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anon press 2周年+『anon press best of the best vol.1』発売記念座談会

(粘性のある大気はその流動の軌跡を空間に残し、距離感を失った闇に奥行きを思い出させていた。爆発の残像を灼きつけた網膜は吐き気のように記憶を再生し、それはある種の懐かしさへと変質していく。舞台中央から幽かな水の音が響き、巨大な湖の中にいることに気づく。気化したアルミニウムの風。沸騰する人工皮革が存在しない犠牲の夢を生成する。霧の甘やかな香りが流れ込み、それは闇の中で音と区別がつかなくなる。)

——なんか、すごい良い本とか読んだあとってさ、作者が生きている人だったとしても、死んでる人みたいな風に思えるんだよな。なんでかわかんないんだけどさ、その物語がすべてで、そこに全部が閉じ込められてて、それでもう十分だっていう気がするんだよ。もう続きなんていらなくて、続きが書かれるかもしれないみたいな可能性すらもいらなくて、その本を開いたら、もう、会うべきみんな全員に会えるっていう、それだけでいい感じがするんだよ。この感じ、たぶん誰にも伝わらない気がするんだけど、それも含めて、それはそれでいいっていう感じがするんだよな。


平:というわけでanon pressは2周年を迎えました。 編集長の青山さん、いかがですか。

青山:粛々とやってきた感じですね。やっぱり週1更新っていう、チームの規模感的にはわりと負荷のある目標を遵守し続けてきたのがいいんでしょうね。もし僕1人だったら、載せる作品のテイストとか順番とかにこだわり続けて永久に更新できなくなってたと思いますし。そういう意味では、この1年でメンバーもかなり増えて雑多な感じが強まってきましたね。

樋口:最初は青山&樋口の2人体制だったから、お互いのやる気だけで毎週持たせてる状態でしたね。今はそれぞれのペースでコミットしてくれるメンバーも増えたし、それぞれ鬱病だったり躁鬱病だったり、ただの仕事中毒で作業だったらなんでもいいやつだったりって感じで、なんかチームとして迫力があるし、特に平さんが事務面で非常に力を発揮してくれて、ありがたいです。毎週口頭で「今週ってどんな作品あったっけ?」とか言いながら雰囲気で決められていたタスクが、ちゃんと箇条書きでアクションリスト化されるっていう“近代化”が起きたり(笑)

平:青山さんにフォローしてもらってなんとかやってますね。

樋口:あとは、anon press以外にも活動が広がってきていて面白いですね。anon recordsを始めたり、よいこのanon press award 2023を実施したり。最近は服とかリアルスペースをつくりたい、みたいな機運も高まっています。

永良:元々anon何々、という言葉遊びが編集部のDiscordサーバーで流行っていて、anon recordsという企画もその過程で出てきたものです。他にもanon legalとかanon cityなどがあるのですが、今回はQOTHという新規ブランドとanon pressのコラボ=maison anonというファッション方面の展開を(勝手に)始めたという感じですね。追ってお話するリアルスペース=anon galleryもぜひ実装したいプロジェクトです。


QOTH x anon pressでリリースする予定のTシャツのサンプル

青山:maison anonはどんどんやっていきたいですね。今回は既存のanon pressのグラフィックをTシャツに乗せる感じですが、もっといろんなアイテムでコンセプチュアルなことをやりたいなと思っています。僕は正直1日の中でanon pressよりも服のことを考えている時間の方が長いので。Yeがまだカニエ・ウェストだったころのインタビューで「(なぜファッションにこだわるのかといえば)裸でいることが違法だからだ。でも音楽を聴かないことは違法じゃない」と言っていて、これは結構重要だなと思ったんですよね。服って最低限の社会的必然性を基盤としているけど、実際には必然性のない部分がそのほとんどを占めている。そのバランスがかなり業が深い感じがしていいんですよね。これがプロダクトとかになると必然性の割合が高すぎるし、アートだと低すぎる。

Ye:I don’t expect to be understood at all.

てーく:もう最近近所の海見るか、公園でブランコ漕ぐしかできないんですよね。今公園なんて夏休みの小学生が遊んでて、その中に混じって一緒にブランコ漕いでますからね。「死にて〜」とか言いながら。それはともかく平さんいつもありがとう。みなさんもいつもありがとう。海もありがとう。すべてに感謝。

ろっとん:僕はこの座談会の編集したり、コロナにかかったりしてたらいつの間にかテスト2日前になってやばいです。助けてください。

分散・増殖する anon press

樋口:夢から覚めて、まどろみながらさっきまで見ていた夢の感触を思い出そうとしているとき、現実よりも夢のほうが解像度が高いような気がし、何か悟ったような心地になるが、ベッドから降りて立ち上がり、生活を始めると、現実のほうがやはりはるかにクリアであることに気づき、奇妙な閉塞感に苛まれる、今朝はそんな朝だった。

てーく:鬱だと現実の方が感覚の乏しい夢みたいなんですよね。視覚のトーンも下がっている感じだし。身体的な感覚のインプットが乏しくなっている気がする。この前夜公園に行って素足で土踏んで歩いていたら土の温度や草露がひんやりして気持ちよくて、久々にビビッドな体験だったんですよね。それこそ悟ったような、啓示とか恩寵のような感じだった。そういうプリミティブな感覚を刺激するのがいいんでしょうね。樋口さんもそんな日は仕事終わって素足で帰るといいですよ。

平:色々と活動を拡張しつつ、anon pressの更新もサボらずにできてて、モチベーション保ててますよね。掲載作家も、どんどん新しい方が増えていくと同時に、常連の方も引き続き寄稿してくださっていてありがたいです。

永良:編集部の誰かが声をかけるまでもなく、以前寄稿してくださった方経由で別の方が……という流れも増えている気がしています。

樋口:もう、掲載作家も全員編集部になるといいんじゃないかな。それで編集部員が書いて自分で勝手に更新していく。「来週俺でいいすか?」みたいな。

青山:実際、寄稿者から編集部になってるパターンは多いんですよね。まず3人目の編集部の平さんがそうだし、永良さん、猿場さん、ホワイト健さんとかも。

ろっとん:分裂とかしたいですよね。子会社とかのれん分けとか。

樋口:面白い。のれん分けでもいいし、のれん分けっていうか、勝手にパクって名乗り始めてほしい。「anon press編集長の、惑星ソラリスのラストの、びしょびしょの実家でびしょびしょの父親と抱き合うびしょびしょの主人公です」とか急に言い始めて「どこ派生のanon press?」みたいなね。それで最終的にanon press編集部は、全世界30億人くらいになる。知らないYoutubeアカウントとかが乱立して、金銭目的の謎の切り抜き動画とかを量産しまくってほしいですね。そもそも俺らってさ、「“anon界”でQanonに勝ったらおもろくね?」っていう話から活動スタートさせてるわけじゃん? “anon”でググったら、anon pressが先に出てきて、Qanonとかめっちゃ下のほうになってて、あっちが俺らのパクリみたいになったらウケるっていう(笑)

青山:はい、anon pressって (Q) anon を press (=叩き潰す) って意味ですからね。もっと言うと、出版や印刷物をあらわすpressって、グーテンベルクがワイン用のブドウ圧搾機を改造して印刷機をつくったことに由来しているわけですよね。で、それは聖書を大量複製して信仰の在り方を変えた。つまりワイン=神の血によって刷られるものが印刷物なのだという考え方がある。だからanon pressというのは、匿名の血によって新たな何かを刷り出そう、ということなんです。神の流した血が全人類の罪を贖ったなら、匿名の血は神の罪を贖うのか、と。実際、anon pressっていう名称が決まるまでには結構紆余曲折があって、樋口さんと味仙で延々議論した挙句、名古屋駅前で取っ組み合いの喧嘩までしましたからね(笑)

