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#多様性を考える × 「独身者はコロナになっても困らない」 × アイデンティティ

2023年4月、まさか40代になって自分のアイデンティティを見失うとは思ってもみませんでした。「今の『いま』」で自己紹介をするとしたら、

  • 4月1日から無職です。

  • 同居する家族はいません。

これがいまの自分。ある意味では、人生の折り返し地点で何の縛りもないオールフリーな状態。改めて作り直す『アイデンティティ≒自分らしさ』が、noteでのテーマです。

以前、断片的に記事を書いたのですが、再校正と追記をして「4月1日から無職」の経緯を自分でまとめて整理をつけるようにします。あくまでこの記事は糾弾、告発するといった趣旨ではありません。自分の中で「区切りをつける」ことと、自分の「これからの課題」を明文化するためのものです。

(約7600字)。


1.独身者はコロナになっても困らない(2022年9月初旬)

自分の職場は従業者が一桁の小規模事業所だ。コロナ禍が始まり3年、これまでなんとか乗り越えてきたが、オミクロンの感染力は我が職場にも迫ってきた。同僚自身が感染したり、家族が感染して出勤ができなくなったりする中で、独り者の自分はそれなりに全力でフォローにあたってきたつもりだった。

しかし先週はこんなことがあった。

外回りから帰ってきた昼休み。事務所で昼食を摂ろうとしていると、いつも一緒の同僚からにこやかに話しかけられた。

「上司がね、『どうせコロナになるんだったら、あなただったらいいのに』って言ってたよ。『独り身だったら家族に感染する心配がないから楽だろう、他の同僚は家族がいるから大変だ。』だってさ。」

さらに同僚は笑いながら続ける。

「私もそう思った。うちは子どもが感染して、いちいち部屋中を消毒したり接触しないように気を遣い通しで本当に大変だった。あなたの家もそうじゃなかった?」と他の同僚も笑いながら、そうそうと相槌を打つ。

どうやら、40代・バツイチ・独り暮らしという生活スタイルは、社会的なトリアージの優先度は低いらしい。

同僚の欠勤分の穴埋めの業務をしたり、希望していた休みがとれるように自分の都合を調整してみたりと自分にしてみれば「最大限の奮闘」のつもりだったけど、家族持ちの同僚や上役からすれば自分のフォローはあって当たり前のことのようだ。

家族で暮らすこと、そこにはそこの苦労もあるだろう。自分だって知らないわけではない。自分には離婚歴がある。しかし好きこのんでその選択肢を取ったわけではない。あの時の、あの状況で、自分にはそれしか選びようがなかった。最悪を避けるためにとれる最善の選択肢には限りがあった。そういう悲しみや苦しみは、家族持ちの人たちには想像がしにくいのだろう。

中年の独り暮らしが天真爛漫、自由奔放に過ごしている訳ではない。会うことができない子を想い、ままらなぬ理想と現実の暮らしにため息をし、孤独感に足元をすくわれる面だってあるのだ。

今は怒りと悲しみに心が支配されないように、バランスを取るのが精一杯。負の感情をコントロールするにはパワーが必要だ。


2.独身者は副反応が出ても困らない(2022年9月中旬)

4回目のワクチン接種をしてきた。個人病院で朝一番に打ってから2,3時間後には妙な眠気とダルさが現れる。その日は午後から仕事でどうしても休むことができない。当初はゆっくり休むためにも、一日目の午前に打って二日目はゆっくりできる二連休を予定したのだが、同僚が希望した有休がとれるように自ら予定変更をしたからだ。

なんとか仕事を乗り越えた夕方には、家に帰ってからはダルさに身を任せて眠りこける。4回目となれば予測もついて、簡単に食べられる弁当、スポーツドリンク、解熱剤などの準備は万端。ただただ悪化しないように眠るだけ。

独居生活も長く続けば、自分の体調対策は十中八九は立てられる。自分の体調不良は咳・鼻水・頭痛などではなく、ほぼ「熱発」とそれに伴う関節痛に現れる。だから熱冷まシートや氷枕は必須、汗もかくので着替えも十分にあったほうがいい。

具合が悪くなったら、あの人のこれはどうしよう。この人にはそれを頼もう。関係性をまず考えるのが家族持ちの方の対策。

具合が悪くなったら、ああなったらこれが必要だ。こうなったらそれをする。自分のためだけの合理的な行動を考えるのが独身者の対策。

対策がうまくいかずに、いくら身悶えようと困る人は確かに誰もいない。生きようが死のうが誰も困らないのが独り者ならば、家族持ちの人たちが「独身者はコロナになっても困らない」といった発言は合理的なんだろう。

