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【意匠から見る】日本企業はデザインに対する意識が低いのか?

日本でもデザイン思考・デザインシンキングというキーワードがだいぶ普及してきました。

私は知的財産業界にいますが、知財行政を取り仕切る特許庁においても「デザイン統括責任者(CDO)」を設置して、デザイン経営に舵をきりました。

デザイン思考に関する書籍や論考・ウェブサイト記事などは可能な限り目を通すようにしているのですが、本日 さよなら、「デザイン思考」 

というなかなか衝撃的なタイトルの記事を読みました。

詳細についてはぜひお読みいただければと思いますが、私が気になったのは

そこで感じていたのは、日本企業のデザインに対する意識の低さでした。欧米と比較するとその差は歴然、サムスンやLGといった韓国の大企業と比べても、2周くらい遅れている。まだまだ、デザイン=見た目の綺麗さくらいにしか思っていない企業が大半だったのです。

の部分です。

こういうフレーズを見るとどうしてもデータで検証してしまいたくなってしまうのが性なので、このようなnote記事を書いた次第です。

デザインに対する意識について計測する方法はいくつかあると思うのですが、本稿では米国意匠出願を用いて日本企業(ソニー、パナソニック)と韓国企業(サムスン電子、LG電子)、そして米国企業の代表としてサムスンと訴訟合戦を繰り広げていたアップルを比較検討してみたいと思います。

デザイン思考におけるデザインとは、意匠のような外観・見た目だけではなく、より広い範囲を含んでいることは分かった上で、1つの計測方法として米国意匠出願を使って分析しました。

なお記事後半に「分析に関する留意点」を掲載しています。今回の記事はあくまでも米国意匠出願を用いており、分析結果を解釈する際に留意しておくべき点がいくつかありますので、こちらも必ず読んでください。

1.意匠出願状況から見る日本・韓国企業およびアップルのポジショニング

まずは、各社のポジショニングについて確認みましょう。

横軸に米国意匠出願の増減率、縦軸に米国特許・意匠出願に占める意匠出願比率を取って、各社をマッピングしてみます。

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第1象限は意匠出願が増加し、かつ、意匠出願比率が高いので、意匠出願面から見てデザインに対する意識が高いのはLG電子とサムスン電子で、比較対象の日本企業に比べると、特に意匠出願増加率で差が顕著です。

デザインに対する意識が最も高そうなアップルはどうかといえば、意匠出願は増加していますが、特許・意匠出願に占める意匠出願比率はLG電子やサムスン電子と比べると少し低めでした。

KESIKIの石川氏が指摘していた「日本企業のデザインに対する意識の低さでした。欧米と比較するとその差は歴然、サムスンやLGといった韓国の大企業と比べても、2周くらい遅れている」が、米国意匠出願の増加率と意匠出願比率のデータからも確認できました。


2.各社の米国意匠出願トレンド

次に各社の米国意匠出願トレンドを確認してみたいとおもいます。

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サムスン電子は2005年に1回目の意匠出願急増期があり、2012年に2回目の意匠出願急増期があります。ただし、2013年をピークに意匠出願は減少しています。この出願急増はどういう理由で生じたのでしょうか?

一方、LG電子は多少の増減はありながらも、一貫して意匠出願が増加しています。特定時期に急増するサムスン電子とは異なり、意匠に対すて継続的に取り組んでいると言えるでしょう。

アップルや日本企業のパナソニック、ソニーについては以下の個別企業ごとの出願トレンドのところで詳しく見ていきます。


以下では、特許出願・意匠出願(縦棒グラフ)と特許・意匠全体に占める意匠出願比率(折れ線グラフ)から、各社の出願トレンドとデザインに対する意識の変化を見ていきたいと思います。

横軸に最先優先年を取っている関係で2018年は未確定値である点、あらかじめご承知おきください。


2-1.LG電子

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LG電子は2000年から米国意匠出願件数およびその比率を高めています。

こちらのウェブサイトによれば、

グローバルな市場では、特にコモデディー化した製品等、技術や機能が同じである場合は、デザインの善し悪しが売り上げを左右し、特許権に比べて意匠権の方が権利行使を比較的行い易い等といった傾向があります。このような理由から、韓国の代表的な企業であるサムスン電子やLG電子も、近年特に意匠を重視する傾向にあるそうです。

とのことです。ベースとなっているのが経済産業調査会発行『特許ニュース』で「韓国知的財産をめぐる最新の状況」(2013年4月19日)なので、既に7年前から意匠重視であったことが分かります。