永良:てか、QOTH(上記した新設ブランド)x anon pressって実質Qanonですね。あ。qanon.tokyoのドメインが121円で取れる。取ろうかな。

てーく:Youtubeチャンネルもいいかもですね。ポッドキャストとか。まあ俺がやりたいだけなんですけど。あと今フジロックの配信見てたんですけどキラーズ最高だね。みんなでバンドもやろう。いつかフジのステージに立ちたいんだよ。

樋口:やれよ! 今すぐに! ところでフジロックと言えば今年はシロップ16gが出てますね。もう2年前になるのか、シロップの新譜はめちゃよかったね。成熟しないまま成熟することの希望が拓かれているという感じがありました。そのあと出たアートスクールの新譜にも同じ印象を持ったけど。俺たちはもう、思春期から解放されていいらしい、みたいな。俺たちは、かつて幸せだった過去の記憶や、あるいはそうはあれなかった過去の幻や、未来の可能性や、未来の可能性のなさや、その中でも若くあり続けようとすること、何かを成し遂げようとすること、大人になれなさに苦悩すること等々の、青春期から中年期に移行する過程で、少しずつ頭をもたげはじめるあらゆるオブセッションから解放されていいらしい、大人になりきれないままいつのまにか中年になった自分を受け入れていいらしい、周りが変わり、自分は変われなくとも、それともその反対だったとしても、いずれにせよそれらしい未来はやってきてしまう、みたいなね。
みんな歳をとる。
I will not go. I will come.
俺たちにできることは、新しい自分になれるよう努めることじゃない。あるいは変わっていく自分や環境や時代に抗うことでもない。いずれにせよやってきてしまう自分を、淡々と迎え入れるということだけだ。

ろっとん:あの感じでシロップ16gが活動を続けてるのはかっこいいんですよね。でも実際このままのペースでいくと、どんどん編集部は増殖していきますね。anon recordsとかmaison anonとかanon galleryとか、やりたいことをやればやるほど、人が増えていく。シロップ16gの曲をanon recordsから出したいなぁ。シロップ16gは難しそうだから、昔五十嵐隆がソロでやってた時の名義で曲もらえないかなぁ。むずかしいかなぁ。そしてさらに勝手に新しいことをはじめて、新しい人が来て......。

樋口:やっぱり別ジャンルのことをやると、そこでチーム作らないといけないから、必然的に新しい人を連れてくるというイベントが起きますよね。新しい人は新しいことをまたやるし、しばらく続けてると飽きてきて、またなんか新しいことやるか、誰か連れてくるかってなってきて、そんな感じで、最終的には想像可能なもの全部やりたいですね。手始めには政府とか作りたい。anon government? anon politics? 目的を持たず、中心のない、無意味なことばかりやる謎の政府。何も牛耳らなさを牛耳っており、影で操らなさを影で操っている。ディープステートを超えたいですね。

てーく:宗教法人立ち上げたりね。それを母体に政党とかね。あと結婚相談所とか老人ホームとかもいい。今後の人生が不安な俺のサポートをしてほしい。結婚してえ。他力ですよ他力。

平:わかる。

てーく:ちょっと前に俺自身が出家するかと思って、曹洞宗の禅僧の方が書いた本読んでみたんですけどね、やっぱりね、出家するような人って元々自我が強いんだよね。業というかね。それで苦しんでるから。瀬戸内寂聴とかもすげえ欲が強いじゃないですか。いや俺ここまでじゃないなっていう。まあ一回永平寺とかでしばらく修行してみたいですけどね。あ、anon press読んでる僧侶の方とかいないんですかね? 連絡ください。何かやりましょう。人生相談とかさせてください。

樋口:僧侶の人生相談連載コーナーつくってくれや。


『anon press best of the best vol.1』制作秘話

平:physical editionこと『anon press best of the best vol.1』の話に入りましょう。このプロジェクトでは、anon press1年目(2022年6月〜2023年6月)に発表された50作品の中から、11作品を選出・印刷し、フィジカルなオブジェクトとして構成したわけですが、これってそもそもどういう経緯で始まったんでしたっけ?

青山:もともと電子だけじゃなくてフィジカルで何かつくりたい!っていうモチベーションはanon press立ち上げの頃からずっとあったんですよね。でも、anon pressみたいな資本のないメディアでそれをやることを考えた場合、中途半端に外注して小綺麗なものをつくっても意味ないなと思ってて。海外の雑なペーパーバックとか、ショボいブートレグみたいなものを念頭に、自分たちの手でつくる方がしっくりくるんじゃないか、と話してました。とはいえ最低限の設備もないし、具体的なコンセプトも固まらなかったりで、ずっと宙吊りになってたんです。で、それとは別に「anon pressの傑作選をやってほしい」みたいな声をいただくことがあって、ここ1年くらいで編集部でもその機運が高まっていました。それぞれが一推しの作品を挙げたり、Xで読者投票をしたりとか。でも最初はKindleで出すことをイメージしてたんですけど。

樋口:そんな時に、いぬのせなか座の山本くんから僕が声をかけられて、それが大きな転機になりましたね。「下北沢で〈NOISY ZINE & BOOK Culture〉っていう、インディーズの出版系の人たちを集めたイベントがあるんですけど、いぬのせなか座のブースに空きスペースがあるんで、そこに樋口さんも出店しませんか」みたいな感じで連絡が来て、その時は、俺個人としては特に売るものもないし、別にやる気もないし、どうかなと思ってたんですが、青山さんに相談したら「これに間に合わせてanon pressとしてフィジカルで何かつくればいいんじゃないですか」と言われて、確かにそうだな、となったんです。俺は「偶然性を楽しむ」というのをanon pressのアイデンティティの1つだと思っているんで、これも何かの思し召しだろうと。それで一気にフィジカルの話が進展しましたね。

ろっとん:樋口さんのところにイベントの話が来たのが開催1週間前とかだったんですが、そこからのスピード感はすごかったです。

青山:本当に一気に進めましたね。フィジカルで傑作選を出すことを決めてからは、作品のラインナップを確定させ、それぞれの著者に再録の許諾を取って、構成、校正、組版、デザイン、装丁、印刷、製本という感じで、ほぼ全部1人でやってました。

樋口:とりあえず「かっこよくないとマジでやる意味ねえよな」ということだけが共通認識としてあったんだけど、いつもどおりテキトーなことをみんなでダラダラしゃべってて、そのなかで永良さんが「以前こういうのつくったことあります」とボルトで留める本のイメージを共有してくれて、あっ、これめっちゃいいねとなったんですよね。ボルト留めの黒くてインダストリアルな雰囲気でフルハンドメイド、みたいな方向性が決まった感じです。

