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Drive me Higher:prologue


「別れてあげる。その代わり、型を取らせて」


西陽が射し込む1LDKの私の部屋。

準備してあった石膏のキットでしんちゃんの大きくなったアソコをはさんだ。

ギンギンになるように私も裸になった。

しんちゃんはスイッチが入ってしまったらしくて、

「本当に最後」と言いながら私を抱いた。

しかも、ナマで。

子どもができたって言ったらどうするつもりなんだろう……。

バカな男。 本当の人間のクズってたぶんこんな男。


結局、申し訳なさそうに私の胸の上で果てた。

情けない顔。

「もう会えない」とか真顔で言ってた男。

この様子がビデオに撮られてることなんて気づきもしない。


2年間続いた不倫の関係は、とっくに末期を迎えていた。

勝手に熱を上げたのはしんちゃんのほうだった。

私だって、バカじゃないから、 妻子持ちの男に簡単に心を許したりしない。


すべて肌のせいだ。

相性がよすぎた。


セックスがこんなに気持ちいいものだとは知らなかった。

それは本当に。

私だって、それまでの経験は少なくはない。

人並みに性に興味はあったし、 セックスも嫌いじゃないと思っていた。


しんちゃんは、まったく別物だった。

うまいとか、そういうんじゃない。

なんというか、浸透するのだ。

足りない何かが染み込んでくる。

そんな感じ。


うまくいっていない家族を捨てて、

私と暮らしたいと言い出したのはしんちゃんだった。

私はその言葉を信じてしまった。

いや、本当のことを言えば、

他人様の家庭をこわすようなことはしたくなかった。

だけど、しんちゃんをひとり占めしたくなってしまった。

でも、しあわせな時間はすぐに終わった。


「やっぱり子どもは捨てられない」

しんちゃんは勝手に泣いていた。

自分から奥さんと別れるって言い出したのに……。

「嫌いで別れるんじゃない、お前のことを考えたらもう二度と会わないほうがいい」

そんなことを言って30万くらいするネックレスをくれた。

ティファニーのダイアモンド。


人に話すのもバカバカしいような典型的な不倫の顛末。

そんな状況にこの私が放り込まれることに腹が立った。


LINEのメッセージを毎日200通近く送った。

会社に匿名でしんちゃんからもらった手紙を送りつけた。

興信所を使って、家族の住む家を突き止めた。

スマホで撮ったマンションのエントランスの写真をメールで送った。

家の前でもらった手紙をばら撒くと脅した。


最後は家の近くで小学生の娘に話しかけたところで、 しんちゃんの目が変わった。

「警察に通報するぞ」

何様のつもりなのか。

やり過ぎだとは自覚していたけど、 自分を止められなかった。

大人げない、大人げない……。

しんちゃんの娘に声をかけたときは、 本当に連れ去るつもりだった。

でも、よく見たらぜんぜんかわいくなかった。


ぜんぶバカバカしくなった。

死ぬことさえ。


しんちゃんがほしかった。

やさしくやさしく触れてほしかった。

やわらかいキスで埋め尽くしてほしかった。

偶然再会したあの夜のように……。


奥さんはとっくに気づいていた。

ずっとLINEを見ていたらしい。

しんちゃんから離婚の話になっていると聞いた瞬間、冷めた。

娘に声をかけたことは、私自身も封印したい。


しんちゃんのアソコを型取りした石膏のキットを

大人のおもちゃの専門店に送ったら、 たった1週間でバイブになって届いた。

まるで、しんちゃんの遺骨。

本物の110%の大きさ。 それが丁度いいという。

チョコレートブラウンを選んだのは正解だったのかどうか……。

でも思ったより不自然な色じゃない。

カタチも悪くない。 シリコンの手触りも思ったより肌に近い。

さすが、Made in JAPAN。


ゲイのオーナーが遊びで始めたこのサービスは、

今や2丁目界隈で知らない人はいない。

女性向けサービスに展開されるのは自然な流れだった。

型取りキットを買いにショールームに行ったとき、

いろんな芸能人のホンモノをリアルに型取ったという

モデルが並んでいて思わず笑ってしまった。


私は、はちきれそうなチョコレートブラウンのしんちゃんを

リビングのテーブルに置いて眺めた。

私の奴隷。

もうどこにも逃げられない。

もっと早くこうしていれば、傷つかずに済んだかもしれない。

前に進まなきゃいけないのはわかっているけど、もう傷つくには疲れすぎた……。

メチャクチャになっちゃったけど、私の気持ちさえ許せば、

身体の関係を続けることはできた。

「別れてあげるから、私のバイブになりなさいよ」

そんな話をしたこともあった。

でもダメ。 それじゃ、しんちゃんの思う壺。

すぐに私が頭にきて、結局またぶちこわしてしまう。

「結局、奥さんと別れる気ないんでしょ?」とか言いはじめて…。

結局、その繰り返し。

これ以上、バカな女にはなりたくない。


バイブのしんちゃんのスイッチを入れたら、

申し訳なさそうにかすかに動いて、充電が切れた。

誰かにしあわせにしてもらおうなんて思ったのがバカだった。

そんなことあり得ないことなんて、ずっと前からわかってたのに。


私はバイブのしんちゃんにそっと舌を這わせ、目を閉じた。

リビングを満たす空気が密度を増していく。

脳内の薄暗い場所に微かな電流が走り、細胞が泡立ってくる。


もしかしたら、どこかへ連れて行ってくれるのかもしれない。


私は、私だけのものになったしんちゃんに力を込めた。


(つづく)

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