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修習者の善き財産 ルアンポー・プラモート師

善き修習者の財産とは

控えめであることです

有りすぎるということはいけません

妻が一人いる事であり

妻が二人いることはありすぎなのです

控えめである事

独り満足すること

既にあるもの

既にそうある事に

喜びを感じ

満足を感じることです

私たちが十分に仕事をし

その程度の結果が現れた時

それでオーケーとするのです

十分にやったと

スキルを十分果たしたので

心配したり落ち込んだりしないとするのです

これが”独り満足する”ということなのです

独りでいる事に集中するのです

”離れる”ということを知るのです

身体を分けるのです

他の人と関わり合うことは

必要なだけにするのです

もしも

必要が無いのならば

交わりに行かないのです

もしも僧に向けてであれば

静けさのある横になり座るこのとできる場所へと

教えるでしょう

しかし在家の場合は

家は近接し静けさが無いのです

あちらの家ではあのような音がし

こちらの家ではこのような音がするのです

しかし

心が静かであるように訓練するのです

外に過剰に興味を向けないのです

サティで自分自身の心に気づきを向けるのです

私達は他の人が口論していようが独りになることが出来るのです

控えめである事・独り満足する事、孤独を知る事は

自分自身を静けさへ切り離すことを知っている

ということなのです

4つ目の条件として

交わり過ぎないということです

もしも他人と過剰に交わるのであれば

うまく行くことは無いでしょう

ルアンポーはこのような光景を目にします

トートガティン(雨安吾明けに喜捨する儀式)に行き

トートパーパー(雨安吾と関係なく衣を喜捨する)に行き

交わり過ぎて、忙しく、大いに楽しんでいるのです

どれだけの功徳が得られるのでしょうか?

ほんの少しの功徳なのです

そこに行くにしてもハマり込んでしまうのです

功徳はほんの少しなのです

お寺への行きがけに車が横転して人が沢山死ぬこともあるのです

ですから

もしも苦(ドゥッカ)を乗り越えたいのならば

交わり過ぎないのです

時間を自分自身を至極学ぶことに使うのです

5つ目は忍耐努力すること

毎日自分自身を促すのですよ

私たちの生は短いのです

急いで修習するのです

急いで果を得るのです

もっとも重要なことは

生を理解し

世間を理解する事です

真実に沿って生を理解し

世間を理解するのです

それにより

私達から苦を手放させるのです

身体を学び

心を学び

苦が観えるようになり

それが苦(ドゥッカ)であるとわかると

手放すことが出来るのです

この5つの項目が

あるのならば

早く前に進むことが出来るのです

無いのであれば

いつまでももがくのです

いつまでも探し続けるのです

控えめであるのか

それとも持ちすぎているのか

”欲しい”ということには終わりが無いのですよ

独りであるかどうか

既にあるもの既にそうあるものに

幸せを感じ満足できるのかどうか

しかしこれは

貧乏であることに

喜びを感じ満足する

ということではありませんよ

私たちが十分に行って

出来たところまでで

満足するということです

例えば

仕事で1億の利益を見込んでいたのに

100万の利益しか出なかったとしても

100万でもよかったとするのことなのです

今年は赤字だったとしても

赤字でもまだよかったとすることなのです

食べるものがまだあると

今年はもっとひどく食べるものすら無い

しかしまだ即席めんならまだある、、と

既になってしまったことに

既にある事に喜びを感じ満足する事なのです

すると

心は私達を熱くさせないのです

控えめである事

独り満足する事

自分自身を離して静けさにに集中する事

静けさとは自身を切り離すことです

交わり過ぎないこと

勤勉に努力する事

自分自身を促すこと

私たちの生は短いのですよ

最も高いものとは

ダンマを身につけることなのです

それから

6番目とは

五戒を守る事です

戒を持つのです

心を高め定める事は

サマーディです

智慧を高めることは

五蘊を分けそれぞれの塊が

三相であることを観ることが出来るのです

最後には9番目として

ヴィムット(解脱)が起こるのです

10番目はヴィムット・ヤーン・タッサナ(解脱の結果が観える事)

10のダンマがあるのです

修習する時もしも先の5つがあるのならば

後ろの5つには後で入っていくのです

しかし最初の5つが無いのならば

後の5つを得ることは無いのです

これは

小さな問題で無いので

ルアンポーは言い続けているのです

不必要な営みは控えるのですよ

仏歴2566年7月16日


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