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【創作ショート・ショート02】猫が来る日

 その猫が来るのは、きまって晴れた日の午前7時半ごろだった。その猫は、白と黒のまだら模様をした大きい体をしていて、ちょうど牛のように見える。牛のような猫は、僕の自宅の窓から見える位置――となりの家の屋根のはしの方――で丸くなり、日が高くのぼるまでの時間そこで過ごしていた。
 猫がどこから来て、どこへ帰るのかは、全く分からなかった。

 不思議なことに、猫の来る日はたいてい晴れになるのだった。天気予報で晴れ時々雨と報じられていても、猫の来る日は好天気が続いた。
「猫って天気が分かるのかな」
なにげなく姉に尋ねると、ヨーグルトにブルーベリーソースをかけていた姉は心ここにあらずといった様子で「そうかもね」と気のない返事を寄こした。

「明日は晴れてほしいんだけど」
明日は、体育祭だ。僕は400メートルリレーのアンカーを任されている。普段目立たない僕が、ようやくいいところを見せられる貴重な日だ。
 同じクラスの吉田さんとは、まだあまり話したことがないけど、もし僕がアンカーの役目を立派に終えれば話すきっかけが見つかるかも、なんて淡い期待もある。
「それと猫とどういう関係があるのよ」
やっぱり話を聞いていなかったらしい姉が横から言うのが聞こえる。

 しかし、肝心の次の日、猫は来なかった。案の定、その日の天気は昼から急に悪くなり、12時を過ぎたころには本降りの雨が降り始めた。一応体操服に着替えて教室の窓の外の様子をうかがっていた僕は、ため息をついた。やっぱりなぁ、今日はあの猫が来なかったからなぁ。
 テニス部に入っていてスポーツが好きらしい吉田さんも、体育祭中断のお知らせにうかない表情を浮かべていた。

 ゲン担ぎで今日は傘を持って出なかった僕は、雨に濡れながら家に帰ることになった。本当に今日はなんて日だ。
 シャッターを半分閉じている新聞屋を曲がったところで、僕は驚いて立ち止まった。あの猫――牛のような柄をした大柄の猫――がゆっくり歩いているではないか。
「お、おまえ、」
僕は慌てて、猫の方へと向かった。
「なんで今日来なかったんだよ」
そう言うと、さも迷惑そうな表情をしてこちらを見上げる。
「おかげでこんな雨だし」
吉田さんとは今日も話せなかった、と言おうとしてやめた。そんなこと、この猫に言っても仕方がない。
 大きなため息をつくと、なぜか猫が僕の顔をじっと見つめて、ニヤリと笑った。笑った、ような気がした。

「オレオ!」
そのとき、聞こえるはずのない声がして僕はビクンと飛び跳ねた。
「あれ?中川くん?」
吉田さんがビニール傘を手に、そこに立っていた。
「いや、その、この猫が」
吉田さんも学校帰りなのだろう、制服のままだった。
「オレオのこと知ってるの…?」
牛のような猫は、人――いや猫がかわったように甘えたような声を出して吉田さんにすり寄っていく。
「おいでオレオ」
吉田さんの両手に抱かれると、腹が立つほど満足そうな声で鳴いた。
「うちの猫なの。名前はオレオ。いつも晴れの日しか散歩させてないんだけど、今日はたまたま勝手に出て行っちゃったみたいで……それで探しに来たの」
早口でそう言って、吉田さんははにかんだ。
「中川くんは、猫のこと好きなの?」
僕は何度も頷いた。それを見て、吉田さんが嬉しそうに笑った。何だか光が零れ落ちるみたいな笑顔だ。

「……今日の体育祭、残念だったね」
「…うん」
僕たちの間で、またオレオが鳴いた。雨がやんで、空が明るくなってきた。

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