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(クィアなフェミニストが選んだ)寝る前におすすめの5冊

寝る前に読む本を選ぶのは難しい。

ぐんぐん物語が進んで、一気読みしたくなる本に寝る前に出会ってしまうと、次の日睡眠不足でぼんやりした頭で過ごすことになる。だから推理小説は不向き。

戦闘や演奏の描写が充実してると、夢の中でも音がうるさい。だから戦争物や音楽関係のもパス。

残酷だったりホラーだったりは興奮して寝つきが悪くなる。あと夢見も悪そう。だからクライムサスペンスや怪談もなし。

ノンフィクションも内容が濃いほど脳みそへの負荷も大きい。一度起動した脳をシャットダウンするには時間がかかる。だから社会派のとかは別の機会に。

と消去法で絞ると、寝る前に読むのは話の区切りがわかりやすくて、超ビビットな描写がなく、心がざわざわしすぎないものになる。短編集とかエッセイとか。

そんなニッチな条件を満たす女性作家の小説で、日本語の翻訳が出ているものを5つ。あえて「女性」作家しばりなのは、最近私が積極的にフェミニストを名乗るようになった記念と、単純にこの条件だと選択肢を狭められて選びやすくなるから。(将来はこの括りでも、もっと選びにくくなるといいな。)

一冊目。『くまちゃん』(角田光代)

文庫本の裏では「ふられ」小説と紹介されている。確かにこの連作短編集で、ある作品で主人公をふった相手は次の話の主人公としてふられている。(異性愛が前提の作品ばかりなのは時代でしょうか。)

恋愛のふったふられたっていうのが特殊だな~と思うのは、「ここで私たちのこれまでの関係性は打ち切り」っていうのをはっきりさせることだと思う。人間関係全般で言えば、一時期はすごくタイミングも気も合って仲良くしていたけれど、気づけば疎遠になっていたっていう関係性の方が多いと思う。それが友達であれ家族であれ。でも恋愛関係だとそういう自然消滅より、終止符をはっきり打つ、しかもどっちが言い出したか、っていうことがフォーカスされる傾向にあると思う。(もちろん絶交するって決めて終わる友情や、絶縁宣言する家族もあるけれど。)そんなことを考えながら読んだ。

この作品で型になっている「男女間で、精神的・肉体的に惹かれる感情を互いに持ち、かつどちらが終わらせようと申し出たかはっきりしている」人間関係にあんまりなじみのない私は、共感するというより自分の知らない世界をのぞいているような気分で読むことが多かった。

そんな中で「光の子」はその型からちょっと外れる、男女間でもはっきりふられるわけでもない、でもたしかに特別な人間関係の話で、私はこういう話の方に親しみを覚えるなぁと思った。

二冊目。『停電の夜に』(ジュンパ・ラヒリ)

確か新聞で角田光代さんが紹介していて、この作家さんを知った。

ジュンパ・ラヒリさんはロンドン生まれアメリカ育ちのベンガル人、と紹介されている。

この短編集に出てくる人たちも、南アジアと欧米の文化が重なったところにいる。その中で作者と経歴の似た登場人物は案外少ない。物語の語り手はずっとインドでタクシー運転手をしているおじさんや、妻のいるインド系男性と付き合う22歳の女性など色々だ。

南アジアは私にとって知っているようでたぶんほとんど何も知らない場所だ。友人の多くがかの地で育ったり、ルーツがあったりするので全く知らない文化圏というわけではないけれど、実際にその地を踏みしめたことはないのだから、きっと知らないことだらけだ。一方的に親しみを感じているけれど、勘違いしていることも多いだろう。

そんな中途半端な知識しかない私でも、食べたことのない料理や知らない習慣の描写が散りばめられたこの作品はすんなりと読めた。あまりに自然に情景が浮かぶので、それが作者の筆力の賜物であることにすら最初は気づかなかったくらいだ。

日本語版の表題作の「停電の夜に」は初めて読んだとき、映画を一本観た時のような余韻が残って驚いた。自分たちにはどうしようもない巡り合わせで心の距離が開いてしまったインド系夫婦が、停電した夜にろうそくの下でこれまで互いに秘密にしていたことを毎晩一つずつ打ち明けてゆく。その暗がりでぼんやりとしか見えない二人の表情まで目に浮かぶほど素敵な作品だった。