自分の場合、熱発した時にはひたすら眠る。だけど熟睡しているわけではなく、半眠半起のような状態をうつらうつらし続ける。だから普段はほとんど見ない夢をたくさん見ている。

離婚したっきり10年会えていない子どもの夢。どこかの公園か博物館の駐車場にいたような光景が記憶に残る。

子どもは10年前の年齢のままだった。現実には中学生になっている頃なのに。

「10年」の時間は確実に経っている。何もなかったわけでもないし、何もしてこなかったわけではない。だけど急に「時間が止まったままの自分」を自覚してしまった気がしている。

あの時の出来事を自分なりに折り合いをつけて、怒りや悲しみの負の感情は昇華して、「過去のこと」と納得はしているけど、本当の意味で自分も相手も許すことが必要だと思っている。

 


3.独居ミドルのゆらゆらメンタルヘルス(2022年9月下旬)

 
自分はそもそもの性分で、人前で「怒」や「哀」の負の感情をあからさまに表出することはほとんどない。いわゆる「溜め込むタイプ」である。だけど若い時分にはどうしても抑えられずに、相手にぶつけてしまったこともあるが、結果はろくなものではない。

それでも今回、同僚たちから言い放たれた言葉はだいぶこたえた。
 
コロナにかかってしまうのは、誰もが同じリスクを抱えていてもはや責任を追求するような問題でもない。しかし感染や濃厚接触で休まざるを得なくなった同僚のフォローをしたつもりの自分が、感謝もされずに受ける言葉でもないと憤った。

いま、自分が抱えている痛みをどう癒すかの方が大事なことだったと思い直す。「○○のために」で持ち直す価値観は人それぞれだろうが、自分のような人間には「自分のために」しかないのだ。自分が自分の味方にならず、どこの誰が自分を守って認めてくれようか。

ここ数週間、これまで築き上げた良い習慣もおざなりになり、食生活も乱れ酒量も増えてしまっている。いけない、いけない、自分のメンタルのバランスを整えるのは自分しかいない。

自分と似たような境遇の人はどれくらいいるのだろう? とりあえず自分の手の届く範囲では、自分しかいない。たぶんかなりのマイノリティであるし、社会的に注目を浴びるような存在でもない。

でも、第三者からバカにされたり蔑まされる類の感情や環境を自ら望んで抱いているわけではない。蚊の鳴くような声でも、「ここに存在している」と表現していこう。


4.感染するのはウィルス以外のもの。(2022年10月中旬)

「話せば分かる。」

1932年5月15日、犬養毅首相は銃を向けた青年将校に言ったのにも関わらず銃殺された。世に言う「五一五事件」、日本が戦争へと向かう事件の一端だ。

「話し合い」という手段を人類はいつ発明したのだろうか。当然、言語を獲得してからだろうが、現代人であってもこの手段を未だに使いこなせていないとも思う。昨今のウクライナ侵攻のように、「話せば分かる」は絵に描いた餅のようだ。

過日、職場で受けた「独身者はコロナになっても困らない」の発言は自分にはかなりの破壊力があった。信頼を寄せていた同僚たちからの発信ということが思わぬ角度から自分の心に傷をつけたのだろう。
二週間ほど食欲低下と睡眠の乱れの症状に悩み、めっきりと口数が少なくなってしまった。話をすると悔しさと怒りから言葉に棘が出てきそうで、それを堪えると涙が出そうになった。

自分のコミュニケーションの鈍化に異変を感じたのか、件の発言を一番最初に発したAさん(同世代・女性)から、「私がなにかした?」と問いかけられた。時間がたって負の感情をだいぶ制御できてきたので、自分は「関係修復のために話し合いをしたい」と提案した。あの発言をした時、どんな流れで、どんな気持ちだったのかを聞きたい、と。

 Aさんからは、このように説明をもらった。

  • そんなことを言ったことさえ覚えていない。

  • 上司からAさんの家族が感染した時のことを根掘り葉掘り聞かれた。

  • この詰問をかわすために、「あの人(筆者のこと)は独身者でコロナになっても自分が困るだけで家族に迷惑がかからないから良いですよね」と面白おかしく言った。

  • あなたに件の発言をした直後には「もしも何かあったら食料とかを届けるから」とも言ったのを覚えているから、本心で言ったわけではない。

「発言したことを覚えてない」というのに、後半には「フォローした言葉を覚えている」と矛盾にも気づいたが、話しているうちに思い出したという解釈もできるので、自分はAさんの言動を理解できたと伝えた。上司からの詰問は確かに面倒くさいのは自分も分かっている。「もうやめてください」と言えば角が立つから、面白おかしく冗談を言って、会話の矛先を変えようとしたのはAさんの処世術なのだろう。
 
