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短編「常連」

 家から徒歩三分の所にある、僕たち夫婦のお気に入りのカレー屋では、何か爬虫類を飼っているらしい。緑が生い茂った小さな水槽が二つあり、どこに爬虫類が潜んでいるのかはわからないが、時折鳴き声のようなものがしたり、常連客がのぞき込んだりしている。いつだったか、店員が水槽を開けてエサか何かをやっているらしい場面も見たので間違いないのだが、その秘密は明かされないままだ。そんなことを妻と話していると、すぐに頼んだものが運ばれてくる。
「ビアチキンカレー、Lサイズですね」
「あ、はい」
「こちらは、サラサラチキンカレーですね」
「はーい」
 写真、写真と、妻が節をつけて言いながらスマートフォンをカレーに向ける。その間にスプーンを用意するのが夫としての務めの一つだ。
「ん~おいしいね」
「だね」
 一口交換ね等と言いながら、ここのカレーを食べる頻度の上がり方を考える。近所に引っ越してきてから半年後に見つけたこの店に通いはじめてから、最初は一~二か月に一回だったのが月に一回、二~三週間に一回ときて、この二ヶ月程はほとんど週一~二回で通っている。ピリッと効いたスパイスの風味に交じって何とも言えないさわやかな苦みが口中に広がり、なんだか中毒性があるのだ。
「おいしかったね~。今日はあの店員さん、ちょっとだけ会釈してくれたよね?ようやく常連さんの域に入ってきたかな?あ、夫くんはそういうの嫌なタイプか~まあでもあの店員さんもそういうの嫌なタイプそうだからきっと大丈夫。ね」
 妻は人のちょっとした反応から色々な情報をすくいとる。以前、そういうのにはコツがあるのか聞くと、「だって夫くんのことが大好きだから」なんて言っていたが、誰と一緒にいてもそうなのだからすごい。
「結局いつもビアチキンかサラサラチキンにしちゃうから、次はマトンキーマにする。次注文するとき、絶対マトンキーマにしろって言って」
 常連客として認識されるのも悪くないかもしれない。妻が嬉しそうに言葉を紡ぐ徒歩三分を、さらに好きになれるかもしれない。

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