三冊目。『フィフティ・ピープル』(チョン・セラン)

最近は街の本屋さんでも普通に見かけるようになった韓国文学からも一冊。

韓国の文化や言い回しに慣れていなくても注が丁寧に付けてあるし、「訳者あとがき」では社会情勢の解説も詳しいので、置いてきぼりにならずに読める。

一話が短めで本当にさらっと読める。総合病院に出入りする50人くらいの人達が、代わる代わる語っていく。さっき主人公だったあの人が、こっちの話でもちらっと出てくる、という面白さもある。年齢も性別も職業も出身地も様々な語り手の、自分と似ていたり全然違ったりする視点。これを一人の書き手が生み出したのだと思い出すとはっとする。誰もが覚えのある場面や感情があると思う。

どれも短い話だけれど、主人公にとって何かが変わる場面を切り取っていて印象的だ。病院が舞台なのでお医者さんと看護師さんと患者さんはもちろん、治験バイトに励む大学生や友だちの妊娠中絶手術に付き添うコンドームマニアなど人選は幅広い。

そんな中で一人だけ紹介するならクォン・ナウンをあげたい。彼女の話は決して明るいものではないけれど、私は読んで救われた気持ちがした。ああ、こういう気持ちでいるのは自分だけじゃないんだって。登場人物に共感することだけが小説の楽しみではないけれど、自分と似た人を見つけられる喜びって確かにあるな。

最初と最後の話は、そのまま順番通りに読んだ方がいいと思う。でも他の話は気になった人の話から読んでいってもいいかも。


四冊目。『完璧じゃない、あたしたち』(王谷晶)

この作家さんを知ったのはcakesの連載から。そちらも書籍化されていて読むと堂々とした気分になれる。こちらは女と女の色んな関係性を中心に、ホラーやファンタジー要素のあるお話や脚本スタイルの物などジャンルは様々。(でも寝られなくなるほど強烈に怖いのはないと思う。)

この本を読んでいて、女の人の生活やライフパスの描写って、フィクションでもノンフィクションでもかなり限られていたんだなぁと感じた。ここに出てくる女の人達の仕事や趣味や性的指向や容姿などって現実にも必ずいるのになかなか題材にならないよなぁ、と。なったとしてもセンセーショナルに取り上げられたり、「ふつう」と違う特徴だとそこが話の中心になったり。

沢山お酒を飲んで吐いたり、お風呂に入るのが面倒だったり、特に悩みも目的もなくぼーっとしたりっていうのも確かに女の人の生活の一部なのに。そういえば今まで言及されているのを他の作品ではあんまりみないなーと。

後は作中の音楽やメイクや舞台になる場所になじみがあると情景を想像しやすいと思う。 

でも レディ・ガガのBorn This Way とテレサ・テンの「愛人」が一行に一緒出てきて、瞬時に両方脳内で再生される人ってどのくらいいるんだろう?

五冊目。『わたしに無害なひと』(チェ・ウニョン)

今読んでる一冊。タイトルにどきりとして、妙に気になって思わず手に取った。

一つの話が長めだし、私は思い当たる節のある場面が多かったので、物語を味わう時間と心の余裕があるなら寝る前に読めると思った。全編読みきったら改めて感想を書こうと思う。

本当にこの5冊でいいのかな。

こうして記録をつけるために全ての本にもう一度目を通した。そしたら最初に想像していたほど、寝る前に読むのに合った本ではない気がしてきた。私の中に確かに一度はあったのに言葉にして説明したり、名前をつけて記憶する前に遠くへ行ってしまった気持ちを思い起こさせる話がどの本にもあった。本の語り手の声をきっかけに、自分の記憶の輪郭がはっきりするような感覚。輪郭がはっきりした分、取りこぼしたものもあるような。

これを読んだ後に見る夢には、高校の時それほど仲の良かったわけでもないクラスメイトとか、自分が覚えているとも思わなかった誰かとの会話とかが断片的に出てきそうだ。そういう夢を見るのもいいのかもしれない。

というか、寝る前に読んだ本のせいで夢の音響が変わったり、内容が明らかに影響されるのは私だけなのかな。

私にとって寝る前に読むのにぴったりの5冊は、寝つきやすさとその後の夢見を基準に選んだ5冊だったはずなのに、結局この5冊でも夜更かししてしまいそうだ。




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