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特許情報分析のデザイン|広報誌「とっきょ」のゲーム特許情報分析を行うにあたっての準備の裏側

本記事のオリジナルは2020年3月12日および2020年3月14日にブログ「e-Patent Blog | 知財情報コンサルタント・野崎篤志のブログ」に投稿したものになります。

以前公開された特許庁広報誌「とっきょ」のゲーム特許分析記事

を書くにあたっての準備(裏側?)について紹介するのは、一般的な特許情報分析デザインの解説にもつながり参考になると思い、本ブログで紹介させていただきたいと思います。

昨年IPジャーナル誌に寄稿させていただいた「IPランドスケープの底流-情報分析を組織に定着させるために」でも取り上げたのですが、情報分析のフローは

のようなステップになっています。以下、時系列的にどのような形で今回の記事を作成するための準備を行っていったか説明していきます。

0.特許庁からのご相談

最初に特許庁広報課の方から、今回の記事執筆についてご相談をいただきました。

これまで広報誌「とっきょ」では、AI・人工知能、ドローンについてIPランドスケープ・特許情報分析の特集を組んできましたので、今回の分析のテーマはどのようなものが良いかディスカッションを行いました。テーマ案として、IoTなども出たのですが、”特許情報の分析・活用の有効性・有用性をより多くの方に知っていただくために親しみやすいテーマ”ということで、ゲームになりました。

特許庁では毎年特許出願技術動向調査報告という大規模な分析を行っており、過去のテーマとして「電子ゲーム」の分析を実施していましたので、その結果を活用できるのではないかというのもテーマ選定の背景としてありました。

ただし、後述するように結果的には特許出願技術動向調査報告の結果については一部の利用にとどまり、分析母集団については新たに自分で作成しました。

ステップ1&2.課題の見極め、予備仮説・ストーリーの構築

今回は”ゲーム”というテクノロジーについて、主に特許情報分析を通じて、広報誌「とっきょ」をご覧になった方が「お、特許情報分析って役立つじゃん」と感じてもらうことが目的です。

よって、いつもクライアントからご依頼いただくような事業・ビジネス的な視点での明確な課題というのはありません。とはいえ、単純にゲーム関連特許を分析して、こういうトレンドでした、と示すのでは面白くありませんので、ゲームの特許情報分析を通じて何らかのメッセージを発信しなければいけません。

そのメッセージを導出する(=予備仮説・ストーリー)ためには、まずゲームについて知る必要があります。

小学生~中学生の頃はファミコンやスーパーファミコンをよくやっていました。また、昨年夏ごろからドラクエウォークをやっていたのですが、さすがにゲームそのものの知識・経験はあっても、ビジネス的な視点、テクノロジー的な視点でゲームを捉えたことはありません。

このような場合に行うのは、大量の事前インプットです。

事前インプットにはインターネットの情報も良いのですが、私の場合は書籍を複数冊買って、いっきに読み込むようにしています。ちなみに今回購入したのは以下の4冊です。

業界全般を把握する際に購入する書籍としては、

  • 入門的な内容:新書・単行本

  • 専門的な内容:専門書

  • 業界内部の事情を把握:業界の方が書いた本

の3種類をバランスよく買うようにしています。ゲーム記事執筆にあたっては、

  • 新書:単行本:僕たちのゲーム史、家庭用ゲーム興亡史

  • 専門書:日本ゲーム産業史

  • 業界の方:セガ家庭用ゲーム機 開発秘史

のようになります。ゲームの場合、いわゆるファミコンのような家庭用ゲーム機から、現在はスマホゲームへとシフトしていますので、書籍だけだと情報が古い可能性があるので、インターネット(官公庁系のレポートやkeizaireport.com)からも情報収集して補足しています。

これらの書籍やインターネットの情報を可能な限り短時間で一気にインプットして、ゲーム業界の状況について理解します。

そうすると、(書籍を読む前から分かっていたことも含めて)

  1. ゲーム機の種類の変遷

  2. 参入しているプレイヤーの変遷

  3. ゲーム機に採用されているテクノロジー

  4. 最近のゲームのトレンド、ゲームの利用方法

などが分かってきました。

ゲームと先端技術の融合領域から見える、新たな可能性」では書かなかった点として、3点目の「ゲーム機に採用されているテクノロジー」は、最先端の技術ばかりが採用されているイメージがあるのですが、任天堂は「枯れた技術の水平思考」という思想があり、必ずしも最先端の技術を採用していたわけではありません。

このインプットを通じて、「ゲームの特許情報分析を通じて何らかのメッセージ」について、

  • 参入しているプレイヤーの変遷

    • 特許情報の出願人トレンドから、日本企業主体の業界からマイクロソフトやテンセントなど中国勢の出願が増加しているのではないか?