永良:そうそう。ぼくは元気がなかったので、ボルトくらいのゆるいアイデアくらいしか出せなかったですが、蓋を開けてみればというか……蓋が石版になっていた。

青山:古書とかアートブックとか調べてると異様な造本っていっぱい出てくるわけですよね。本棚に収まることを拒否しているような。それらは第一にはアーティストの表現としてそうなっているわけですけど、それ以上に、大規模な出版社や企業には原理的に真似できないことだと思っていて。もちろん彼らも採算を度外視すれば形式上は同じもの、あるいはもっと高い精度のものをつくれるわけですが、それはあくまでも普通の本をつくれるのに無理矢理凝ったものをつくっている、ということにしかならない。
でも僕らみたいな個人〜数人の規模のチームにとっては、本をつくることも石板をつくることも労力やコスト的にほとんど差がなくて、等価な選択肢なんですよね。
だから本という体裁でキメラなオブジェクトをつくる、ということを、ある種のピュアな判断として実行できる。そういう意味でanon pressらしさは出たのかな、と思っています。
ボルト留めの本というと、古くはイタリア未来派のフォルトゥナート・デペーロがつくった『Depero Futurista』とかが有名で、anon pressのアティチュード的にもいいんじゃないかなと思ってました。あと身も蓋も無い話としては、今回1週間という時間があまりにタイトだったので、途中でミスとか変更があって差し替えが発生しても大丈夫そうだ、というのも理由です。もうちょっとコンセプト的な部分では、この傑作選はあくまでも編集部の独断と偏見によるセレクトだというのを強調しておきたかったというのがありますね。僕らが考える完成形はこれだけどあとは好きにしてね、という。買った人がそれぞれ並び替えたり、いらないところを抜いたり、自分の好きな作品を印刷して追加したり、全然違う本からページをちぎって挟んだり、そういうカスタマイズをしやすいフォーマットにしている。だから目次もないしノンブルもつけてない。

永良:それは奇しくも以前ぼくがボルト綴じの本をつくったときも狙っていたところでした。かつてフランスにシチュアシオニスト・インターナショナルという前衛芸術集団がいて、そいつらが『アンテルナシオナル・シチュアシオニスト』という機関誌を出していたんです。その裏表紙に書かれていたのが、「『アンテルナシオナル・シチュアシオニスト』に発表された全てのテクストは、 出典を明記しなくても、自由に転載、翻訳、翻案することができる」という一文。これを読んで、「じゃあ自分で新しく書いたテキストを足したりしてもいいじゃん!」と思って。だから、手に取っていただいた方には今後「育てて」いって欲しいですね。

樋口:青山さんが1人で制作してたので、その辺の話は実は僕らもあんまり知らないんですよね。色々面白いエピソードもあるみたいなんで、この機会に聞きたいです。

平:まずトップバッターである一階堂洋さんの「科学予算をすべて防衛費にしろ 内戦を起こして技術検証をしろ」からレイアウトが凝ってますけど、これはどういう経緯でできたんですか?

anon press best of the best vol.1(以下、best):これはハイパーリンクが入りまくってたり、ウェブのフォーマットに最適化されてる作品なので、普通に末尾にURLだけまとめるとnoteで読んでた時の猥雑な感じがなくなっちゃうなと。それで、ウィンドウ開きすぎちゃったPCの画面とかのイメージで、注釈が常に本文を邪魔している感じのレイアウトを考えました。QRコードとURLとタイトルが吹き出しみたいに展開してるんですけど、いざ作り始めると結構大変で。

平:レイアウトで言うと、樋口さんと青山さんと会って実物を見せてもらったときは、桜井夕也さんの「MY FUCKIN’ VALENTINE」が目を引きました。

樋口:国際センターの味仙でね。あさりラーメンがうまいんだよね。子袋も店舗によってけっこう味つけも違うから、ハシゴとかしちゃう感じもあるんですよね。

ろっとん:僕が樋口さんに会った時は、名古屋駅の味仙に行きましたね。また行きたいなぁ。子袋が美味いんですよ。

永良:ぼくは家系が好きだなあ。

best:これはnoteの時点で、青山がremixというテイで色々手を加えてたんですが、noteだとどうしてもスクロールに準じた単線的なレイアウトになっちゃうので、せっかくフィジカルにするならもうちょっと奥行きのある感じにしたいなというのがありました。
具体的に言うと、全ページ観音開きになってて、テキストとグラフィックがグルグルと入れ替わり立ち替わり現れてくる構成にしています。だからここだけ独自のInDesignのレイアウトになってたりして、結構存在感が出てますね。あと普通あんまりやらないところだと、テキストとグラフィックで印刷が使い分けられてて、フルカラーのグラフィックはインクジェット、モノクロのテキストはレーザー、みたいに一枚の紙の裏表でも色々組み合わさってますね。

樋口:なるほどね。なんかスガキヤ食いたくなってきたな(笑)

スガキヤ:いらっしゃいませ! スガキヤへようこそ!

平:ルビも大変だったんでしたっけ。

best:なんか青山がInDesignを使えてないんだと思うんですが、2024年版だとルビ付きのWord文書をそのまま流し込めなくて。スクリプト組めばできるのかもしれないんですけど、まあでも結局ルビにも割付とかあるし......みたいな感じで結局「極道會襲名式ヤクザバース・トランザクション」と「東京滑蹴祝祭トーキョージャムセッション」は、ルビを全部振り直してましたね。Word文書を1回全部印刷して、それを青山のパートナーが横で読み上げて、青山が打ち込んでいくっていう超アナログな(笑)
もちろんクオリティに納得できたからこうして出てるわけですけど、やりたいことはまだまだありますね。レイアウトとか紙の選択とか。あとはいろいろ抱き合わせで売られたりもしたい。anon recordsのカセットやmaison anonのTシャツ、香水、謎のオブジェ、存在しない土地の権利書、西暦8000年の空気、とか。やっぱりおまけっていうかたちを取ると、元の商品とは全く関係ないものを押し付けられるからすごいですよね。親戚の家とかに飾られている意味不明な食玩とかを見ると「ああこれマンボウだな」って思いますよね。卵が撒かれて、そのうちのごく一部が生き残る。

平:表紙と裏表紙はanon pressのキービジュアルですか?

best:はい、noteのヘッダーとかでずっと使ってるやつが元ですね。そこからパス抽出とか色々してあんな感じになってます。でも、青山が表紙に選んだ紙はインクの食いつきが悪くて、擦れるうちにどんどんインクが落ちちゃったんです。それで結局、意図的に個体差をつけることで、壊れていった時に面白くなるように舵を切りました。パスの太さやトリミングを変えたデータをいくつもつくって、印刷方式もインクジェットとレーザーを混合させる。そうするとくっきり印刷されてるやつ、かすれてるやつ、インクが落ちやすいやつ、落ちにくいやつ、と色々特性が生まれる。で、それらの表紙をガーゼで優しく擦ってわざとインクを落とし、使用感を出す加工をしてから、フィキサチーフで固定する。そうやってどこまでが意図的で、どこまでが意図してない乱れなのかがわかりにくいようにしてます。どれもちょっとずつ劣化の方向性が異なるので、読んでどんどん擦り切れていくに従って、結構表情が変わるんじゃないかなと。

平:恐ろしい。留めている金具も、買ってきて手作業で締めてるんでしたっけ?

best:そうですね。青山が結構いろんなところを回って探して「これだ」と決めたんですけど、その金具は東急ハンズの渋谷店しか仕入れてないことがのちに発覚して。急いで在庫を買い占めて、なんとか数十部はつくれるようになったみたいです。ボルトを通す穴も青山が頑張って開けてるみたいですね。ページ数が330くらいなんで紙にすると160枚以上あって、そこに金具の穴の位置と合わせて1個ずつゴリゴリと。

1穴パンチ:ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ

best:地味にナットも緩み止めのナイロンとかがついてないので、放っておくと徐々に取れてくるんですよね。まあ付けてもよかったんですが、ここはシンプルに素っ気ない感じでいこうということで。定期的にお世話が必要なほうが、愛着も湧くしね。

平:これが通常版で、さらに特装版があるんですよね。

best:はい、特装版では11作品に追加の書き下ろしが入って、それを石膏で固めてます。

平:ハンマーで叩き割ってる動画を見ました(笑)

ハンマー:ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン

best:killieが出したアルバム『悔い改め懐古せよ』の会場限定盤とかは音源をセメントに封入してたり、浮舌大輔の作品集には「永久に回転するカセットテープ」が埋まった石板がついてきたり、とまあ先例がないわけではないんですが、不可逆的な体験ってやはりいいですよね。

ハンマー:ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン

best:WERKっていうシンガポールのインディペンデントマガジンにブルータリズム特集の号があるんですけど、これは全ページ意味のない黒いシミが印刷されている上に、打ちっぱなしコンクリートのPコン穴をイメージしてグリッド状の穴が空けられ、しかも両側が背で綴じられているから壊さないと開けないという仕様で。青山もこれ買ってましたよね?

