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11月6日巻寿司の日

 はぁ、と息を吐いても、ふぅ、と息を吐いても同じように白いモヤが顔を覆うように広がる。

「もう冬だねぇ」

 隣の咲がおばあちゃんみたいに言うので少し笑った。そう言えば、担任の先生が明日は立冬だと言っていたことを思い出す。

「もう冬ですねぇ」

 私もおばあちゃんみたいに返すと、咲も笑う。11月は秋だと思っていた。でももう冬だ。

12月も過ぎれば、年が明けて、気付けば今度は、もう春だねぇとでも言っていることだろう。

「何か、色々あっと言う間だね」

 私が言うと、咲が顔を合わせてしみじみと言う。

「うん、気付けばこんなふうに冬だし、きっと年が明ければもう春だし、春になれば私達はもう高校3年生で……」

そこで止めたので、思わず私も目を合わせる。そして一緒に口を開く。

「受験だね」

 あーあ、とため息をつく頃、咲と分かれる道に出た。

「また来週ー」

 そう言って手を挙げる咲に私も手を振ってさよならする。

 四季を、カレンダーと呼吸だけで感じるのは何だか少し寂しい。それこそ受験生にもなれば、もしかしたらカレンダーで四季を確認することさえ余裕がないかもしれない。そう思うと、この先の近い未来があまり楽しみではなくなってくる。白くて太いため息をもう一つ。

「ただいま」

「おかえり!寒かったね。もうご飯できるよ」

 ひょこっと母が台所から顔を出す。夕飯の準備をしているようだが、何かは分からない。洗面所に寄り、部屋に入って荷物を置く。食卓には既に夕飯が並べられている。

「今日は巻寿司!」

 母がテーブルにドンっと皿を置く。宣言の通り巻寿司が6本。間もなく父が帰るだろうので、1人2本の計算だ。他に水餃子入りの具だくさんスープ、ブロッコリーナムル、果たして食べきれるだろうかと幸せな悩みが浮かぶ。一緒に座った母は巻寿司を1本皿にとり、ふふふ、と笑い出す。

「な、なに、どうしたの」

「恵方巻きだよ!今年は西南西を向いて笑って食べるの」

 またもふふふ、と笑って言う。恵方巻きは節分の日だろう、そう思っているのが顔に出ていたのか、母が続ける。

「季節の始まりの前日が節分なんだって。別に2月だけがそうじゃない。明日は立冬でしょ?その前日である今日も節目の日、節分なのよ」

 昼間にテレビで見たのだろう知識を披露し、母は得意げだ。巻寿司は好きだ。だからまぁいいけど、そう思って私も1本手にとった。

「あ、美味しい」

 れんこんを粗めのみじん切りにし、牛肉の細切れと甘辛く煮ている具材である。

「美味しいでしょ。れんこんは冬の食材だからね。あ、ほらあとは海老じゃがいもマヨでしょ。タコキムチとほうれん草のおひたしを巻いたもの。全部冬の食材を使ってみました」

 いつもは食べない具材の巻寿司ばかりでどこかワクワクする。そうか、冬の食材ね。

「季節の節目ってさ、4つあるでしょう。その節目の都度、旬の巻寿司を食べる機会にすればさ、季節が変わるのが楽しみで仕方ないね」

 少しだけ、息を吐くその切なさが薄れた気がした。食べることで四季が感じられるならば、私は季節が変わるのを喜んで待つ。冬が来るのも春が来るのも、楽しみにしよう。そうして、私は四季を生きよう。


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【今日の記念日】
11月1日 巻寿司の日

季節の始まりを表す立春、立夏、立秋、立冬の前日の節分。まさに季節を分けるその日に巻寿司を丸かぶりすると幸福が訪れるといわれていることから、巻寿司の材料となる玉子焼、味付干瓢などを製造販売する広島県広島市に本社を置く「株式会社あじかん」が制定。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。


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