満たされてない人が、批判や議論をする

書き散らし回。「明日は我が身」と、自分への戒めを込めて書きます。

「適切な批判は発展につながる」というのは正論であります。「クレームはなく貴重な意見」というのも素晴らしい考えです。

でも、正論が必ずしも現実に即しているかというとそんなことはなく。

適切な批判をするようなまともな感覚を持っている人、経済的精神的に自立している人は他人をいちいち批判しません。メリットもないし自分が被害を被る可能性が高いので。なので適切な批判などというのはほとんどなくオッサンの自慰行為です。プロ野球の批判を偉そうにしているオッサンを見ても分かるでしょう。球団がオッサンの意見を聞いて参考になることなんてありません。

仕事でもないのに批判や議論をすることにメリットはないのです。そんなことをしても自分の人生にプラスになることはありません。では、ツイッターの引用リツイートやヤフーニュースのコメント欄でせっせと世の中を成敗して正義を振るっている人たちは何をしたいのでしょうか。理由は主に二つ

・承認欲求
・孤独

です。この二つは誰にでもあるものですし、SNSでそれを満たそうとすること自体は問題はありません。承認欲求を満たそうと自分の頑張ったことをSNSでアピールしたり、孤独を満たそうと好きな趣味を発信していろんな人とつながるのは健全です。

問題は「他人を批判したり、議論を吹っ掛けることで承認欲求や孤独を満たそうとすること」です。

厳しいことを言えば、現実で相手にされてないからSNSで批判したり議論するのです。

若い子にもいますが、だいたいはオッサンです。

若い子と違うのはオッサンはプライドが肥大化しています。それなりに生きてきた自分の人生が間違っていないと信じたいのでプライドが大きくなっています。普通に自分の趣味や好きなことを語るだけでは満たされません。プライドの高い人は批判されることを極端に恐れているので、「批判されたくない、だからこっちから批判してやろう」というマインドです。

オッサンは批判されることを恐れるがゆえに批判します。必ず勝てそうなあきらかに間違っていて叩いてもいい存在を見つけてボコボコにします。そうすれば自分が批判されることはないので。

高いプライドを傷つけることなく承認欲求と孤独を満たそうとすると、彼らは引用リツイートやコメントで誰かを批判したり議論で打ち負かすしか方法がないのです。彼らなりのコミュニケーションです。迷惑極まりないですが。

地道に努力して結果を出して称賛を受けたり、思いやりを持ったかかわりで充実した人間関係を構築することができる人は、SNSで批判や議論をしません。というかする必要がない、むしろする方がマイナスです。

ネットでもリアルでも議論や批判をしたがる人はいますが、承認欲求と孤独を満たそうと必死なんです。できるのは憐れんで、ただ離れるのみ。他人が救えるものではありません。

今後、自分が誰かを批判したり議論を吹っ掛けるようになったらこの言葉を思い出そうと思います。

「満たされてない人が、批判や議論をする」

2024/7/6 アンディ

誤解なきように繰り返し書きます。承認欲求と孤独は悪いものではありません

承認欲求が努力するモチベーションになることはありますし、孤独があるからこそ、人間はそれを満たそうと他人と関わろうとするのです。

ダメなのは承認欲求と孤独を批判と議論で満たそうとする行為です。

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