青山ハンマー:ガンガンガンガンはい。ガンガンこれ買ってガンガン開けようとしたらガン間違って本物の背の方をガンガンガン切っちゃってページがガンガンバラバラガンガンになりかけました。だからガンガンガンガンみなさんもハンマーでガンガンガンガン叩きまくって中身ごとガンガン粉々にしてみてガンガンくださガンガンガンガンいガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン

平:手の込んだ品となってるので、ぜひ多くの人に手に取ってもらいたいなと思うんすけど。お金で買う以外に、作品との交換も可能でしたよね。

青山:「anon pressに載せたい!」と思える作品を寄稿して下さった方には、作品と交換でお渡しすることが可能です。今のところ、岡田麻沙さんや伊藤なむあひさんが交換例ですね。もっとドシドシ送っていただければうれしいです。テキスト以外でも、anon recordsに音楽を送ってくださってもいいですし、それ以外にも各々が「これには価値がある」と信じるものがあればぜひ相談して欲しいです。株式とか、信じられないほど綺麗な景色が見られる場所とか、世界の真実とか。

永良:じゃあぼくはマイクロプラスチックが第七の大陸になってNPOを母体とした国家が生まれ、それをクジラが動かしている、というマンガを描いて交換してもらおう。……いや、ふつうに買いますが。

青山:編集部のみなさんにも配りたい気持ちはありますが、それをするとマジで破滅する。

ろっとん:編集部が1000人ぐらいになり、見本だけで青山さんが破滅する。

平:エグい。目の前で見せられてるから、くださいって気軽に言えないという。

青山:だからもう、これならプロパーで買っても仕方がないと皆に諦めさせるだけの圧倒的なものをつくるしか残されていないわけです。

平:改めてラインナップを振り返るとこんな感じですね。小説がメインで座談会や漫画、それと桜井さんの「MY FUCKIN’ VALENTINE」がビジュアル的に力の入った作品っていう感じかと。読者の方からも投票いただいたものも参考にしつつ、選び抜かれています。青島もうじきさんや長谷川京さん、惑星ソラリスのラストの、びしょびしょの実家でびしょびしょの父親と抱き合うびしょびしょの主人公さん、平大典さんなどは、anon pressから短編集も出ています。

・一階堂洋「科学予算をすべて防衛費にしろ 内戦を起こして技術検証をしろ」
・青島もうじき「サロゲート」
・桜井夕也「『MY FUCKIN’ VALENTINE』(shin_aoyama REMIX edition.)」
・長谷川京「極道會襲名式」
・平大典「東京滑蹴祝祭」
・永良新「R.A.W. 戦走機械」
・惑星ソラリスのラストの、びしょびしょの実家でびしょびしょの父親と抱き合うびしょびしょの主人公「ママ活」
・伊藤なむあひ「偏在する鳥たちは遍在する」
・ユキミ・オガワ/大滝瓶太・訳「ニニ」
・長谷川愛/江永泉/青山新「座談会『未来の友達』」
・ヨアヒム・ヘインダーマンズ/紅坂紫・訳「コンと窪地の衛兵」

青山:思った以上にいろんなジャンルがちゃんとミックスされてて、noteの猥雑な雰囲気を凝縮できているんじゃないでしょうか。

anon press best of the best vol.2(以下、best2):早速ですけど、2周年を迎えたので、vol.2もつくりたいですね。

樋口:vol.2、どうしましょうね。デカさとか。

平:さっきの話だと、フォーマット一緒でつくってvol.1に継ぎ足していく感じも面白そうですね。

永良:パーツというか、記事ごとに売るとかもできそうですよね。

樋口:デカくしたいですね。ドアぐらいデカいと面白くないですか。

青山:穴の位置だけ揃えておけば、大きさや素材が違っても継ぎ足しできます。

永良:B0くらい? 印刷できますね。

ろっとん:ドアにしますか。読める椅子とか。

青山:ワルター・ピッヒラーがハンス・ホラインと一緒に1967年につくった《TV Helmet: Portable Living Room》という作品があって。要はモニターを搭載したヘルメットを被ることで、どこでも映像を通じて体験をデザインできるんだからこれも建築ですよね、というHMDの原初みたいなやつなんですけど。でもこれ造形的にめちゃくちゃかっこよくて、どう考えてもApple Vision Proとかよりこっちの方がいいわけですよ。そういうものをつくりたいですね。明らかにいま・ここの必然性からは離れているんだけど、いざその独自の価値体系のなかで見てみると文句なくベストである、みたいな。そういうオーパーツ的なものを。

best2:ラインナップはどうしましょう。2年目の掲載作品だと、吉田棒一さんの「俺太郎」なんかどうですか?

樋口:壁一面の感じで「俺太郎」を読むのは面白いかもしんないっすね。俺んちの、俺太郎。俺太郎と言えば、今年のanon pressには佐川恭一さんの作品もありましたね。佐川恭一、御年40歳。なんか家の事情で引退説が出てるらしいです。引退したら、名義変更してうちでこっそり連載作家になってもらいましょう。ところで「ことばと」の7号に掲載されていた佐川さんの作品は本当にすばらしかったな。というのも――

【以下、5時間ほど佐川恭一談義】


フィジカルの思想

樋口:佐川恭一を語ると無限になってしまうので、ここらで「なぜフィジカルをやるのか」みたいな、思想的な話をしますか。

青山:単純にフィジカルは変数が多くなる気がして好きですね。やっぱりデジタルって、作品があたかも純粋なテキストであるかのように振る舞ってくるじゃないですか。私が主人公です、みたいな。そんなわけないんだけど。でもフィジカルになると、急に紙とかインクとかいろんなキャラクターがワッと出てきてごちゃごちゃになってくる。テキストが紙とか石とか鉄とか空気とか水とか、そういう物質や現象と等価なものとして扱われて、世界に滲んでいく感じがいいなと思ってます。テキストの純粋性がなくなることで、むしろ広がりが出てくるというか。そういうところに面白さというか、風景の鮮やかさみたいなものがあってほしいなという気持ちが個人的には根底にありますね。
もう少し広く、インディペンデントでつくるという点について話すと、僕がanon pressをやる中でなんとなく意識していることとして「どこに見放されたとしても、自分と、自分と繋がってる人の作品をパブリッシュできる状態をつくっておきたい」みたいなのがあって。やっぱり出版社を出口として捉えると急に身動き取れなくなる感じがありますし、それはSFというジャンルで見ると特にですよね。あとは、樋口さんがSFマガジンの絶版本企画の件で炎上して一時期干されるみたいなのもありましたし。だから出版がどうなったとしても、作品をつくれる、本もつくれる、もしかしたらそれ以上のこともできる、みたいな体制を整えたいなっていうのは、ずっと考えてた。というか仮にもSFを書いている人間なら誰しも、人類最後の出版物とか、人類が終わった後の本とかについて考えたことがあるんじゃないですかね。別にanon pressがそうなって欲しいというわけじゃないですが、少なくとも僕は、そういった尺度で考えていくための仕組みとしてanon pressを使えたらな、と思ってますね。