また、JETROが2013年3月に取りまとめた「韓国企業の技術動向調査(サムスン電子、LG電子編)」によれば、

1958 年に創業した当時から既に社内デザイナーを採用しており、1983 年には総合デザイン研究所が誕生している。また、1990 年代に入るとアイルランドなど世界中にデザインセンターを置いた。

とあり、1980・1990年代からデザインを重視していたことが分かります。この動きをさらに加速させたのは、

単なる見栄えの向上だけに留まらず、デザインが製品の高付加価値化に貢献する点に着目し、同社では 2006 年に「デザイン経営宣言」を行っている。これはグループの総責任者である会長自らが「顧客の感性をひきつけるデザインを通じて LG が最高であるという評価を受けなければならない」とその推進意志を明確にしている

具本茂LGグループ会長が2006年に行ったデザイン経営宣言のようです。後述するようにサムスン電子の李健熙会長が2005年にグループ会社社長向けにデザイン重視の姿勢を打ち出したのとほぼ同時期なので、LG電子の具本茂会長は何らかの影響を受けたのだと思います。


2-2.サムスン電子

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上述の通り、出願急増はサムスン電子のデザインマネジメントについてまとまっている論考があります。

こちらをご覧いただくと、米国意匠出願データには表れてはいませんが、

水原にあったデザイン部門は1994 年にソウルに移され、1995 年にはデザイナー育成などを行うデザイン研究院が設立された。翌1996年からは、デザインを競争戦略の切り札として、主に携帯電話の分野でデザイン革命を実践してきた。1997 年にはサムスンデザイン賞が制定されて、グランプリ受賞者には年間の給与以上の賞与が与えられ、一階級の昇格も得られることとした。

や、

サムスン電子の場合は、こうしたデザイン賞を獲得するという実力行使に出ることで、マネジャーからの理解と関心を得ることにつながった。1997 年から2001 年までの5年間では、16というIDEA の最多受賞数をアップル社と並んで受賞した。

のように1990年代半ばからデザインを競争戦略の1つとして重視し、さらには様々なデザイン賞を受賞することを1つの目標に設定していたことが分かります。

それでは、なぜ2005年に米国意匠出願が急増したのか?といえば、李健熙会長の発言に基づくものだったと推測されます。

2005 年4月、イタリアのミラノにグループの主要会社の社長たちを集めた李健熙(イゴンヒ)は、「サムスンの次世代中核戦略はデザインである」と宣言し、「系列会社全てのデザイン力を世界的なブランド水準にまで引き上げなければならない」という指示を出した。つまり、この集まりはワールドプレミアムブランドを育成する計画を定めるためのデザイン戦略会議であり、デザイン革命をなした1996 年から10 年後にあたる「第2のデザイン革命」として位置付くものだった。

それでは、2012年の意匠出願急増の理由は何か?と言えば、おそらくアップルとのスマートフォン意匠権訴訟が関係していると思います。

あくまでも推測になりますが、アップルと中長期的に特許・意匠訴訟を継続する前提で、その訴訟に使えるための弾を出願増加で準備していたのではないでしょうか。

サムスン電子の場合は、1990年代からデザイン重視の経営を志向しており、それが米国意匠出願増加として明確に表れたのが2005年でした。2012年の出願増加はデザイン重視、デザイン意識の高まりというよりはむしろ対アップルの側面が強いと言えるでしょう。


2-3.アップル

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デザインを非常に重視しているアップルですが、米国意匠出願の多寡という面から見るとLG電子やサムスン電子よりも目立たない存在となっています。

しかし、2000年以降一貫して出願の5-10%は意匠出願へ振り分けており、継続的に取り組んでいる様子は確認できます。


2-4.パナソニック

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LG電子やサムスン電子、アップルと比較すると、意匠出願増加や意匠出願比率があまり目立たないパナソニックですが、こちらのグラフを見ていただくと2000年以降着実に意匠出願を継続していることが分かります。

こちらの論考を読むと、

パナソニック(旧 松下電器産業)は戦後間もない時期からデザイン重視の戦略をとっていたことが分かります。

1951(昭和26)年の松下幸之助の米国視察を機にわが国初の企業内デザイン部門が松下電器産業に設立されたこと, 帰国早々「これからはデザインの時代」と彼が語ったこと, 真野善一が初代課長として採用されたこと等はデザイン界ではよく知られた事実である。

意匠出願比率が今回取り上げた企業の中で最も低いとはいえ、毎年コンスタントに出願している状況と、上述の松下幸之助氏のデザイン重視のDNAが組織に残っているのであれば、デザイン意識が低いとは言えないと思います。

参考として上記の「企業内デザイン部門黎明期の研究」には、
三菱電機のデザイン部門設立に至る経緯
東芝のデザイン部門設立に至る経緯 : 扇風機を事例として
もありますので、興味ある方はご参照ください。


2-5.ソニー

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上記の意匠出願状況を見ると、ソニーはLG電子やサムスン電子、アップルよりもデザインに対する意識が高かったと言えるのではないでしょうか?

