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特許情報を用いたSDGsへの取り組み状況の可視化

本記事のオリジナルは2021年11月27-28日開催「日本知財学会第19回年次学術研究発表会」で発表した内容になります。

1 緒言

2015年9月の国連サミットにおいて採択したSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)(1)への注目度合いが高まっている。2001年に採択されたMDGs(ミレニアム開発目標)は途上国支援を中心とした内容であったのに対し、SDGsは先進国も含めた全世界的な社会課題として定義されたことで全世界的に注目が集まっていることが背景にある。知財業界においてもSDGsへの注目が年々高まっているが、この契機となったのはK.I.T.虎ノ門大学院の杉光氏が提唱した特許情報によるSDGs関連技術の「見える化」 (2)ー(3)に依るところが大きいと考えられる。

SDGsに限らないが、従来の特許情報分析は課題的側面よりも、むしろ解決手段である技術的側面に注目が集まっていた。日本固有の特許分類であるFタームには一部“課題・目的”が設定されているが、あくまでも当該技術領域内における“課題・目的”に限定されているため、SDGsと特許情報を紐づけるために利用することは難しかった。

最近になって、様々な機関・企業が特許情報を用いたSDGsへの取り組み状況の可視化について発表を行っている。日本特許情報機構(Japio)の知財AI研究センターは2021年4月に「SDGs 技術企業ランキング」(4)を発表した。Googleの自然言語処理モデルBERTを用いて、特許明細書の情報からSDGsのどの目標に該当するかを推定するAIモデルを構築し、ゴール2・3・6・7・8・9・11・13の企業ランキングを毎月更新している。またデロイトトーマツはテキストマイニングにより各SDGに関連の深いキーワード群を定義し、SDGごとに固有の特許検索式を構築して特許データベース検索を実施した結果、2015年9月から2020年8月の期間内で618,556件のSDGs関連特許のトレンドを発表している(5)。

上記はAI利用や母集団検索式が公開されていないため、自社でSDGsの取り組み状況を特許情報で可視化することができない。そのため本研究ではSDGsのような社会課題をテーマとした分析母集団検索式の考え方を整理するとともに、特許情報で可視化可能なSDGsゴール・ターゲットについて検索式を作成して、その出願動向を明らかにすることを目的とした。

2 SDGs・社会課題をテーマとした場合の分析母集団検索式作成の考え方

SDGsのような社会課題をテーマに分析母集団検索式を立案する上で、図1のような3つのアプローチを検討した。SDGsの17ゴール・169ターゲットのすべてが特許情報を用いて分析できるわけではなく、①解決するテクノロジーが(比較的)明確な場合、②解決するテクノロジーが不明確ではあるが社会課題の前・中・後プロセスを検討するとともに、事例などをもとに検索式立案できる場合もある。ただし、テクノロジーではなく政治や人の営み等で解決するべきゴール・ターゲットもあるので、ゴール5・10・16・17は検討対象外とした(この4つのゴールのうち、一部ターゲットについては①または②で対応)。

図1:SDGs-特許情報マッチングの考え方

このような検討を踏まえて、17ゴール・169ターゲットのうち、13ゴール・83ターゲットについて分析母集団検索式を作成し、ターゲットレベルで出願状況を可視化した(個別ターゲットごとの検索式や出願状況については「特許から見るSDGsグローバル企業ランキング(6)」を参照)。なお本予稿では紙面の都合上、ゴールの分析結果のみ掲載している。

3 特許情報から見たSDGsの取り組み状況

図2にSDGsゴール別累積ファミリー数を示す(特許だけではなく実用新案も含まれている。また0ファミリーのところは母集団検索式を設定していないゴール)。出願規模としてはゴール3や9が大きいが、ゴール3は医薬品・ヘルスケア関連、ゴール9は情報通信関連が含まれるためである。