樋口:いい話ですね。自分の持ち場は自分でつくらないといけないよと。つまりイアン・マッケイだな。イアン・マッケイはDIYのスピリット的なところもそうだし、インディペンデントでの流通まわりとか、割と事務的な部分にも参考になるところが多くて、あらゆる面で我々というか少なくとも俺の活動のバックボーンになってるところはありますね。単純に「新しいアイディア、新しいアプローチというものは2000人の前では起こらない。そういうのは20人とか25人くらいが目撃するものなんだ」みたいな言葉には勇気をもらえるしね。

ウィチタのジェントルメンズクラブ

ろっとん:そういえば俺も樋口さんが炎上してから、樋口さんに近づいていったんですよね。やっぱりanon pressはイアン・マッケイのやってることにかなり影響を受けてますよね。あとKOHHの影響もある気がしています。青山さんとKOHHの地元が同じこともあると思いますが、「カッケー奴らはカッケー奴らとカッケーことしてダッセーモノでもカッケーモノに見せる」という精神が青山さんにもありますよね。実際出版とかもうダサいみたいな空気はあって、それでもカッケーモノ作ってるじゃないですか。かっけぇことをインディペンデントにやるというのがanon pressの思想でしょう。

平:バットホールサーファーズに影響を受けていると思ってた。ダニエル・ジョンストンとか。

樋口:ダニエル・ジョンストンほど純粋にも強くもなれない感じもあるけど(笑)バットホールサーファーズはあんまり意識したことないけど、確かに近いかもしれませんね。意外と普通に常識人なのに、純粋にオモシロを求めていったらああなってるみたいなバックグラウンドとか、言われてみると共感しますね。
そう言えばこのあいだ東大で講義したときにダニエル・ジョンストンのTシャツ着てたら、講義終わったあとにオースティン出身の学生さんが話しかけてくれて、「ダニエル・ジョンストンは地元の人なんです! 日本で知ってる人に会えると思ってなかった!」って喜んでて、なんかよかったですね。ダニエル・ジョンストン、カート・コバーンが猛プッシュした影響で、日本でもけっこう有名で、たぶんみんな好きですよって伝えておきました。たぶんギリ嘘じゃないよね?

青山:勝手にやるっていう道は常にあるよね、みたいな。「ウェブで誰でも作品出せるし、そっちの方がみんな読まれるよ」みたいなのはあまり関係がなくて、そういう合理的な選択の結果としてできることが限定されていくのこそ悲しいじゃないですか。別にインターネットも居心地がいいわけではなくて、すぐに何らかの政治的な図式に回収されたり、 回路として固定してしまうところがあったりしますしね。お笑いとかHIPHOPみたいな群雄割拠状態のフィールドなら、そういうクレバーなやり方もある程度理解できるとは思いますけど。でも出版とかSFみたいなレガシー的なフィールドで、腕組んで軍師みたいな顔しててもマジで無意味ですよね。読む人は読むし、読まない人は読まないというのがもはや明白なら、できることは2つ。これまで読まなかった人が読むものをつくるか、そもそも読まなくても存在感のあるものをつくるか。

永良:まさに地下出版……zineに繋がる考え方ですね。

樋口:誰にどう届くかわからないみたいなものをいかにたくさん作るか。散種、投瓶、郵便、なんでもいいけど、ファーストコンタクトにロマンを託し続ける人生というのは、そう悪くない感じがします。まあ、まだフィジカルが正解なのかどうかっていうのはわかんないですけど。
でも、フィジカルはコミュニケーションの方法としても独特な場を生むなという感覚はありますね。単なる情報とか記号、インとアウトではない感じ。単純に生産者と消費者っていう関係にならない感じ。物をつくると、そこに物理的に場が生成されて、何かのアルゴリズムめいたものを駆動させる感じがある。物質を通して固有の場が生まれるという性質は、 明らかにインターネットとは異質なものですね。
さっきドアの話とかしてたけど、けっこうまじめに、本が本の形でとどまってる必要もないよねっていうのはありますよね。
形式とか機能とかによって、販路であったりとか、届き方とか、意味も変わる。届くときに同時に付与されてくる意味が変われば、届いたあとに過ごす時間の中で生まれてくる意味も変わってくる。「家具」という形式で「本」という内容が機能するとき、何が起こってくるのかは誰にもわからない。

永良:本って情報の集積である前にマッスという意味で石板に限りなく近い人工物なんですよね。というか、古代の文書は楔形文字で残っているわけですし。

てーく:フェティッシュというのとまた違う、情報量の話だよね。フィジカルになると単純に情報量上がるから、配ったり、撫でたり、抱いたり、壊したり、愛したりできる。そういうの馬鹿にできないと思うんですよ。それと純粋なテクストデータとは違う機能の媒体、メディアとしての効果を発揮する。たしか絓秀実がネットでアジってないで、実際にアジビラ撒いて、空間を占拠しろって言ってたんだけど、やっぱりその物が占めてる空間って別の重力を持ち始める。そういえば荒川修作はトイレットペーパーで本作ってましたね。これなんかさっき樋口さんが言ったことと近いバイブスを感じる。

best:青山がサンプルを持ち歩いて、いろんな人に見せたりしてたんですけど、まさに「空間を占拠されてる感じがする」「こうでなければならなかったという謎の説得力を感じる」という感想はよく言われましたね。

樋口:インディペンデントの活動として、何を説得力の根拠にするのかみたいなところはありますね。インターネットでテキスト流すっていうのはすごい簡単で楽なんだけど、そういう風にコスト低く流通させると、その存在を成立させている根拠も薄れるなみたいな感覚は2年ぐらいやっててある。言葉を選ばずに言えば、このままずっとテキストだけインターネットに発信し続けても、何も変わる感じはしないなという実感はありますよね。強さ、現前性、誰が何と言おうと、そこに根を張った存在として存在があるということ。
美術館とか映画館とかは良い例かもしれませんね。映像とかはいまどき配信が主流になってるから、ぶっちゃけ映画館とかなくても映画というコンテンツ自体は生き延びると思うし、映画という文化が別に場所を根拠にする必要はないんだけど、 とは言えやっぱりなんか、映画館でしかできない体験とかってあるわけですよね。灯りが消えて、みんな黙って、微妙な期待と緊張とが入り混じった空気がなんかそこにあって、みんなで同時に最初の映像を目撃する。
空間を根拠にされた瞬間に、すべての感覚がそこに閉じるわけじゃないですか。それはまあ、暴力的でもあるんだけど、あらがいがたい魅力はあるなと。
僕らの場合は本を売るわけだから、そこに付随するメタ情報としては部数っていう話になるんですけど、謎の物体としての本が現前して、あっこれやべえやつだと直観した瞬間に、何部売れてるとか、どれだけ流通してるかとか、そういうの全部関係なくなるわけですよ。anon pressのphysical editionというわけわかんない物体を渡せた瞬間に、わけわかんない臨場感が生まれるみたいな。
空間として現前化した際に、物理的なものっていうのは、コミュニケーションを良くも悪くも閉鎖的なものにして説得力を持たせるっていう効果がある。だから、持たざるものとしてのインディペンデントと物理媒体っていうのは、すごく活動の親和性が高いなってのは思います。本気を出せば、本気が伝わる。

