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4月10日 100の日

「あ、100日」

 遅めのランチ中、井関がポツリと口にした。

「何?なんの日って?」

 聞き取れなくて聞き返す。聞き返しても、麺をすする音で聞けそうにない。

「1月1日から今日で100日」

 ズルル、ズルズルっと言う合間に聞こえた。
 今日で年が明けて100日らしい。

「えー、もうそんなに経ったのか」

「早いよね。この調子だと気付けばまた、年末だよ」

 それは早すぎるでしょ、と俺が言うと井関は割に真剣な顔でそうでもないよと言って再びラーメンを食べ始めた。


 俺も井関も中学校の先生であり、1年生の副担任である。教科としては井関は社会、俺は国語を担当している。
 来週、担任が1日休暇をとることとなり、その1コマをもらって授業をすることになった。中学1年生の今時期、きっとまだ緊張も強いことだと思い、アイスブレイクになるような授業をしようと考えていた。そのネタ探しに井関を誘って本屋巡りをしている。熱中したせいで昼食のラーメン屋に入ったのは14時を過ぎていた。その後も別の本屋を巡るが、頭の中では先の井関の言葉が浮かんだままである。

『気付けばまた年末』

 まだ半年も過ぎていないのに、そう思ったのだが、確かに彼の言うこともわかる気がして頭の隅と心の隙間に残っているのだった。

「さっき、あっという間に来年、みたいに言っていたよね」

「ああ、そうだね。言ったよ」

「まだ半年も過ぎていないのに?」

 そう聞くと、井関は持っていた本を置いて近くの椅子に座った。

「俺の母さんが65歳でね、でもって祖母が100歳になったわけよ」

 俺も井関も今年で32歳になる。祖父母は他界しているが、俺の親も同じようなものであり、改めて思うといつの間にか皆、歳をとっている。

「親はそろそろ終活しようかなとか言っているし、祖母は祖母で、もういつそうなっても、とか言うんだよね」

 俺も井関の前に座った。

「2人とも毎日があっという間だと言う。そしてこの2人にとってあっという間って、結構切実だよな、先を考えると」

「あぁ、まあ確かに、うん」

「65年も100年もあっという間なんだよ。そう考えると1年なんてあっという間だし、毎日もあっという間なんだ」

 言われてみるとそのとおり。今だって毎日があっという間なのだ。

「例えば夢を1つあげてみてってよく聞くけど、1つじゃ足らないよ。1つに絞ったらきっと100年がとうとうと過ぎていく。100年もあるんだからそのうち叶うでしょ、とかね。だから、挙げられる夢はたくさん出すといい。その成就が難しくてもなんだっていい。100年でたくさん叶えればいい」

 思いの外、熱弁したようで井関の頬は少し赤らんでいた。

「と、こんなことを今年の100日目に考えたわけだけど、特別授業は100のウィッシュリストを作ってもらってもいいんじゃない?ちなみに100歳の祖母も今年新たに作っていたよ」

 そう言ってはそそくさと別の本棚に去っていく。

 人生100年時代と言うし、俺自身もまだ60年以上あるし、親も終活し始めたし、むしろウィッシュリストは100個で足りるだろうか。
 中学生の彼らは200個くらい書けるのではないか。

 あっという間で充実した人生を送ろう。

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【今日の記念日】

4月10日 100の日

一般社団法人人生100年時代協議会が制定。シニアライフに貢献する事業を行う同協議会がこの日を「長寿を願い、老舗の商品(店舗・施設)を利用する日」「65歳の4月10日を『終活開始日』」として定着をはかるのが目的。日付は1月1日から数えて100日目となることが多い(閏年では101日目)4月10日に。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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