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基礎疾患アリの父親(79)が院内感染しました1

本当はきょうだい児体験などを、
noteで棚卸しをしていこうと思ってたのですが。
1回目の話題がまさかの。。。
12月初旬に入院中の父親がコロナにかかりました。
それも退院できそうかな?
と言っていた直後の院内感染(涙)
※病院をアレコレ言う内容ではありません

●父親は人工透析30年選手

50歳手前の働き盛りに腎盂炎からの腎不全。
思えば、重度障害の妹に、偏屈な長女(私w)
その頃、仕事も恐らく上手く行ってないようで
深酒も多々あった記憶もあるけど
様々なストレスが大いに関係してたであろうと推測です。

そこから腹膜透析をスタートさせたのですが
お腹に菌が入り、腹膜炎をおこして
敗血症でマジで死にかけまして。
(高熱で精神状態も錯乱気味だったらしい)

それからキツイ水分制限に食事制限。
透析に必要な血管の仕組みであるシャントの
トラブルで何回も入退院をしたりと。
30年間サバイブしてきた所へ、さらなる試練。
神様はナカナカと手厳しいなぁ(^_^;)

以下、記録も兼ねて時系列にメモなのです。

●12/1 これはムシの知らせだったのか?

母親から電話で「お父さんがコロナにかかって虹の橋を〜」的な
縁起でもない夢を見て目覚める。
しばらく連絡を入れてないので、
これは連絡しなければと思った数日後。

●12/4 軽い心筋梗塞で入院の連絡

母親から電話で内心ドキ!
どうも数日前から、
調子が悪いと訴えてたらしく。
病院に連絡をしたところ、
それは心筋梗塞の症状なので
スグ来てください!と即入院の報告。

お医者さんの話では30年の透析生活で
血管も心臓も大分もろくなってます。
とのお話をいただく(;´Д`A

内心分かってはいたけれど、軽く心構えの時期。
それでも、本人は割と元気だよ、と聞いて一安心。

●12/19 お見舞いに行けたのだ

ええ!この時期にお見舞い行けるの!?と聞いて。
随分迷いましたが、
何かあったら、絶対に後悔すると思いお見舞いへ。

病室には入れないため、待合室で10分以内の面会。
これが、ホントに思いの他元気で
「俺はまだ後、1、2年は生きたいわ〜」と言ってるし「ご飯食べれるようになったら、力が出てくる」などなど、お喋りも割とできてたのです。

年内で退院したかったのですが
シャントの調子が悪いので、
転院をしてシャントの手術をしましょう。
ご時世的に中々転院が難しいので年明けに、
と言ってた矢先。

●12/22 病院内でコロナ発生の連絡、その時の結果は陰性

病院内でコロナが発生!と
母親から連絡がきてビックリ。
ただPCR検査では、父親はその時は陰性。

●12/26 陽性の連絡

母親からLINE。
「さいあ」

あーー、これはー、
末尾は「く」だよねっと察して電話。

●12/30 年末の実家帰りは取りやめに

母1人で心配もありましたが、
年末の実家帰りは見送りましたわ
実は私の両親、
「多趣味・捨てられない・片付けられない」の
3大疾病を患ってまして。。。
(マジすごいのだ!この辺りもまた別でー)
裏ミッションで不用品の回収に行こうと
考えてたけど、こちらはリスケです。

●初期治療、基礎疾患のリスクと延命措置の確認

・まずはアビガン投与
→効かなかったらしい
・肺炎治療でステロイド投与
→炎症を抑えるためですが、ウイルスへの抵抗力が弱まる
→血栓ができやすいので、心臓や透析への負担が大きい
などなどから、基礎疾患があると、
なぜ危ないのかを痛感させられます。

お医者さんの説明では
父親の場合、心筋梗塞で入院したくらいなので
血管自体が脆くなっており
コロナのダメージ&投薬の後遺症に
身体が持つかどうか。
透析自体も負担がかかるので、
それ自体リスクとのこと。
※シャントがトラブってるので、今は首の血管から透析をしてます。

どうも、急変して亡くなった方もいるらしく
コロナは何があるか分からない、
ましては父親は持ってる基礎疾患があるので、、、
を毎回説明され。

重篤化した場合には気管支切開をして
人工呼吸をつけての延命措置をするかの確認も。

それは本人も望んでいないので、、、
という話をすると
イザという場合は、モルヒネを使った
緩和ケアなどなどの説明が母親にあったらしく。

色々と、トラブル慣れしている母と私も
正直、年明けはナーバスに。
なるわそりゃー!です。

とりあえずはコロナ期間の2週間は持ちこたえ。
それでも肺のダメージが大きい状態。
今はニップという呼吸補助機を使用しています。
→排気があるのでコロナ時期は利用できないらしい

●不安を和らげるために

「お見舞いに行けない≒状態が分からない」が
不安を増幅させる要素になるなと
今回、とても感じました。

うちの父親は携帯もスマホも
持った事がなかったので
79歳のこの状況でらくらくホンデビュー!
チャチャーン。
これは母親(77歳)が契約してきました。
母親もスマホを使いこなせてるワケではないけどLINEもできるし、
iPhone3G出た時に
すぐ持たせておいてマジ良かったと思った事例。
(高齢者にもIT慣れさせておきましょう!)

回数も時間も短いですが、
父親から電話あったと聞くとやっぱり安心。
(逆にないと不安にも)

看護師さんにリモートの相談をしたら
らくらくホンにLINEを入れてくれて
体調を見ながら、
LINE電話で繋げてくれる事になり。
本日、さっそく繋いでくれたようで
母親も顔を見れてちょっと安心したよう。
次回は私も入れての3者間通話を試します。

担当医さんも、
ほぼ毎日母親に電話をくれてるようで
ドキドキはしながらですが、
この状況下でサポートしてくれるのは
ありがたく、感謝です。

●サバイブしてきた父親の底力

正直、ここまで頑張ってきたのに。
心筋梗塞で入院はしてたけれど元気だったし、
なのに、何で院内感染に(涙)
という悔しい思いもありますが
今や、どこにいてもリスクは高い中。
病院もしっかりサポートしてくれてるので
後は父親の力を信じる所です。

で、その父親ですが。
今まで病気と折り合ってきたせいか強い!
それは、状況を受け入れる力かもしれない。


恐らくですが、
病気にかかった事へのショック
そこから悲観したり、
投げやりになってしまったり、
なーーんて事は一通りやってきてる強さ。

状況を受け入れてて、
薬はちゃんと飲む、
栄養補助は投与されてるけれど
ご飯も食べる(事が力つくとわかっている)

まだちょっと元気な時には
クッキーと味噌汁ほしいとか
ラジオにノートとペンがほしいなどの
要求があったり。

「俺はまだ後、1、2年は生きたいわ〜」と
言ってたのは本気だねっと
信じてエールを送っています。

あと、、、
たぶんB型のマイペースさも
功を成している気がするよ(笑)

今日はこのくらいで。

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