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永良新+太田知也「千里の孵化過程」

◆作品紹介

anon press掲載の「グラウコスの海藻」を手がけた太田知也が原案、同じく「R.A.W. 戦走機械」「デス・デザイン」を手がけた永良新が漫画をつとめる本作。これはもともと、太田の修士論文の一環として2017年ごろに制作された同名作品のアップデートである。太田の修士研究はデザイン・フィクションをテーマに、その表現メディアごとの表現・伝達特性や、作品の受容者にもたらす効果の差異について、実践的な手法を通じて検討を行うものであった。つまり小説と漫画、それぞれの形式で表現された物語はどのように受け手の体験に差異をもたらし、その差異はデザイン・フィクションという手法が果たす役割に対していかなる意味をもちうるのかを探索したわけである。そもそもデザイン・フィクションとは、ブルース・スターリングが2005年に著した『Shaping Things』の中で提唱した概念に端を発し、2009年、デザインの専門誌『Interactions』内の小特集「The Importance of Constaints」のカバーストーリーとして掲載されたエッセイ「Design Fiction」によって広くデザイン業界に知られることとなった。このようにデザイン・フィクションは、その出自が極めてSF小説に近いことからも分かるとおり、あくまでも物語世界に軸足を置きつつ、それらが果たす役割を再検討しようとしたものとして位置付けられる。同時にデザイン・フィクションは、その類似概念として語られることの多いクリティカル・デザインやスペキュラティブ・デザインが現実に対するオルタナティブを明確な皮肉・ユーモアを用いて提出する——つまり、強固な政治的姿勢を前提としている——のに対し、より中立的な思想的立場をとりうる点が特徴として挙げられる。これは、デザイン・フィクションがSFプロトタイピングとして、ビジネスワールドにおいて応用されることとなった要因のひとつだと言える——そして同時に、これらの未来志向型のデザイン手法が企業間競争におけるブランディングのためのアプローチのひとつに堕した、という批判(これもまた食傷気味なほどに繰り返されているわけだが)の噴出口でもある。こうした観点において、本作は特異な結節点として浮かび上がる。すなわち、複数の未来のありようをパビリオンやプログラムという特殊なメディアに乗せて展開する「万博」というプラットフォームそのものを、ふたたび小説や漫画という複数のメディアへと翻訳し、並列させるという点において。未来は入れ子状になりながら併存する。それはあらゆる方向へとありえた可能性の光を屈折させ増幅させる光点であると同時に、無限の反射の末にあらゆる光を内へと閉じ込める極点でもありうる。そこには、輝かしい未来と破滅の悪夢を背中合わせにした思弁——廃墟としての未来都市——を可能とせしめることこそが、デザイン・フィクションの持つ中立性であるという主張を読み取ることもできるかもしれない。先に述べた「Design Fiction」においてスターリングは、文芸はそれを取り巻くシステムの中において不可避にそのかたちを規定されうる、という点に触れ、それゆえに文芸作品たちは社会的な人工物であり、ひとつのインターフェースとしてしかありえないのだと言ってみせた。そうした極めて雑多な混淆物としての——そしてそれゆえにもっとも純粋な——SFが、ここにはある。(編・青山新)

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