永良:物性とか、強度みたいなことを考えていくと青山さんの決断には非常に納得ができる。

青山:活動の根拠がそこに突然発生するみたいなのは、物質ならではだなと思いますね。「存在してしまったからには仕方ない」という感じは確かにあって、そこから逆算的に根拠が生じていく。これは人間についてもそうですが。noteってテキストをエクスポートできないからいざサービスが終了するとなったら全部一緒に消えていってしまう、みたいなことがよく言われるじゃないですか。でも印刷されたものは回収したり燃やしたり破いたりしなきゃいけない。それだって、そもそも本になっているからこそ燃やしたり破いたりできるわけだし、本を破くのって相当パワーいりますからね。その時点ですでに、全てが印刷された物質の支配下にある。老朽化したビルとか高速道路をどうするかっていうのも近い話で、人間はそれらの建造物を必要性に駆られてつくり、危険性を根拠に壊そうとするわけですが、そういう合理性とは全然違うタイムスケールと強度で物質は存在している。だから時として合理性の方が負けて、放棄された廃墟とかが誕生する。だからそういった建築物たちには曰く言い難い存在の迫力が滲んでいるわけですよね。

樋口:うん。だから建築とかやりたいですね。これからの本は建築。

永良:アートブック界隈の話で言うと、NADiffとかに通われている方はご存じかと思いますが、例えばedition.nordの秋山伸さんやその弟子筋にあたるneucitoraの刈谷悠三さんは、元々建築を学ばれてからグラフィック/エディトリアルデザインに転向された方々ですよね。レム・コールハースの『S, M, L, XL』の装丁を手がけた世界的ブックデザイナーのブルース・マウもそう。建築から本に来ている。だったら本から建築も行けるでしょう。anon architecture。

ろっとん:ビル買いたいなみたいな。

永良:anon buildings。anon hills。anon族。

ろっとん:フィジカルを追求していった結果、モノリス建築を建てる、となってほしい。

青山:もともと僕は建築学科の出身なので、建築はいずれやりたいなと思ってますね。anon pressのチームとか活動を考える時に常にイメージしてたのが、リカルド・ボフィルがつくっていたクリエール・タイエ・デ・アルキテクトゥーラという建築集団のことで、ここには建築家以外に哲学者や作家、数学者、社会学者とかが所属していたんですよね。ボフィルはいわゆるポストモダニズムの建築家で、いろんな様式が奇妙なスケール感で組み合わされた、舞台美術スレスレみたいなバランス感覚の建築をつくってたんですが、そういう現実とフィクションのあいだの存在感を模索するには確かにこのチームが必要だったんだろうなという説得力があります。だからanon pressはその逆で、作家が建築家とかデザイナーとかと一緒にチームをつくってアプローチしたい。編集的なデザインという視点において近年もっとも存在感があった人といえばヴァージル・アブローだと思いますが、彼も建築畑の人でしたよね。YeもYEEZY Homeって名称で建築プロジェクトをやってましたし、そういう方向性で全部やる、世界を編集する、っていうのはいいですよね。

Ye:DONDA

ろっとん:Yeは炎上して干されても今年の「vultures」で復活してるし、参考になるところはありそうです。自分の服を3000円で売ったり、スーパーボウルに個人で広告を出したりしてる。俺も買っちゃいましたからね、YEEZY。

樋口:編集って意味だと本と同じだよねみたいな感じで、建物の中の体験を編集して、これが本ですと言い張る。

青山:展示のキュレーターとかがそうですよね。ある観点にもとづいて鑑賞体験を編集するという。あと、建築のかたちを借りてアーティストの美学とか世界観を体験として統合し、それを美術館とか言い張って出すっていうのはありますよね。豊島美術館とか、杉本博司の江之浦測候所とか。これらは建築としてのいわゆる機能とか施設としてのプログラムみたいなものはほぼ存在してなくて、ただただ純粋に世界観だけを現前させている。あれぐらいのものができるといい。あと岡本太郎が提唱してた「おばけ東京」っていうプロジェクトがあって、これは千葉の海沿いに行政とか立法機関まで備えたもうひとつの東京をつくり、本物の東京とバトルさせるっていうやつです。

樋口:荒川修作とかも死なないための村作るぞ、みたいなのやってますね。

荒川修作:富士山、すごいですねえ、完璧ですねえ——あんなの100でも200でもつくれるんだ。つくろうと思えば。もっと高くて一年中雪が溜まるのを東京のど真ん中にできるんだ。誰もやらない。あんなに富士山が好きならどうしてつくらないんだろう。杉並区は富士山にしちゃってもいいんだよな。それでまたそこに街つくればいい。それで、杉並区にある富士山は1000m高いんだ。いわゆるオリジナルのあれよりも。最初の古いやつよりも。

青山:村を作る系も常にありますよね。ブラック・マウンテン・カレッジとか、武者小路実篤の新しき村とか。

永良:村、つくりたいですね。マジでどうでもいいんですけど、永良って現兵庫県南西部である播磨国神崎郡永良村がルーツである、村上天皇の皇子具平親王の子師房にはじまる源氏赤松氏族らしいんですよ。だから個人的にも村、再建したいんですよね。anon village。

てーく:anon村ね。野菜作ってもいい。

青山:冒頭でちょっと出ていたanon galleryについてこの辺で話しておきますか。簡単に言うと、都内に自由にできるスペースがあるので、手を加えてanon pressのためのリアルスペースをつくりたいね、という感じです。屋内スペースとあとガレージもあるので、結構いろいろできるんじゃないかなと。今回フィジカルつくってみて、やはり家庭用プリンターだと限界を感じるので、リソグラフとか業務用のプリンターとかを入れて印刷工場にしつつ、ガレージで展示とかしたいですね。インスタレーションとかパフォーマンス系の人も呼べるだろうし、タトゥーの施術とかしてもいい。それでその展示のアートブックをつくって出すとかね。レイヴパーティーみたいなのもいいですね。住宅街だから難しいかもしれないけど、ただのパーティーくらいならできるだろうし。そういえば、さっき名前を出したリカルド・ボフィルのオフィス兼自宅は、古いセメント工場の廃墟を改修してつくっててすごいかっこいいんですよね。規模は全然違うけどそういう感じにしたいな。

平:beyo~nd , beyo~nd , imagination.

