映画「Perfect Days」
二時間十五分の間、静かに、役所広司さん演じる主人公と一緒に生活をした。
そんな映画でした。
中盤くらいまで、ほとんど役所さんの声を聴くことがないほど、会話の少ない映画です。
ほぼ何事も起こらない日々の暮らしが淡々と映し出され、過去に起こったであろうできごとについても、何も説明がなく、本の行間を読むように映像を観る行為でした。
映画を見終わったとき、自分にも周りにもやさしく、心が軽くなっている自分を発見できたのは、この一緒に生活した感覚のなせる技ではないかと思います。
決して裕福ではない暮らしに、こんな幸せがあるのだという事実に、なんだか勇気づけられるのです。
それと同時に、どんな人の人生にも、涙を流さずにはいられない、癒えることのない深い傷を心に遺す経験があるのだという当たり前のことにも、思い至ります。
言葉が少ないからこそ、登場する数少ない言葉の重みがちがいます。じんわりと心に染みこんで、ずっと底に溜まっている感じがします。
主人公の平山が姪に繰り返すこの言葉。
繰り返すうちに、表面的な意味ではなく、それが生きる上でどういう示唆を含んでいるのかをやっと理解できるようになります。
でも、繰り返していないと、その本質を容易に忘れがちです。
ときどき胸の奥でつぶやいてみようと思います。
圧巻は、ラストシーンです。
カセットテープから流れる、Nina Simoneが歌う"Feeling Good"を聴きながら、今日も軽トラを走らせてトイレ掃除に向かう主人公。
この映画は、この四行に凝縮されているように思います。
毎朝、アパートを出る時に空を見上げてかすかに口角を上げて微笑む主人公の心情を、そのまま表現していることに気づきます。
この時の役所広司さんの表情が秀逸なのです。
それまで映画で描かれていたすべてのできごとを、あるいは、平山さんのそれまでの人生の全てを、かすかに泣き笑いに顔をゆがめるその表情だけで、もう一度再現してくれているように感じました。
私はそこに幸せを読み取りました。
いろいろあっても、
いや、いろいろあるから、
人生はすばらしい。
やっぱり、生きてみるもんだ。
この映画の趣を一層深めているのは、音楽です。いづれも古い曲ばかりがカセットテープから流れてきて、思わず聞き返したくなります。かかった曲、登場した本などがすべて公式サイトに紹介されています。
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