  • ゲーム機に採用されているテクノロジー&最近のゲームのトレンド、ゲームの利用方法

    • ゲーム機のテクノロジーについてIPCやキーワードを使って、どういう技術が現在注目を浴びているのかを可視化できるのではないか?

というボンヤリしたメッセージ・ゴールイメージができました。

よくクライアントから「分析のデザイン段階で、最後のメッセージ・ゴールイメージって固まっているんですか?」という質問をいただくことがありますが、ステップ1や2の段階では、あくまでもボンヤリとしたイメージですので、100%固まっていることはあまりありません。実際の分析を通じて、初期のメッセージやゴールイメージをブラッシュアップしたり、時には軌道修正していく形になります。

知財情報コンサルティングを標ぼうしておりますので、特許情報分析をベースに各種サービスを提供してはいるのですが、特許情報分析だけでなんでも分かるとは思っていません。また、仮説もストーリーもない状況でいきなり特許情報分析を行っても、分析結果の洪水の中に溺れてしまうだけです。

なので、まずは書籍やインターネット情報を収集して、ラフなストーリー・最終的なメッセージについてイメージを固めることが重要です。

ステップ3.分析対象資料・分析方法の選択

ラフなストーリー・最終的なメッセージが固まったら、分析対象資料と分析方法を選択します。

今回は特許情報分析を通じて、その有用性・有効性を理解していただくことが目的にありますので、分析対象資料としては特許情報が中心になります。もちろん、特許以外の情報も記事を書く上では適宜使っています。

次に分析方法ですが、これは利用できる分析ツールという制約条件もあるかと思います。特許情報分析にも慣れていない方に読んでいただくことも想定して、基本的にはMS Excelでの統計解析ベースでの分析としました。

テキストマイニングで分析したい!しかし、有料のテキストマイニングツールは契約していない・・・という場合もあろうかと思いますが、無料でもKH coderなどがあります(使い方を覚えるために多少の時間がかかりますが)。文字数制限はありますが、ユーザーローカルのようなツールもありますので、契約していないから・・・とあきらめずに無料のツールも探してみてください。

ステップ4.情報・データ収集および前処理

次に特許情報分析で用いる母集団ですが、上述したように特許出願技術動向調査報告に「電子ゲーム」があるのですが、今回の記事執筆にあたっては使うのが難しいと判断しました。その理由としては、

  • 分析対象期間が短い(ゲーム機の主流プレイヤーの変遷を見ることができない)

  • 分類軸が決まっている(ゲーム機で採用されているテクノロジーの変遷を追うために足りない軸がある)

の2点です。そのため、Derwent Innovationを使って分析母集団を作成しました。

ゲーム機については、特許分類としてA63F13/00(ビデオゲーム,すなわち2次元以上の表示ができるディスプレイを用いた電子ゲーム)が設定されており、またキーワードとしてもGAMEを利用することである程度適合率・精度(ノイズ混入率が低い)集合を形成することができます。

分析対象テーマによっては特許分類やキーワードだけでは、ノイズが含まれてしまうので、読み込んでノイズ除去を行わない場合もあります。しかし、今回はノイズ混入率が低く、ゲーム機全般のトレンドを追うのが目的なので、公報読み込みは行わないで分析を行いました。

データ前処理としては、出願人・権利者名の名寄せがあります。

今回はDerwent Innovationを使っていたので、Derwent Innovationの最適化譲受人の情報をベースに出願件数が一定規模以上の出願人・権利者について目視で名寄せを行いました。

ステップ5.各種分析-定量分析・定性分析など

分析母集団を作ったら、実際に分析をしていくのですが、その際に重要なのが分析の切り口です。

まず「【図5】ゲーム機における先端技術との融合」の分析軸自体を前回紹介した書籍やその他の資料を通じて作成しました。

分析の切り口で代表的なものとしては特許分類(IPC、FI、Fターム、CPC)があります。特許分類は各国特許庁が付与しており、ある程度体系だっているので、便利ですが、今回は特許分類だけでの分析はしていません。その理由は、特許分類だけでは分析の分解能が十分ではなかったり、そもそも分析したい項目が特許分類にはなかったからです。

