。でも、あの時代に私たちはそのポップの楽園を享受した楽しい思い出しかないと言っていいかもしれない。でもパーティは長く続かなくて、やがて終焉を迎える。レーベル自体は消滅して活動の場を失ったアーティストは個々に様々な方向に散っていき、上手くやった人あり、イメージに捉われて苦労した人あり、色々といた。このMarden Hillは、相当に苦労した人たちじゃないかと思ったりします。

[London Pavilion Volume One / V.A.] (1986)

イギリスを代表する完全趣味レーベルとして最初に思い出すのはél Recordsでは。Cherry Redで働いていたMike Alwayは、Monochrome Set , Felt , Maine Girls , Fantastic Something , Eyeless in Gazaといった時代を代表するアーティストを多数世に送り出した後に、WEAとRough Tradeの共同出資レーベルBlanco Y Negroの運営を任せられるも、WEAとの関係が上手くいかずに脱落し、1984年にサブ・レーベルとして立ち上げたのがél Recordsでした。最初の所属アーティストは、元Alternative TV、元Lemon KittensのKarl Brake率いるShock Headed Petersでした。Mikeのコンセプトが定まったのは1986年頃、Cherry Redの傘下となった頃でしょうか。Mikeが夢見ていたのは、英国の伝統的な貴族文化とフランスの優雅さをミックスしたような箱庭の様な世界。王様、貴族、悪役、パン屋、吟遊詩人、踊り子、淑女にイエ・イエ・ギャルまでがいる物語の中のような理想郷を、フランス生まれのLouis Philippeと共に実現させますが、日本には熱心なファンがいたものの、本国ではビジネス的には上手くいかずに1989年に閉鎖しています。

[Curtain / Let's Make Shane And MacKenzie] (1987)

él Recordsの中で、ヴィジュアルよりはサウンドのイメージ作りに貢献していたのがMarden Hillと言えるでしょうか。バンドの初期メンバーであるMark DanielsとMatt LipseyとCharlie Phillipsは、イングランドはハートフォードシャーにある古いカントリーハウスのマーデン・ヒルで育った幼馴染でした。ここには歴史的にアーティスト・コミュニティがあり、過去にはJimi HendrixやMick Jaggerが滞在したこともあるとか。近くの町に住む親友のPete MossとIan D. Smithが加わって自然とバンドが形成され、古いブルースの曲から取ったSix Minute Manを名乗りますが、Mike Alwayのイメージにブルースという概念が無かったのか、変更を要請されて彼らのルーツの場所であるMarden Hillにバンド名を変更しています。

[Cadaquéz] (1988)

Marden Hillのデビュー・シングルは、"Curtain / Let's Make Shane And MacKenzie"というタイトルで、1987年にél Recordsからリリースされています。ピアノ、オルガンやハープシコードにジャジーなホーンやギターやパーカッション、華やかでクールな男性コーラスやスキャットを大胆に取り入れた変化自在でヴィジュアル感覚に溢れた楽曲は、明らかに映画音楽からの影響が色濃く、レーベルの本格的な開始を告げるテーマの様な重要なものでした。続くシングル"Robe / Hangman"と”Oh Constance”という、同様にヴァラエティに富んだジャジーな作品をリリース後の1988年にデビュー・アルバム”Cadaquéz”をリリースしています。先行リリースされたシングルの楽曲の数々をドラマティックに纏め上げた13曲収録のこの作品は、ジャズ、映画音楽、ラウンジなどを取り込み、色々な場面が思い浮かぶようなヴァラエティに富んだ架空のサウンドトラックをイメージさせる傑作アルバムです。そこそこ評価はされましたが、セールスには結びつかなかった様で、él Recordsの終焉と共に、バンドはレコード契約を失います。

[Come On] (1992)

しばらく活動を行っていなかったバンドですが、日本では人気を博したél Records、中でも彼らの新しいジャズは人気があったため日本からオファーがあり、小山田圭吾がMike Alwayと共に設立したレーベルTrattoriaのオムニバス"Jazz Jersey"への参加を依頼されます。1992年にリリースされたこの作品は、Venus Peterの沖野俊太郎やサロン・ミュージック、元Style CouncilのMick TalbotとSteve Whiteなどが参加した、ジャズをモダンなスタイルで再現する試みで、Marden HillはHerbie Hancockの"Watermelon Man"をレコーディングしています。この時のレコーディング費用の残りで、後のシングル"Come On"の原曲を録音していたみたいです。DJのAshley Beedleがリミックスをしたいと言ったのでスタジオを借りてレコーディングを行い、まだレーベルを始めていなかったJames Lavelleと出会い、是非リリースしたいという彼に音源を託したところ、立ち上げ間もないMo'Waxのカタログナンバー4番としてシングル"Come on"が1993年にリリースされています。この楽曲は従来のスタイルとは若干異なるダビーなダンス・トラックで、以降のMo'waxのスタイルを決定づけるアブストラクト・ヒップホップの元祖として後になって高く評価されており、James Lavelleの手により再度リミックスされています。

[Six Minute Man] (1993)