樋口:地方の過疎地とかで、廃村に近い地域が今後も増えるじゃないですか。そういうところに、謎の怪文書とかを書いた石碑とかを立てまくっていくと、後から来た人が、その廃村の歴史の中に本当にあった石碑なのかフィクションの石碑なのかわかんねえみたいな。

ろっとん:偽史なのか正史なのかよくわかんない。歴史の脱構築ですね。「この道しかない」という感じになると窮屈になるので、オルタナティブな歴史への回路は常に開いておきたいですね。

青山:よいこのanon press award 2023の審査員をしてくださった青木竜太さんが関わった展示で「生態系へのジャックイン展」というのがあるんですが、これに破滅派の高橋文樹さんとかがやってるDead Channel JPが《幕張市史 - Makuhari City Authentic History -》って作品を出展してて。これは幕張にまつわるSF小説を高橋さんたちが書いて、それをレジンに封入して埋めるっていうやつなんですけど、つまり遠い未来にこれが発見されることで、フィクションによって幕張の歴史をハックできるかもしれないという。

樋口:おもろいっすね。フェイクとフィクションという線引きは必要なのと、政治的なイデオロギーに利用しないっていう態度は重要だと思いますけどね。
ラリッサ・サンスールの作品だったと思いますが、イスラエルが爆撃機でパレスチナの自治区に高級食器をばら撒いていくみたいなことを描いていて、何百年もすると土壌深くに埋まった高級食器が発掘される、すると、未来の歴史ではパレスチナ人って実は裕福な暮らししてたんじゃんって認識が広がる。何百年・何千年というスケールでの情報戦の戦略の一つに、偽史のための根拠づくりとしての高級食器爆撃というのが位置づけられるわけです。

ろっとん:今はどうにもなんなくても、未来だけは改変していく強い意思がある。未来だけは変えられるんや。

樋口:いや、というか、ここで重要なのは民族集団とか歴史ってものは、文化的なものでもあるけど同時に容易に政治に収奪されうるということです。文化を文化としてとどめおくためには集団ではなく個人であり続ける必要がある。あくまで私的で固有で瞬間的な、その場限りの体験のための営みである必要があるというか。
やっぱなんかさ、民族じゃなくてもいいけど、対立しあってる集団同士の戦いみたいなことになってくると、なんか個人の個体性みたいなものが消えて、悲しい感じになるじゃん。家族とか恋人とかも引き裂かれちゃって、集団の論理に従いましょうみたいな。文化は情報で、あいまいでふわふわしたものだから、一見すると弱そうに見えるけど、集団の対立に動員された瞬間に急に強くなるみたいなところがある。

青山:物質性の持つ迫力とか、 場を支配することみたいなのを積極的に使っていきたいと思いつつも、ある種の権威とかにならないようにしたい。

樋口:味仙の台湾ラーメンは、絶対台湾にないものだってみんなわかってるから、面白くてうまいんだというね。

永良:家系にも家はない。

Ye:YEEZY Home

てーく:味仙、名古屋行った時スルーしちゃったな。当時蕎麦にハマってて名古屋でもわざわざ蕎麦食べに行ったんだよな。味仙に行くべきだよな普通に。

ろっとん:家系には家があるように思えますけどね。直系という親に認められた子供たちがいて、私生児として野良の家系ラーメンがある……。

永良:そうかも。それはともかく、権威という意味ではハキム・ベイの『T.A.Z.』を見習いたいですね。「夜通しコンピュータが銀行業務を進めるロビーで、奇怪な身振りで踊ること」。「無許可での花火の打ち上げ」。「誰かを誘拐し、そして彼らを幸せにしてやりたまえ」。

青山:ギグ性みたいなものが、anon pressには常にあると思いますね。

樋口:その瞬間だけ、めちゃくちゃ迫力あったよねみたいな、瞬間の連続体として、変なやつらの変な動きあったよねみたいな、そういう存在になりたいですよね。

青山:津久井五月さんの「​​牛たちが我らに続く」というエッセイがあって。これは実現しなかった同名の長編小説についての話なんですが、そこでは牛の胃の中の微生物とマイクロマシンを使った記憶システム的なものが出てくると。この背景には、人間と家畜を合わせると現代の哺乳類の96%くらいを占めているという事実があって、つまり数十万年後とかに今の時代の文明の痕跡が発掘されると、人間と愛玩動物と家畜の骨しか見つからないみたいな状況になる。だとすると、家畜の骨とか、そこから採取されるDNAとかの情報っていうのが、今の人間が1番遠い未来に残す遺跡なんだ、っていう発想から始まった作品だと語られるわけです。

樋口:面白いっすね、遺伝子とか、動物とかも含めた家族のあり方を模索するのも、創造や表現や文化活動になりうるね、みたいな。それは現在の政治状況に対する対抗文化として面白いと思う。
たとえば現実的にも、動物を飼う、子供を持つとかって、現代日本においては、かなりリアルな政治的/倫理的な態度表明につながるじゃないですか。
子供を作らない、子供を1人しか作らない、子供2人、3人作りますって、それって長期的には人類を存続させるのか絶滅させるのかっていう、それぞれの政治的な意志決定じゃないですか。ただ、それは文化的活動にはまだなってなくて、 それがどうやって文化的活動になれるかみたいなことを結構いろんな人が議論してたりすると思うんですけど。

てーく:子供で言うと、世界的にもイーロン・マスクとか、シリコンバレーの連中が支持する出生奨励主義とか出てきてますよね。一方で反出生主義もカジュアルな形で人口に膾炙している状況がある。あと長期主義とか、功利的利他主義とかね。今後はこの辺のトピックもカルチャー的に浮上してくるのはありそう。

樋口:別の生のための本を考える。たとえば、キノコとかおもしろいですよね。anon pressの本が100年ぐらい経つと、時限爆弾のように胞子とかが飛び出す。

ろっとん:インターネットのテキストだと100年は残りそうにないけど、今回の紙の本は、 持ってる人によりますけど、100年ぐらい残る。残るのは残るっていう。

平:どれが残るって言われると、セメントも空気の含有率や水分とかで荒れちゃったり割れちゃったりするんで。石ってやっぱ強い気がするけど、 石もやっぱり削れちゃうから、生態系。

青山:庭つくりたいですね。作庭。椹木野衣がデレク・ジャーマンとJ・G・バラードを結びつけて語ってるんですけど。晩年、原発の横に住んでいたジャーマンは、砂浜に打ち上げられた残骸を拾って奇妙な庭をつくっていたと。これをバラードが描くテクノロジカルランドスケープの後の風景、終着の浜辺で孤独に未来を編む人として読むわけですね。最近だとそれこそジル・クレマンとかピエール・ユイグとかもそうだし、そういう一つのコレスポンダンスとしての抽象的かつ予言的な庭ですよね。俺太郎と総理大臣とサイバーゴシックが駆け回るような、そういう庭。

樋口:さっきの廃村の話で思い出したんですけど、廃虚ってそういうふうにデザインされたわけでもないし、むしろ自治体とか近隣住民とか業者としては壊したかったり、誰もそう望んでそうしてるわけじゃないのに、なぜか肝試しの場所とか、勝手に物語が与えられて、勝手に物語を生き始めるの面白いなと思いますね。

ろっとん:「すずめの戸締まり」も、廃墟の話ですからね。

樋口:家は自分で望んで生まれたわけでもないし、作者はそういう目的で作ったわけでもないし、とりあえずなんか人生の腰掛け的に住んでた人だっていっぱいいて、ただ単にそこに存在してるだけなのに、いつのまにか誰も住まなくなって、壊すのもだるいみたいになって、肝試しの会場とかにされているうちに、呪いの家ということになったりする。それから呪いの家っていう物語や記憶がどんどん受け継がれていく。起源を持たない呪いが、単に呪いと呼ばれはじめたことだけを根拠に、ミームとして意識から意識へと渡り歩いていくうちに、ちょっとした怖い体験だったり事件や事故とかと関連づけられていくうちに、説得力を帯びていく。呪いの家というのは、その家を呪いの家だと思い込む人々が通過していくことで、呪いが再生産されるっていう話なんですよ。家自体は何も主体的な動きをしてないのに、呪いという物語がまとわりつくことで、呪いの家としての性質が強化されていくんですよね。

