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10月5日デコの日

 私は今日もせっせと盛る。スマホも爪も、メイクもヘアもそれはそれは朝も早よから盛っている。ギャルとかパーティーピーポーとか言われるけれど、そうではないのだ。私は真面目な性根をデコることで自信溢れる自分を抑えている。

 勉強が好き、読書が好き、規律を守ることが当たり前だし、正しいことをするべきだと思う。それを全面に出して中学時代を送ってきたら、真面目一徹かと言われた。高校生になって友人に頼んでまるっとギャルにしてもらって中身を軽くしてみたら、今度はもっとしっかりしろと言われた。だったらどうすりゃいいのと思ったので、中身は全く変えずに素の自分、見た目だけを盛ってみた。

 結果、外側軽く、内側しっかりとなり私にとってもっとも心地よかった。合う合わないがあるから誰にでも勧められることではないけれど、自分をそのままにして外側だけを偽ることはとても快適なのだった。
 
 私は今、コンビニでアルバイトをしている。コンビニって結構大変だと1年経って改めて認識した。覚えることは膨大で、やっと覚えたと思ったら新しいことがまた増える。1つや2つでなく、どーんと増えたりもする。もちろん社員さんや経営者さんも大変だとは思うけれど、程度は違えど現場も同じくらい大変だと思う。
 でも、ここの店長はどうやらそれを理解しない。以下、ある日の店長とのやりとりだ。

「盛る暇あるなら商品覚えなよ」
  店内商品は全部把握しています。

「客が間違っているのにごめんなさいって、店が認めてどうすんの。客の話なんて真面目に聞くなよな」
 店にも非があれば謝ります。例え非が無くても人の話はちゃんと聞きます。常識です、店長。

「笹岡さんて、自分に自信ないから盛ってるんでしょ」
 自信が無いわけではなく、真面目な自分を隠すために盛っています。

 などと、店長とのやりとりは一時が万事この調子なので最近は言い返すこともあまりしないのだけれど、連勤の時にこれをやられるとちょっときつい。仲の良い人と同じシフトであればやんわりフォローしてくれるから助かるけれど、今日はちょっとそれも難しい。いつもは被らないはずの谷さんが一緒のシフト。話したことはほとんどない。きっと谷さんにはデコった見た目の印象のみの私だと理解されていることだろう。

「ね、谷さんもそう思うでしょ」

 いつものように、店長が並べ間違えた商品をお客様が持ってきて値段が違うことをお怒りになられた訳だけど、やっぱりそれを私に言う。昨日もこのやりとりやったじゃないと心で思いながらも、少しだけきりきり胃が痛む。

「違うところに並んでたらさ、素早くそれに気づいて並べかえてよね」

 昨日と同じことを言って私に近づいてくる。私はわずかに脂汗が出る。そう言えば今日は時間がなくて昼食を取っていなかった。空腹なのか体調が悪いのか。今、この人と一戦交えるのは厳しい。とろとろぐにゃりと歪みかけた頭の中と、その視界の端に谷さんが見えた。谷さん、全然話してくれないんだよなぁ。そんなことを思っていたら、ふっと左肩に谷さん。いつの間に、だ。

「店長、あほみたいなこと言わないでくれますか」

「へ」

 急な谷さんの応戦で、店長は驚くよりもあっけに取られていた。あほみたいなことと言ったとおりのあほみたいな声を出している。

「商品陳列、やったの店長ですよね。私、何回も言っているじゃないですか、そこじゃないって」

 谷さんはお菓子棚を指さして言い、店長の視線を向けさせた。でも、それは、などとしどろもどろで答える店長をよそに、あのときのこととかこの間のこととか、いつかの店長の失態をきれいに並べ立てた。

「あほみたいな店長の尻拭いをしているのは大体彼女なんですよ」

 ああ、ついにあほみたいな店長と言ってしまった。私は思わず小さく吹き出す。店長はそれに気づいて私を睨んだ。

「し、尻拭いもなにも業務の一環だろ!大体さ、だったら言えばいいじゃん!いつも言い返しもしないで、こんだけ盛ってて自分に自信なさすぎだよ!」

 苦し紛れとはこのことかと思わせるぴったりの返し台詞にやっぱり私は笑ってしまい、もういいやと思って口を開く。が、声を出す前に谷さんが再び口を開く。

「どこまでアホなんですか。彼女、どれほど頭のいい大学行っているのか知ってるの?あなたが3浪してなお諦めた大学よ。それにあなたがここ5年近くずっと持っている資格の参考書、あれ、笹岡さん半年で合格してますからね」

 マシンガンのごとく言い放ち、よく知っているなと思いながら聞いていた。店長はやっぱり悔しそうに「が、学歴なんかじゃ」と言い始めると、それさえ潰す。

「学歴いいねって話じゃないの!彼女はそれだけ努力して自分を作り上げているの!そんな人が自信無いわけないでしょ!あほか!技術よ、技術!」

 一息にまくし立てたところでお客様の入店があり、谷さんは何事も無かったようにいらっしゃいませと声高らかに出迎えてレジに戻った。店長はここぞとばかりにこそこそバックヤードに戻っていく。私はめまいやら頭痛やら空腹やら可笑し味やら嬉しさやら極まっていた。

「あの、あ、ありがとうございます」

 私が言うと谷さんは笑った。

「やっと言ってやったわよ。いっつも笹岡さんに変なことばっかり言っているから頭来ちゃった」

 そう言って興奮しつつも笑った。お客様が店内を一周して店を出ると、谷さんが思いだしたように慌てていった。

「ね、私、店長にあほって言っちゃったわね」

「そうですね、それも何度も。すみません、爽快でした」

 私が笑いをこらえながら言うと、谷さんも笑った。

「私も爽快だった。でもなにより、私、もうおばちゃんだけどあなたに憧れているから店長に我慢ならなかったのよ」

 私が驚いていると、また新しいお客様が入店する。いらっしゃいませとやっぱり高らかに谷さんが言った。

「頑張ってよ!真面目をデコるなんてめっちゃイケてるじゃない」

 若者のように言う谷さんこそ、もうめっちゃイケてた。

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【今日の記念日】
10月5日 デコの日

デジタルカメラ、携帯電話、ライターなど、さまざまな品を飾るデコレーション。そのアーティスティックな美しさ、魅力を多くの人に知ってもらい、デコレーター技術の普及を目的に、NPO法人・日本デコレーター協会が制定。日付は10と5をデコレーションの「デコ」と読む語呂合わせから。

記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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