同じ年の1993年には再び日本からのラブコールがあります。Trattoriaと言えば、渋谷系の総本山的に捉えらえていますが、英国と日本のインディ・シーンの橋渡しをしたり、早々とニュー・ジャズ~アシッド・ジャズに注目したりといったセンスはもの凄く、世界に誇れるものだと思います。Marden Hillは、トシ矢嶋が主宰するTrattoria傘下のレーベルで、日本におけるアシッド・ジャズの始まりと言えるMO'MUSICレーベルからシングル”Harlem River Drive”、続いて通算2作目となるアルバム”Six Minute Man”をリリースしています。él Records時代とは異なる、ジャズをベースにした多彩なサウンドを取り入れたダンサブルなサウンドは、やはりフェイク・サウンドトラック的なイメージはありますが、él Records時代よりも自由度の高いサウンド・メイキングが冴えた作品になっています。この作品は、イギリスに逆輸入されて再リリース、アメリカでもリミックスされて再々リリースされています。

[Up In Smoke] (1994)

引き続きMo'Waxからのリリースの話があったみたいですが断り、James Lavelleとの橋渡しとなったAshley Beedleが立ち上げたロンドンのレーベル、On Delancey Streetから1994年にシングル"Blow EP"と”Up In Smoke”、そしてアルバム”Blown Away”をリリースしています。Ashley Beedleは、彼らがバンドの6番目のメンバーと呼ぶ親友であり、友情を優先した訳ですね。このアルバムは、日本のみのリリースだった2作目のアルバム”Six Minute Man”をリミックスしたもので、彼らのサウンドの核であるモダンなライトなスタイルのアシッド・ジャズの原型は、ジャズを新しいダンス・ミュージックに進化させたものです。批評家筋からは高く評価されてはいますが、当時としては早すぎたこのサウンドは、イギリスでのセールスはパッとしませんでした。その後、シングル"Melt On"と、Marden Hill&JC-001のシングル"Evolution"をOn Delancey Streetからリリースしています。

[Blown Away] (1994)

1995年には、EurythmicsのDave Stewartが主宰するレーベルAnxiousと契約します。このレーベルは、Londonbeatや、VegasでのDave Stewartの相方であるTerry Hallのソロ、Curveなどを擁した事で知られていますが、後に親会社のWarnerUKに吸収され消滅しています。同レーベルからリリースされる予定の新作のレコーディングをほぼ完成させたバンドですが、レーベルが契約を白紙に戻したため、リリース出来ないという状況に追い込まれます。

[Hijacked] (1996)

1996年には、アメリカのレーベルStepping Stoneからコンピレーション・アルバム"Hijacked"がリリースされました。今作は、前作"Blown Away"収録曲の新しいミックスや新曲を収録してメンバー自身が曲順を構成したものでした。"Blown Away"にはサンプリングが入っていたため、アメリカでの訴訟を恐れたレーベルの意向に沿った変更でした。服飾店のBC Ethic Clothingとのキャンペーンが企画され、メンバーが広告に載ったり、店頭での演奏まで行い、予定されていたアメリカのツアーはMark Danielsが自らキャンセルしたため実現しませんでしたが、アメリカではCMJを中心に大好評となりました。しかし、同じ年にAshley BeedleのレーベルAfro Artからシングル"Sugarplums / Bardot"をリリースした後、Marden Hillはバンド活動に終止符を打ちます。解散後、メンバーは、テレビ・ディレクターや写真家など、音楽とは別の道を歩みます。Mark DanielstoとChristopher Bemandは音楽を続け、ユニット45Dipを結成、MarkのソロのDefoeとSugarman、そしてMarden Hillの楽曲をコンパイルした編集盤”Anthology”がMark Daniels名義で2015年にリリースされ、今作には、元Marden Hillの盟友Pete Mossも参加しています。Mark Danielsは、一旦音楽活動から身を引き、マーデンヒルハウスのギャラリーでアート展示の活動を行っていますが、Defoeで音楽活動を再開しています。

[Casino Muse] (2021)

早すぎたために過小評価されたバンドMarden Hillの再評価は、皮肉にも彼らが解散してからはじまります。1998年には、"Cadaques"と"Six Minute Man"からの曲を編集したコンピレーション・アルバム"Lost Weekend"がCherry Redからリリースされています。この作品はメディアから絶賛され、非常に遅れて評価されました。そして2021年、幻の3作目のアルバムの音源が発見され、正式に"Casino Muse"というタイトルで、インディ・レーベルのRamrock Redから、実に25年の月日を経てデジタル・リリースされています。マスター・テープがマルチ・トラックでは無かったため、ほぼ当時の原曲のままの状態でのリリースでしたが、生音がクール極まりなく、ダビーでダウンビートでスペーシーなアブストラクト・ヒップホップ作品となっており、現在聴いても新鮮で、やはり早すぎたバンドだったのだなと実感します。このアルバムからは、Ashley Beedleのリミックスによるシングルのリリースも予定されています。

結成から10年の活動の中で色々な運命に翻弄され、たった2+1枚のオリジナル・アルバムしか残せなかったMarden Hillですが、彼らの残したすべての作品は再評価されており、現在聴いても色あせないものであるというのは凄い事です。どの曲も捨てがたいですが、今回は、初期のこの名曲を。

"Bar Room Fly" / Marden Hill

#忘れられちゃったっぽい名曲


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