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どうすればサティ(気づき)が生じるのか? ルアンプー•プラモート師

どうすればサティ(気づき)が生じるのでしょうか

まず始めに

サティとは何か知らなければなりません

サティとはお酒を飲まないからサティがある

というものではありません

違いますよ

お酒を飲まない人だからといってサティがあるわけではありません

もしもサティがあったとしても

それはサンマーサティ(正念)では無いのです

それはただのサティであって

普通の人のサティなのです

サンマーサティ(正念)はサティは別な種類のサティです

ブッダはサンマーサティ(正念)を

四念処(しねんじょSatipatthanas)で説明しました

もしもサティが四念処のサティから外れてしまったならば

それはサンマーサティ(正念)では無いのです

ですから四念処はとても重要な事なのです

サティを生じさせるやり方で

まず一番初に知らなければならないことは

サティとは”知ることである”ということです

身体と心に生じた事を知る

その知る事を間に合わせること”です

知る事とは

身体に生じたことを知る

感受が生じたことを知る

心に生じたことを知る

ダンマに生じたことを知る

これが四念処のサティ(知る事・気づく事)を間に合わせるということなのです

そしてサンマーサティを生じさせることが出来るのです

では

サティは何から生じるのでしょうか

サティは知る心がその状態を何度も見る習慣づいたところから生まれます

身体を観る習慣がつき何度も観る

感受を観る習慣がつき何度も観る

心観る習慣がつき何度も観る

ダンマの状態を観る習慣がつき何度も観る

ルーパ・ナーマを観る習慣で何度も観る

クソン(善)・アクソン(不善)を観る習慣で何度も観る

何度も何度も観るのです

私たちが何度も観ることで

心はその状態を深く覚えるようになるのです

心がその状態を深く覚えるようになったのならば

その状態が生じればサティが自然に生じるのです

サティを起こそうと意図して起こすのは本物ではありません

サティは自然に自動的に生じなければならないのです

本物のサティはその状態を深く覚えていることなのです

仏歴2567年1月18日


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