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4月7日 セルフケアの日

 はらはらはら。
 ぽと、ぽと、ぽた。


 気付けば涙が出ていた。
 と、言うと嘘つきになる。

 ああ、これは涙が出るなと思ったら出た、というのが正解だ。

 私は窓際の席で、窓の先、遠く遠くを見ながら泣き続けた。


 駅前だと言うのに、まるでオブジェか巨大化したキリンのようなクレーン車が2台ある。
 ああ、はらはらはら。ぽとぽとぽた。


 道で子供が転んでいるのを見ては泣き、それを通りがかりの人が手を差し伸べるのを見ては泣く。
 ああ、はらはらはら。ぽとぽとぽた。

 つまり、何を見ても何を思っても涙が出たのだった。


 ああ、はらはらはら。ぽとぽとぽた。

 ああ、はらはらはら。ぽとぽとぽた。 


 目を閉じて視界と世界を遮断した。
 私は何をこんなに悲しんでいるのか、悲しんでいないのか。悲しいから泣いているのか、そうではないのか。

 どれもこれも分からない。
 分からなくて泣く。
 ああ、はらはらはら。ぽとぽとぽた。


 仕事が忙しい。
 企画の当事者じゃないと思っていたら結構中核の役割を担うことになって、そのプレッシャーもある。
 事務職なのにと思う。
 その半面、そうではない同僚を見て、私もキャリアアップのために努力すべきかとも思う。
 一方で、それどころではないとも思っている。


 新しい学校へ通う子供の世話で忙しい。
 登校時間や自分の出発時間が定まらないのでもどかしい。
 当分はお弁当作りが付いて回る。


 自分のやりたいことがうまくできないでいる。
 ならばと意気込んで早起きをしようと試みるが起きられないこともある。
 起きられたとして、結局、下の子に呼ばれて布団に戻る日々だと言うこともある。


 つまり、どうにもできない日々が恐ろしい速さで過ぎていき、その風圧に目をやられて、もしかしたら涙が出ているのかも知れない。


 誰か、と思った。
 誰か、私の背中をさすってほしい。
 誰か、大丈夫だと頭を撫でてほしい。


 でもきっと、その誰かがそうしてくれたとして、私のやるべきことは変わらないのだろう。


 ふと、目を開ける。
 視線を店内に向けると、1人の女の子が座っていた。広い店内なのに、私の視線のすぐそこにいた。その子の目の前には小さなまるいいちごのタルトケーキがある。一緒にカフェラテだろうカップが横に。

「いただきます」

 私に聞こえる小さな声で彼女が言う。
 そうしてケーキにフォークの先を向けると、ぶすりと刺した。

 あ、と思う間にフォークで刺したケーキをそのまま口に運ぶ。ガブリ、とは聞こえないけど聞こえそうなひと口を見せた。

 咀嚼して、飲み込む。
 目を閉じて、開ける。

 彼女は至高の喜びだと言うように満面の笑みを見せた。


 ああ、そうか。
 私は、私をケアすればいいのだ。

 誰に何をしてもらっても、きっとその先の未来を思うとすんなり癒やされない。

 だって、私には明日もあるのだ。
 だから、その都度、自分でケアすればいい。

 誰でなくてもいい。
 私が私を大切にするのだ。


「すみません、いちごのタルトケーキを1つください」

 近くに来た店員さんに注文をした。

 私を癒やそう。

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【今日の記念日】

4月7日 セルフケアの日

株式会社プラスプが制定。同社が運営する自分で健康を管理をする意識を高めるヘルスケアサイト「ヘルスリテ」の認知度を高め、より多くの人に健康になってもらうのが目的。日付は国連の世界保健機関(WHO)が定めた国際デーの「世界保健デー」に合わせて4月7日に。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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