藤井風日本武道館ライブ『Fujii Kaze “NAN-NAN SHOW 2020 ” HELP EVER HURT NEVER』@ 日本武道館を観て
昨夜は新曲も聴かずに寝た。聴くと眠れなくなるのは確実だったから。いま「へでもねーよ」を聴いてやっと泣いている。キックやパンチをかましてくる“あんた”は自分自身の弱さでもある。そう、生きるとは「へでもねーよ」で乗り越えていくことばかりだ。こんなタイトルで涙腺崩壊って何なんw
セトリなんてどうでもいい。誰かがメモってupするだろうから。そんなことより目の前の音と映像に集中したい。普段は手の温度が高く温かい指先なのだが、緊張で指先が冷たくなっていた。これではまるで自分がステージに上がる直前と同じ状態だ。配信ライブを観るだけなのに、これだけ緊張するとは。やはり藤井風には他とは違う“何か”があるのだ。
スタインウェイ(象牙か新素材(アイボブラスト)の鍵盤にも見えた)のコンサートグランドが一台。「アダルトちびまる子さん」で幕を開けたステージは、やはり“白”かった。
場数を踏んできた藤井風と言えども、さすがにこの公演には緊張していたのだろうか。歌い出しの声帯の引っかかりと、ファルセットへの切り替えが辛そうなのが少し気になった。ボイストレーナが付いていて、のどのケアはきちんとしているだろうが、声帯が成熟するのはこれからなので大事にしてほしい。
藤井風の醍醐味である”ピアノ弾き語り”が存分に味わえる1部は、控えめな演出。個人的には彼を知るきっかけとなった「丸の内サディスティック」が聴けたのがうれしかった。「特にない」では、指パッチンと手拍子のタイミングを促す際の「じょうず!」にやられた。まるで歌のおにいさん“かぜ先生“ではないか。決して饒舌ではないのも、いつも通り。誠実で温かい彼の人柄がうかがえる”方言丸出しトーク”に、ガッツリ心を掴まれた。
15分の換気タイムを前に退場する際、ステージを降りて観客の目の前を歩いていくのには驚いた。近い。その昔、QUEENが来日武道館公演を行った際、メンバーを観たファンが次々に卒倒したという。藤井風の武道館公演では卒倒したファンがはいなかっただろうか。心配になった。
2部はガラリと雰囲気を変えてバンド編成。「何なんw」を引っ提げてハンドマイクで登場だ。ステップを踏んだり、お茶目につまずいてみせたり。ブルージなメロディー、ファンクのグルーヴ感と3連の跳ねるリズム、次々と淀みなく転調し続けるジャジーなコード進行。そして藤井風が飢えた猛獣のように、スタインウェイにむしゃぶりついて奏でるピアノソロ。渋公ライブ映像を観て以来、惹き付けられて止まないこのデビュー曲には、藤井風の全てが凝縮されている。
「キリがないから」では少々古い映画「マトリックス」を思わせるような演出。どこか懐かしく近未来感がある映像をバックに、ヒロム氏とのダンスも披露した。長い手足をくねらせる様子は、練習しただけあってなかなかさまになっている。途中MVにも出演していたフクロウが画面上に登場、武道館ではタイミング良く羽ばたいていった。
「死ぬのがいいわ」はいきなりピアノソロで始まった。最初は何の曲かわからなかったが、ここで藤井風の卓越したピアノテクニックを目の当たりにすることになる。転がるように速いパッセージを弾いても、まったく崩れることのないうねるグルーヴ感。こんなフレーズはクラシックピアノを学んだだけでは絶対に難しい。体に染み込むレベルで、ジャズピアノの素養がなければ弾きこなせないはず。しかもアドリブで弾いているようにも感じられた。昭和の場末のスナックのような赤い灯りと妖しい陰。
退廃、かつ官能的な雰囲気から自然な流れで「へでもねーよ」。ディストーションで歪んだエレキギターのリフと、ドラムンベースのようなリズムが印象的。これまでの藤井風にないスタイルを投入してきた感がある。インドの王宮で踊りたくなるようなゴージャスなグルーヴ感は、ガガ様と渡辺直美さんにMVご参加いただきたいぐらいだ。もちろん藤井風はマハラジャパレスの王様。女官から男娼までもが、美しく若き王の愛と権勢を巡って争う。酒池肉林の世界が繰り広げられる世界を想像してしまった。
4度、7度の音を抜いた“ヨナ抜き音階”を使ったペンタトニックスケールのメロディーは、東洋の香りを色濃くする。「へでもねーよ」のフレーズの音節・リズムの良さは言うまでもない。
タイトでアグレッシヴなAメロとは打って変わり、Bメロはいつも他の楽曲でみられる“天に召されるような”美しい転調。正反対、新世界、ずっといたい、もう限界、ちょうだい…。無問題(モウマンタイ)という中国語を乗せてきたところ、きちんと韻を踏んでいて言葉遊びのセンスを感じる。藤井風はきっと、言葉自体を音として捉えているに違いない。だからこそ、こういう歌詞が乗せられるのだろう。それにはもちろん、豊かな語彙力あってこそだ。
結びの「確かなものにしがみついていたい」は、変わらないものなんてない刹那の反対に位置する言葉。このフレーズが藤井風から出ているという事実にドキリとする。バックには流れ落ちる歪んだフォント。耽美主義の谷崎が好みだという山田監督の本領発揮といったところだった。
「青春病」はうって変わってさわやかなシティポップ調。何となく90年代の洋楽を思わせるお洒落なサウンドだが、詞の世界は紛れもなく藤井風。形として残らない音を追い続けているからだろうか“一瞬のきらめき”や“はかなさ“に敏感なのだろう。この曲にもそういったフレーズが数多く出てくる。人生で一番美しく輝いているとされる青春を、あえて「土留め(どどめ)色」と歌ってしまうところはさすが。「さよならべいべ」と同じく軽音バンドなどでも好んで演奏されそうだ。
「帰ろう」では白い羽が頭上から舞い降りてきた。最初は配信画面だけに見える映像かと思っていたが、ついにはピアノを奏でる藤井風の髪や肩にも降り積もる。実際に羽が振ってくるという粋な演出に、武道館にいた観客はさぞ驚いたことだろう。
白い羽に囲まれる藤井風は、いつもにも増して神々しく温かい光に満ちあふれている。ピアノを弾き歌う姿は、音楽の神に愛された天使そのものにしか見えなかった。ああ、わたしは一体いつまでこの青年に心を揺さぶられ続けるのだろう。
photo by 岸田哲平
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