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ヒエログリフの解読

 前回(エジプト語概説)の続き。

ヒエログリフはなぜ解読できたのか

 この文字体系が解読できた理由はいくつもあるが、特に重要なものはおよそ次の3点に集約できる。

・対訳文献の発見
・固有名詞の分析
・コプト語との照合

 私見だがこの1つでも欠けていたら聖刻文字エジプト語は未だに読めないままだった可能性さえある。
 どれも重要なので解説しよう。

 また、当然ながらヒエログリフの解読は一朝一夕に成されたわけではなく、段階的な資料と知識の蓄積があるが、最も大きな貢献を行ったのはフランスのエジプト学者シャンポリオンである(1822年)。


石板のメッセージ

 第一の鍵は対訳碑文の発見となる。

 1799年、エジプト・ロゼッタの地で1つの石板が発見された。
 前196年、時の王であったプトレマイオス5世が出した勅令を刻んだ碑文で、ロゼッタストーンの愛称で知られる1枚である。

 ヒエログリフの存在自体はそれ以前から広く知られていた。
 しかしこの石碑には従前のものとは異なる特筆すべき性質があった。

 ヒエログリフ表記エジプト語、デモティック表記エジプト語、ギリシャ語(ギリシャ文字)でほぼ同一の内容が記されていたのである。
 (もちろん発見時点では未解読で、具体的な内容などは後に判明した)。

ロゼッタストーン (PDM)
上から順にヒエログリフエジプト語、デモティックエジプト語、ギリシャ文字ギリシャ語でほぼ同じ内容が記されている。
厳密には完全な対応になっていない箇所もあるが、大筋では対訳文献といえる内容だった。ヒエログリフの箇所は欠損が大きい。

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 単純な話だが、未知の文字や言語を読み解くに際しては「書いてある内容がわからない」ことが最初の大きな壁になる。
 文章が刻まれた物品、出土場所、歴史・文化的知識などからジャンルを割り出す作業も重要だが、それらにはおのずと限界がある。

 しかしこのような複数言語併用文献――いわば対訳文献があれば、そのひとつから大まかな内容を把握し、それを解読の手がかりにできるのである。
 ロゼッタストーンの場合は既知の言語の古代ギリシャ語でもほぼ同じ内容が併記されていたことが特に理想的だった。
 ギリシャ語部分は早くも1803年にはほぼ解析が完了し、それがデモティックやヒエログリフ分析の礎となった。

 加えて完全な対訳ではないが、ヒエログリフの少し後にピライ島のイーシス神殿からも同じような対訳碑文が発見されたことも大きい(後述)。

 こうした対訳文献が未知の文字/言語の解読・理解に繋がった例は数多い
 この事実は極めて重要なのでよく覚えておいてほしい。
 他にもレートー神殿のギリシャ語・リュキア語・アラム語併用碑文によるリュキア語の解読の例などが挙げられる。

 後年、ロゼッタストーンは転じて「未知の知識を理解するための鍵」全般を指すようにもなったが、そこにはこうした歴史的背景があったのである。

 ヒエログリフに関する知識についてはアニマの放送も参照してほしい。


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