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10月10日貯金箱の日

「あっと言う間だったね」

 洋子は笑って言った。その手には十本のバラが抱えられており、そのせいか彼女の頬にはじんわりと赤が滲んでいた。その赤い頬を5歳の娘の凛がそっと撫でた。亮も微笑み、そうだねと頷いてみせる。

 あっと言う間だったけれど、やっぱりちゃんと年月を重ねてきたのだなとしみじみ感じていた。彼の手の中にはずっしりと重たい箱がある。

 今日は結婚して10年の記念日だ。二人とも22歳という、どちらかと言うと早い結婚だった。生活に大きく余裕があるわけではなく、毎月節約をしながら、それでも充実して過ごしていた。それは5年前に娘が生まれてからも変わらずである。でも、だからこそと洋子は言った。

「このときの為に貯めてきたんだよ。10年記念の思い出に家族でちょっと遠くの旅行に行きたいな」

 そうして亮に手渡したのがずっしりと重い箱だった。机に置き、中をあけて彼は驚いた。

「すごい!いつから貯めていたの」

「結婚したその日から。ちょっとずつね。家計費のあまりとかお小遣いとか色々」

 やっぱり照れるように言う洋子が渡したのはぎっしりと中身の詰まった500円玉貯金箱が二つ。見ると50万円貯まる貯金箱と30万円貯まる貯金箱とかいてあり、それぞれシルバーとブルーのアルミ缶のものだった。

「結婚した時、友達に50万円貯まる貯金箱をもらったんだ。シルバーの方ね。7年目くらいでいっぱいに貯まって、追加で貯めてみました。ちょっとかわいげのないプレゼントになっちゃったけど」

「すごいね、ママ。重たすぎる!」

 どこか嬉しそうに言いながら凛が重そうに持ち上げて見せた。亮もその重みを確かめるように持ち上げてみる。ちゃりん、ともならず中身がぎっしり詰まっていることが分かる。こんなに貯めていたことは全く知らなかった。重いねと凛に微笑みかける。

「どこに行こうか。ちょっと足して海外に行ってみてもいいよね。ああ、でも凛は飛行機が怖いって言ってたっけ」

 洋子がいたずらに言うと、凛が怒ったように頬を膨らませて反論する。

「怖くないよ!もう私5歳なんだからね」

 怒ったかと思えば、今度は自慢げに胸を張って見せた。そうだ、結婚して少し遅いタイミングで出来た凛も5歳になった。

 自分たちの10年と娘の5年、あっと言う間だったのに、思い返せばそれは確かにずっしりと重い。この日を思って家族のためにと貯めてくれていたのかと、亮は胸がいっぱいになっていた。

「ありがとう。この50万円の貯金箱は皆で家族旅行しよう。たまにはちょっと贅沢に」

 亮が言い、洋子がうんうんと頷く。

「こっちの30万円は君が好きに使うべきだよ」

 亮はそう言って小さい方の貯金箱を差し出した。洋子は一瞬驚きながらも、そう言うと思ったんだよねと笑った。

「じゃあ、こっちは20年記念の時にとっておこう。これと別にまた明日から新しい貯金箱に貯め始めるけど」

「それはそれだよ。自分で貯めたんだから好きなように使いなよ」

 亮が言うが、洋子は笑って首を振る。

「3人の20年後を楽しみにすることが私の好きなことだよ。貯金箱にはね、愛と夢を貯めるの」


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【今日の記念日】
10月10日 貯金箱の日

お金を貯める道具であると同時に、夢に向かって貯めるという行為を楽しむ貯金箱。その貯金箱について考えていただく日をと、株式会社タカラトミー、株式会社テンヨー、株式会社トイボックス、株式会社バンプレストで構成する「貯金箱の日」制定委員会が制定。日付は1をコイン投入口に、0をコインに見立てたことと、実りの秋にふさわしい日としてこの日に。

記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。



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