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5月16日 ごちポの日

 たとえばホテルであれば、『起こさないでください』札でも下げておいて、私は熟睡のまま朝を越えるのだが。至ってふつうのアパート住まいではそんなものは存在しないのだった。

「これね、タイムセールやっていたのよ」

 トレーに入った厚切りの豚肉を突き出したのは隣人の大和田好子だった。

「あ、ポークソテーにでもするといいわよ。結構厚切りだけどね、アメリカンポークは脂もあっさりしていたりするから」

 日曜日の午前中の早い時間からチャイムを鳴らされ、私はどうしても不機嫌な顔を隠せずにいる。

 それが例えいつもお世話になっている彼女だとしても。

 いかんいかん、これは親切なのだ。いつも何かと彼女は私を想ってくれる。

「ありがとうございます。とても嬉しいです」

 せめてと思い、何とか営業スマイルを呼び起こし、笑って見せた。

「豚肉のビタミンBで元気出るわよ」

 彼女はそう言って微笑み、大股3歩ほどで着く隣の自宅に帰って行った。今の私に元気がないこと、気づいたのだろうか。


 もらったアメリカンポークはとても綺麗なピンク色をしている。これに塩こしょうやケチャップなど、今から色をつけるのだと思うと私はなぜか気が進まないのである。まな板の肉を目の前に、私はハラハラと涙を流したのだった。

 私、五月病かもしれない。

 ここのところ、何をやるのもおっくうで仕方がない。朝起きるのも面倒だし、着替えて顔を洗い、化粧をするのもイヤになる。

 職場に着いても気持ちは一緒だった。何をしなきゃいけないんだっけと思いながらなかなか思考が働いてくれない。そのくせ、休憩時間や終業時間になると何か仕事のやり残しやミスはなかっただろうかと不安でいっぱいになり、それは家に帰ってからも心の中を占めているのだった。

 結果、いつも気持ちが疲れている。

 もちろん、食欲も湧かない。そのため、最近はうどんやそうめんなどあっさりしたものばかり食している。こんな風に思い切り『肉』に対面するのは何日ぶりだろうか。

 もらった手前食べなくてはと思い、封を開けたのだが、そのピンクのきれいさと大和田さんの優しさ、それに素直に感謝出来ない自分と感情が交差し、思わず涙が出るのだった。

 筋切りし、その厚みに驚きながら塩こしょうと酒を少し振る。昔、母が良く作ってくれたポークチャップでも作ろうと思う。

 そう言えば、母はいつも国産の豚肉で作ってくれていた。アメリカ産ではどうなんだろう。そう思いながら、また、母の味を思い出しながら作る。

 結果、めっちゃうまい・・・・・・。

「え、柔らかい。肉汁もじゅわっとするじゃん」

 アメリカンポークうま!一人で思わず口に出てしまうくらい驚き、パクパクと箸は進む。脂っこくもないからさっぱり食べられる。母の作ったくれたそれを思い出していた。

 肉を食べて、白米を食べ、肉を食べて白米を食べる。その回数に比例するようにして、私は不思議と元気が湧いてきた。こんなに単純だったのかと些か落胆する。

「ほんとだ、アメリカンポーク、恐るべし」

 いや、本当に恐るるは私の状態を見抜いた彼女かも知れない。

 大和田好子、恐るべし。

 そしてありがとう。

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【今日の記念日】

5月16日 ごちポの日

米国食肉輸出連合会が制定。軟らかくてジューシーで、うまみ成分たっぷりなアメリカン・ポークの美味しさ、安全性などをより多くの人に知ってもらい、親しみを感じてもらうのが目的。日付は本格的な梅雨が始まる前の週末に栄養価の高いアメリカン・ポークを食べて元気に夏を乗り切って欲しいとの思いから5月の第3日曜日に。「ごちポ」は「ごちそうポーク」のこと。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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