自分はAさんと話し合いができたので、件の発言があった時に一緒に笑って同調をしていたBさん(女性)にも同じように、関係修復を前提にしてどういう気持ちだったのかを聞くつもりだとAさんに話した。

Aさんからは「Bさんはいきなり話されるとショックを受けるだろうから、私から最初に話してみる。そもそもBさんは話し合いをしたいと思わないかもしれない。」とのことだった。これまでBさんと一緒に仕事をする中で、若さゆえなのか打たれ弱い面も感じていたので同性同士のAさんに託すことにした。

それから自分は職場で孤立している。
 
業務上の報連相以外の会話はなく、場面によっては挨拶すらも流される。昼食は事務所で一緒にとり、昼休み中の電話対応は代わる代わるフォローし合っていたが、AさんとBさんは別室へ行くようになった。コロナ療養から復帰してこの件に関わっていないCさん(同世代・現場主任)も同じような対応をするようになった。
きっとAさん、Bさん、Cさんとは話し合いが成立しているのだろう。どういった経緯でどんな合意があったのかは自分には不明だが、現在の状況が話し合いの結論なのだろう。
上司は相変わらずだが、関係性の歪みには気づいているようだ。

未だに自分は無知であったことに気づかされる。「話し合い」という手段は関係が同等のもの同士がする、または上位のものが下位のものに対して行うことが条件となる。下位のものが上位のものに対しての手段は「上申」か「嘆願」である。
社会的トリアージが低い独身者の自分は、「話を聞いて欲しい」とお願いするべきだったようだ。自分は同等の立場であると勘違いしていたようだ。

感染症に対する社会的トリアージが低いのは明白になっていたが、独居・40代・男性という立場は、メンタルヘルスに対するトリアージも低いようだ。仕方がない、自分は自分の心の治療に努めなければならない。

もっと上層部のハラスメント委員会とかに訴え出ようかな…という考えがチラついたりもするけど、そのたびに宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の代表的な一節ではないところを思い出す。

「北ニケンクヮヤソシャウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ」

仲間同士で争っても仕方ない。自分は沈黙を選択することにした。


これより追記


5.どんな状況も身から出た錆(2022年10月下旬)

無視されることで自分は孤立状況に陥ったわけだが、業務に支障が出てこないわけがない。これまでしてもらっていた業務サポートをしてもらえなくなり困った自分はCさん(現場主任)に窮状を相談。

「これまでのサポートは相手の好意でしてもらっていることなのだから、してもらって当たり前と思っているあなたの方が業務改善すべき。」との返答。

ついには電話も十分に引き継いでももらえなくなった。Aさん、Bさんの名誉もあるだろうから沈黙をしていたが、さすがに我慢がならず、自分はこの状況に至ったことの発端、経過をCさんに報告して対応を相談した。

「無視されるのはあなたの態度に原因があるのじゃないのか。上司に報告するから、そちらに話をするように。」との返答。

数日後、上司から個室に呼び出され話を聞きだされた。

「いつも何かあったら、すぐに相談するように言っているじゃないか。そんな発言をされたというのなら注意をしなければならない。どうして相談してこなかったんだ?」

自分は言うか言わないか迷ったが、意を決して上司に意見をする。

「コロナにかかるなら独身者と、『あなた(上司)が言った』とAさんから聞いています。その場で一緒になって笑っているあなたには相談しにくかったのです。」

しばらくの間、「俺は言っていない」と「そんなことを責任者であるものがいうはずがない」と繰り返していたが、自分からはAさんにも依頼した同じ前提を上司に伝える。

「自分も含めて誰にだって意図せず発した言葉で相手を傷つけてしまうことはあります。誰が言ったかをハッキリさせたいとか、謝罪をしてほしいという意図ではないです。関係改善のために相互に気持ちを話し合える機会が欲しいのです。」

これまでメモを取り続けていた上司はおもむろにノートを閉じて、自分に対する回答は以下の通りとなる。

「言った・言わないかも分からない内容で、君が希望する話し合い自体がパワハラに当たる。だからこの件は終わりにする。通常業務に支障が出たら対応をする。」


「無視されるのは、される側に原因がある」=「いじめられるのは、される側に原因がある」

「相手が望まない話し合いは、ハラスメントにあたる」=「いじめの究明は、した側の子どもを追い詰める」

ロジックに「イコール」をつけるのは、自分の被害者感からの拡大解釈にすぎないのだろうか? 何にせよ、自分たち大人が社会のこういった一端を構成しているのだ。子どもの社会でいじめがなくならない一因を理解できた気がする。