図2:SDGsゴール別累積ファミリー数

次に本研究で設定したSDGs関連特許のファミリー数推移(2020-2021年出願は未確定値)と出願人ランキングを示す。

図3:SDGs関連特許ファミリー数推移

図4:SDGs関連特許出願人ランキング

SDGs関連出願は直近20年間で153,563ファミリーあり、同期間の全出願の22%を占めると同時に、SDGs関連出願比率はこの20年間で20%台前半と横ばいである。各出願人とも結果的にSDGsのいずれかのゴールに合致するような特許出願を行っていると言える。

またSDGs関連特許の上位出願人にはファーウェイやZTEなどの通信機器メーカーが登場しているが、これはゴール9で情報通信関連の特許分類(H04L、H04W)を設定したためである。上位は軒並み日米欧中韓の企業が名を連ねているが、大学として浙江大学が唯一ランクインしていることが注目される。

4 特許情報から見た日本企業が重点的に取り組むべきSDGsゴール

SDGs関連出願から見た日本企業の強み領域・弱み領域を特定することで、SDGs達成に向けて貢献できると同時に、日本の今後の取り組むべき課題を考えられる。強み領域・弱み領域を特定するために、SDGs関連の全出願のうち日本企業出願(日本を優先国に持つ出願であり、企業だけではなく大学・研究機関・個人も含む)のファミリー数シェアを横軸に、被引用数シェア(各ゴールの全体被引用ファミリー数に対する日本企業出願の被引用ファミリー数の割合)を縦軸に取ったポジショニングマップを作成した(バブルサイズは日本企業の累積ファミリー数)。横軸の右に位置するほどグローバルの中で日本企業の出願の存在感が大きく、縦方向の上に位置するほど被引用面から見た場合の注目度合いが高い出願の割合が多い(一般的に被引用回数が多ければ基本特許・重要特許である可能性が高い)。

図5を見ると、被引用ファミリー数シェアが30%以上であり注目度合いが高いゴールとしてゴール3(すべての人に健康と福祉を)、9(産業と技術革新の基盤をつくろう)、7(エネルギーをみんなに そしてクリーンに)、11(住み続けられるまちづくりを)が挙げられ、SDGs達成に向けて今後の日本企業の貢献が期待される領域である一方、ゴール12(つくる責任 つかう責任)や4(質の高い教育をみんなに)、15(陸の豊かさも守ろう)などは出願規模の面、出願の注目度合いからも存在感が薄く、今後積極的に取り組むべき領域であると考えられる。

図5:被引用回数面から見た日本企業出願のSDGsターゲット別ポジショニングマップ

5 結論および今後の研究の方向性

本研究ではSDGsのような社会課題を対象にした場合の検索式作成の考え方を整理するとともに、SDGsの17ゴール・169ターゲットのうち、特許情報で分析可能と判断した13ゴール・83ターゲットについて独自に母集団検索式を作成してグローバルの出願トレンド・企業ランキングを算出し、被引用回数面から日本企業が重点的に取り組むゴール・ターゲットについて分析した。また件数シェア・被引用シェアから日本企業の強み領域・弱み領域を特定することで日本企業が重点的に取り組むSDGsゴールについて明らかにした。

今後は今回設定したSDGsのゴール・ターゲットごとの出願状況について毎年定点観測を行うと同時に、SDGs以外にESGや、コーポレートガバナンス・コード改定で注目されるサステナビリティという観点についても特許情報を活用した事業戦略・研究開発戦略への活用や投資家向けの可視化に取り組んで予定である。

参考文献

  1. 外務省、https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html

  2. 杉光一成、国連の開発目標と知財 関連技術、特許で可視化を、日本経済新聞、2018年5月4日

  3. 杉光一成、特許情報によるSDGs関連技術の「見える化」、首相官邸 知的財産戦略本部検証・評価・企画委員会 産業財産権分野会合(第2回)、https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2019/sangyou/dai2/gijisidai.html

  4. 日本特許情報機構・知財AI活用センター、https://transtool.japio.or.jp/work/sdg/

  5. デロイトトーマツ、『SDGsに貢献し得る技術イノベーション』を創発する社会へ、https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/strategy/articles/md/sdgs-patented-technology-for-natural-language-processing.html

  6. 特許から見るSDGsグローバル企業ランキング(2021.5.10版)、https://note.com/anozaki/n/n205af9168d7c

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