2005年から2006年、2007年から2008年にかけて2段階で意匠出願の比率が下がっています。

出願件数の増減の理由を探る際に参考になるのが業績推移です。

2005年から2006年は営業利益が下がっていますが赤字ではない、一方2007年から2008年はリーマンショックの影響で営業赤字になっています。

業績が低迷すると特許・意匠出願などを絞り込む傾向にありますので、2007年から2008年の意匠出願減少はリーマンショックによる業績悪化も一因だったかもしれません。

一方の2005年から2006年の落ち込みですが、他に経営的な観点で要因を見てみると、2005年に会長兼CEOにハワード・ストリンガー氏が就いています。

2005年度のソニーグループ経営方針説明会の内容を見ると、選択と集中を謳っていますが、コスト削減などの項目も上がっています。この戦略方針も意匠出願減少に影響しているかもしれません。


パナソニックと同様、米国意匠出願データから見ると、LG電子やサムスン電子、アップルに比べて、デザインに対する意識が低いという結果になりますが、

のように、ソニーのデザインへ対する取り組みも歴史があります。また、

のようにアップルのスティーブ・ジョブズがソニーをお手本にしていたのは有名な事実。

ちなみにこちらの記事を読んでいて、

ソニーの工場視察ではユニフォーム(同じジャンパー)を着て働く工員たちを見て盛田氏に質問をすると「絆だよ。」という答えに感動し、ソニーユニフォームをデザインした三宅一生氏にわざわざデザインを依頼し、持ち帰ります。しかしアップル社での導入に社員は猛反対、断念しました。ジョブス氏は自分だけのユニフォームとして三宅一誠がデザインした黒のタートルネックを着るようになり、生涯それを愛用していました。

を読んで、スティーブ・ジョブズがなぜ黒のタートルネックを着ているのか理解できました。


3.まとめ&分析に関する留意点

「欧米企業と比較して日本企業は遅れている」という論調を時折見かけますが、常にどういうエビデンスに基づいているのかが気になります。

「日本企業はデザインに対する意識が低い」というのも、なんとなく感じることはありますが、本当か?と疑問に感じることも事実だったので、今回は米国意匠出願データを使って検証してみました。

結果は上述の通りで、データから見ると「パナソニックとソニーはLG電子やサムスン電子、アップルに比べるとデザインに対する意識が低い」と言える結果になりました。

ただ元々の問いは「日本企業は(海外企業と比べると)デザインに対する意識が低い」でしたので、特定企業に限定した上での結論になっている点はご留意ください(しっかりとりた研究を行うのであれば、サンプル企業数を増やせば良いと思います)。


なお、以下は分析に関する留意点です。

「日本企業はデザインに対する意識が低いのか?」についてしっかりと回答するためには、この記事のような米国意匠出願だけの分析では十分ではありません。繰り返しになって恐縮ですが、あくまでも米国意匠出願から見た際の結果だという点にご留意ください。

また、日本を代表する企業としてパナソニックとソニーの2社を取り上げていますが、この2社は古くからデザイン重視であった企業なので、決してデザインに対する意識が低いとは思っていません。しかし、データから言えることはLG電子やサムスン電子、アップルと比較するとデザインに対する意識が低いのではないか、ということです。

もちろん、この2社だけを取り上げて日本企業すべてのデザインに対する意識が低いというつもりはありません。1つの参考情報としていただければ幸いです。


4.分析条件

データベースはPatbaseを利用しています。

検索した出願人名義は以下の通りです。

サムスン電子 SAMSUNG ELECTRONICS
LG電子 LG ELECTRONICS
ソニー SONY CORP
パナソニック PANASONIC
アップル APPLE INC

上記のグラフ上の数値は出願件数ベースではなく、パテントファミリーベースになっています。また年は出願年ではなく最先優先年を用いています。

5.参考:意匠情報分析について

イーパテントのYoutubeチャンネルにおいて、J-PlatPatとMS Excelを用いた意匠分析・意匠マップについての動画をアップしていますので、ご興味ある方はぜひともご視聴ください。

また今後も意匠分析だけではなく、情報分析・活用に役立つ動画をアップいたしますので、ぜひともチャンネル登録もよろしくお願いいたします。


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