特許分類を用いた分析自体を否定しているわけではありませんが、特許分類というのはある程度出来上がった技術を体系化している分類ですので、新しいテクノロジーには完全にフィットするような特許分類はありません(たとえば現時点ではブロックチェーンそのものの特許分類はありません)

ある程度普及したテクノロジーについて特許分類を使って分析するのであれば、大きな問題はないと思います。

あと補足でもう1点。

特許分類を使って分析すると、整備されている特許分類の枠組みの中だけで考えてしまいがちなので注意してください。あらかじめ設定された枠組み内から何か新しいもの・イノベーティブなものを探し出すというのは結構難易度が高いです。

次に設定した分析軸に対して特許を対応付けていきます。

今回設定した分析軸は特許分類をベースとしたものではないので、特許分類だけでは分析軸へ対応付けることができません。また、数万件の母集団ですので、公報を読んで分析するわけにはいきません(納期のそうですが、費用もそんなにいただいていないので・・・・)

今回は、キーワードと特許分類を組み合わせて設定しました。分析軸1つ1つに検索式を設定するようなイメージでしょうか。

例えば、AR・VR・MRであれば

VIRTUAL REALITY
AUGMENTED REALITY
MIXED REALITY
G06T001900

のOR演算になります。VR等のキーワードがDWPIタイトルに入っているか、または、特許分類にG06T001900が含まれているかのいずれかに該当すればAR・VR・MRに特許を対応付けています。

これらの定量分析結果を【図5】ゲーム機における先端技術との融合としてまとめました。

定量分析の際に工夫したのは、図5(b)の方です。

図5(b)の説明を抜粋すると”横軸に長期増減率、縦軸に直近の出願比率を取っており、右上に位置する技術ほど出願件数の伸びが著しいことを示している。またバブルサイズは2000年以降の累積ファミリー数である。”となります。

特許分析で見るバブルチャートは、縦軸・横軸に課題と解決手段を取ったマップや、出願人と特許分類(IPC、FI、Fタームなど)を取ったマップをよく見ると思います。

しかし、このマップは縦軸・横軸ともに出願件数の増減率を取っています。

こうすることで、

  • 第1象限:長期的・短期的に件数増加

  • 第2象限:長期的に件数減少・短期的に件数増加

  • 第3象限:長期的・短期的に件数減少

  • 第4象限:長期的に件数増加・短期的に件数減少

という4つのタイプに分けることができます。比較しようとする項目数が多くなると、縦棒・横棒グラフや時系列バブルチャートマップだと少し見にくいのですが、上記のマップ(私は出願ポジショニングマップ🄬と命名しています)であれば、比較的多くの項目をマップ上に配置することができて、累積件数が少ない項目であっても、出願件数の伸びが著しければマップから見出すことができます。

上記の例でいえば、AR・VR・MRとドローン・飛行体を用いたゲーム関連出願は第1象限にありますので、長期的・短期的に件数増加している注目技術であると言えます。しかし、累積件数(正確にはファミリー数)で見るとAR・VR・MRの方が圧倒的に多い。通常のマップだとドローン・飛行体は累積件数が小さいので、見落としてしまうかもしれません。累積件数規模が小さくても件数の増減率が顕著であればそのトレンドを見出すことができるのが、出願ポジショニングマップを用いている理由です。

ステップ6.分析結果の解釈、提言の取りまとめ

ゲームと先端技術の融合領域から見える、新たな可能性」のような動向分析記事の場合、クライアントは数多くの読者です。またその読者の方々のこの記事への期待値も分散していますので、何か統一的な提言などを出すことは難しいです。

今回は、各種の図を通じて

  • 特許情報(国別件数・出願人など)から業界の変遷などが分かります

  • 特許情報から注目技術が分かります

を理解していただくことを主眼にしました。

この解釈や提言の取りまとめのところは、なかなか体系化するのが難しく、プロジェクトごとに個別にカスタマイズしています(上位概念的にまとめることはできるのですが)。ここの形式知化については、今後書籍化する上での課題としたいと思います。

不十分なところは多々あると思いますが、限られた紙面で、ゲームというテーマを通じて特許情報分析の有用性・有効性について理解していただけたのであれば幸いです。

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