6.SDGsに必要なスケープゴート(2022年11月下旬)

社会は決して理想郷でもなく、理不尽がありふれていることは20年も身を置いていればよく体感している。

「多様性を尊重する」、「共生社会を実現する」、「持続可能な社会を作る」

非の打ちどころのない理想だと思う。
理想は言葉にしなければ行動につながらない。けれど実現するには壁がたくさんある。
やろうとしているけどできない。やっているが変わらない。

「そういうこともある」と懐深く理解できる大人にはなれたつもりではいる。

けれど、そもそも「やろうともしない美辞麗句を言う」ことを受け入れがたい自分の特性を改めて思い知る。
これまで何度か職場を変えてきた自分は、思考を止めて大勢の判断に身をゆだねれていれば、同じ職場で経験年数を重ね給与アップをしていけばよかったのかもしれない。それができてこなかった。

紆余曲折のキャリアの中、資格取得をしてやっと辿り着けた職種と業務内容だったので、自分に向けられた理不尽はしまい込んで仕事を続けていた。

しかし11月の下旬。半年後に予定していた私用を理由に従来通りの有給申請をしたところ、

「休みを一方的に申請するとり方がよくない。他の人はみんなのいる場面で都合の伺いを立てて休みを申請しているじゃないか。」と現場主任のCさんからの指導がある。

『みんなのいる場面』というのは自分は含まれていない。朝礼でも会議でも有給申請の伺いを立てる報連相はない。途中でそのことに気づいたCさんは「とにかく俺にだけでも事前相談するように」と指導助言を変更した。

ここでポキッと折れる音が聞こえたようだった。木を切り倒すために、力を込めた斧で何度も切り込みを入れていくが、最後の一振りはさほど力が必要なくても倒れていく場面が目に浮かんだ。

職業柄、無理しても悪化するしかないことを知っている自分はメンタルクリニックを受診し、医師からは傷病休暇を取るように診断された。

傷病休暇中、上司は方々で「今回のことの原因は思い悩んでうつ病になったほうにある、そもそも職務態度にも問題があったようだ。」と言っていたようだが、「訴訟を起こす」と自分の身を案じて奮闘してくれた方もいてくれたようだ。結局のところ、第三者からなるハラスメント調査委員会を設けて精査することになったようだが、メンタル保持と業務継続を優先するために同僚たちからの聞き取り調査はしない方針で進められるとのことだった。

自分の精神状況を慮ってくれてか、部分的に教えてくれる方がいたからその後の状況を知れたが、調査委員会の報告は当事者の自分は未だ受けていない。

「雇用を守る」ことにも、「40代・バツイチ・独り暮らし」という境遇は社会的トリアージが低いことが証明されたようである。「多様性を認める」と言っても、「同じようには扱わない」という一面があることを思い知る。

復職にあたり、自分は部署異動を申し渡された。まったく別の職務内容である。生活の糧を得るためにも異動を受けいれるが、やっとの思いで実現できた自分のやりたかった仕事だったので、働きながら同じ職種の再就職のチャンスをうかがいたいと希望を伝えたところ、

「そんな中途半端なことでは、組織運営に支障が出る」との返答があり、疲れ切った自分は自主退職をすることにした。時間をさかのぼれることはできないが、40代であっても「今」が一番若いのだから、これ以上の時間も心も摩耗したくない。

これが2023年4月1日から無職になった自分の顛末である。あくまでこれは自分の面からしか見ていない捉え方である。関係者には関係者のとらえ方があるだろう。しかし、だからこそ早い段階で話し合いをして相互理解を求めたのだが、受けいれてもらうことは最後までなかった。理(ことわり)は尽くされず。

休暇中、流行なのか「引き寄せの法則」に関連するスピリチュアル的な動画がおススメされてきたのでたくさん見てみた。マイナスの考えを持つ潜在意識が結局は窮状を引き寄せている、といった指摘もあった。「すべては身から出た錆」だと言われているような気もした。

スピリチュアル的なことに傾倒しにくい自分でも、「そうかもしれない」と思わされる面もある。そうかもしれないが、自分は周りの大切な人たちに同じようなことを言うような人間にはなりたくない。

職を失うという代償は大きすぎたが、自分は大きさに見合う確信を得た春だった。


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