ろっとん:ナラティブの先に、肉体や物体に回帰していくというのはありますよね。

青山:どこかで聞いたナチスドイツにまつわる都市伝説的な話で、彼らは軍事施設を必ずレンガ造にしようとしていたらしく、それは、崩壊した後の風景を考えた時にレンガ造が一番美しいからだと。つまりナチスドイツの時代が過ぎ去り、全てが打ち棄てられたのちに、彼らのことを全く知らない人々が見たとしても、当時の偉大さを想起できるような建築形式を採用すべきだという思想がそこにはあったのだ、という説ですね。

樋口:タナトスですね。徹底的な自己破壊への欲望。侵略戦争で、国民総動員で、領土をどんどん広げて、強さというイメージの持つ甘い陶酔に溺れながら、死の欲動に突き動かされて、千年帝国なんて言ってるけど、でもどこかで誰もその祭りが成功するなんて思ってない、みんないつか終わると思っている、むしろ早く終わってほしいとすら思っている、国民という集団の単位で、国家に同化して、集団全体での同時的で究極的な破滅を望んでたから、ナチスドイツはああいう荒唐無稽なことができたんだみたいな論評はよくされますけど、破滅の後に残る美学みたいなものも、具体的な形で想定されてた説っていうのは、なんか示唆的ですごい面白いですね。ナチスは最初から、自分の死体の美しさに魅了されていたのかと。

ろっとん:樋口さんが炎上したあとに書いた「生活の印象」と「ボーイズクラブ」(未発表)を思い出しました。Twitterをやりたくないと思いながら、Twitterを続けてしまう。その結果として、炎上があったわけですよね。樋口さんがナチスドイツ的な破滅をした後に、それを逃れようと活動をしているというのは面白いと思います。

樋口:俺はいいけど、他人をナチスに喩えるというのは人によっては普通に訴訟レベルにやばくなるやつだから控えたほうがいいよ(笑)特にヨーロッパ圏の人だったら絶句レベルなのでは。俺がマルクス・ガブリエルじゃなくてよかったね。
まあ、最近は仕事が楽しくて、ワーカホリックで全然寝れてないという意味では一貫してタナトスに取り憑かれているとも言えるのですが……。死と眠りは兄弟で、長年の睡眠負債を帳消しにするために死を求めているのかもしない……。そう言えばアドルフ・ヒトラーは非常にストイックな仕事人で、眠らない人としても知られています。ヒトラーは眠らずに仕事を続けるために主治医に覚醒剤を打ってもらっていたのですが、戦局がやばくなるにつれて、薬の量も種類も頻度も増して、晩年の頃は2時間に1回とかでなんか打ってもらってたらしい(笑)
あとちょっと話は変わるんだけど、最近思うこととしてはさ、生活の糧とか、日々をやり過ごすための活力のようなものと依存症は見分けがつかないってことなんだよな。やりがいのある仕事です!とかやってるうちにどんどん破滅に向かっていったりする。そういう状況にふと気づいたとき、やっぱ人間って面白いなと思う。人生にとって良い依存と悪い依存があるだけで、人生もまた変転するものである以上、何が良くて何が悪い依存かということは、誰によっても何によっても判断しえないんじゃないかなと。

てーく:樋口さん、寝た方がいいよ。俺も毎日4時間くらいしか寝てなかったら体壊したから。ここからはただの愚痴なんだけど、最近は本もろくに読めないからどんどんロジカルなというな言語的な能力が下がっている気がする。色々書きたいものもあったのに焦りますね。あとフツーに将来が不安。まあ考えても仕方ないんだけどね。たぶんどうにかなるし。でもそういう不安っていうかさ、気分の強度ってすごいんだよね。経験的にしばらくすれば落ち着くって分かってるんだけどさ、その渦中にいるときはこれが永遠に続くんだと思えてくる。永遠って退屈ですよ。たぶん時間感覚もおかしくなってるんだな。自分でも面白い状態ではあるんだけどね。これはちょっと病的だなという客観的な認識と、不安な気分とが入り乱れたマーブル状の時間を生きていてすごい気持ちが悪い。そういう時は近所を走り回るんだよね。ようやく歳とってみんなが運動する理由が分かった。気持ちが落ち着くんだよね。あ〜、でもやっぱり不安だな。この先どうなるんだ。これ読んでる医者かセラピストの方、連絡ください。…なんの話だっけ。

平:〈doubleu〉ていうイタリアのブランドのサンダルが、日本初上陸したらしいけど、健康にいいらしいですよ。違うな、こういう話じゃない。

青山:近代以降の超国家規模のプロパガンダとデザインを考える上で、ナチスドイツは避けて通れないところがありますよね。スペキュラティヴ・デザインとかも、その所以を辿っていくとイタリア未来派ぐらいまで遡れると思っていて。イタリア未来派って、機械と速度の美学みたいなのを称揚しているうちにそれが全部ファシズムの駆動原理に転用されてしまって消滅しちゃった、みたいな運動で、要は美術やデザインが描くビジョンが政治へと利用されていった近代の代表的な事例だったわけですよね。

樋口:ファシズムには中心がないですからね。ファシズムは文字通り束ねる紐であって、束ねる対象を問わない。人は一人では生きられなくて、誰かに認められたいとか、居場所がほしいとか普通に当たり前にみんな思ってて、それ自体は別に悪いことではないんだけど、そういう人がなんかのきっかけでちょっと弱ってたりとか、時代そのものが悪くてそういう人が増えたりとかすると、ファシズムはそういうところにつけいって、束ねてくる。ファシズムは弱い人たちに甘言をささやきながら一つに縛って、個人を集団化する機能を持っている。
で、そういものにあらがうにはどうすればいいか? ぶっちゃけわからないし、普遍の答えがあるとも思わないけど、少なくともanon pressの運営という視点だけで言えば、誰にも頼ろうとしないこと、個で充足するということ、それ自体が自ら生成する臨場性の、その瞬間に賭けるということかなと僕は思います。

青山:そうですね。anon pressでは主に「迫力がある」という語彙で表現されるものですね。

てーく:ファシズムは政治、戦争を美学化、崇高化したわけです。そういう美学化からいかに距離を取るかというのが先ほどから言われている問題ですよね。雑多に、ノイジーに、わけわかんなくなるというか。

ドゥルーズ=ガタリ:速くあれ、たとえその場を動かぬときでも!幸福線、ヒップの線、脱出線。あなたの裡に将軍を目覚めさせるな!地図を作れ、そして写真も素描も作るな!ピンクパンサーであれ、そしてあなたの愛もまた蜜蜂と蘭、猫と狒狒のごとくであるように。

樋口:やっぱ役に役に立つものはなんでも奪っていくのが政治なので、役に立たないもの、無意味なものを一生懸命やる、それを継続的にやる仕組みをつくるということが大事ですね。一人ひとりがしっかりと、徹底的にイアン・マッケイになるということです。
役に立つものっていうのは、役に立っちゃうがゆえに、なんか本当は自分たちと方向性が揃ってないくせにあたかも仲間ですよみたいな感じで近づいてくる人、なんかつねにつけ入って束ねてやろうという意図を持った人とかが 目をつけてくるっていう。
まあちょっとは役に立つことをやらないと誰もついてこないし持続性も生まれないから、それも大事なんですけど、 役に立つことだけやってると、なんか途中でやっぱ梯子が外されたりとか、あれなんかこれやりたかったことと違うなとか、なんかいつのまにかつまんないことやってるなとか、なんか誰かにいいように利用されてるなとか、お前もういいよってなったらどうしようとか、しょうもない感じになってくるんですよね。
うん、だから、役に立たないものを勝手にやるっていうのは、やっぱなんかさ、やっぱ大事ですよね。


——anon。今、ただちに、すぐに。匿名。


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