見出し画像

二人の冷蔵庫

 食事に対する執着と、性愛に対する執着は比例するというが、それは真実だと思う。食が細いわりに食べ物へのこだわりが強かった元恋人は、やはり性愛の場面でも頑固で、たびたびあたしを苛つかせた。

 現在のパートナーはおおらかな大食漢で、やはり楽しそうに幸福そうにあたしを抱く。あたしたちは、あいまに昼寝を挟みながら何時間も行為に没頭してお互いを味わいつくす。むさぼるというのではなく、ほんとうに互いの味を確認するように。
 料理上手な彼に抱かれるとき、何だかあたしは捌かれる魚やこねられるパンにでもなった気分だ。

 自炊を日課にしていると、必然的に冷蔵庫の中身も増える。パートナーの場合、食事の量も多いので、中身はよりいっそう充実する。
 しかし、そのことが仇となって、長年稼働してきた彼の冷蔵庫は突然業務を放棄した。しばらく前から冷蔵庫から異音がしており、あたしたちは二人ともそれがまさか断末魔だったとは思わなかった。

 残された食材を生暖かくなった冷蔵庫の中から取り出し、いったんベランダに避難させて(家の中ではベランダが一番冷える場所だった)、彼は新しい相棒を求めて量販店へと出かけた。

 キッチンは専ら彼の領分なので、あたしは静観していることにした。一日かけて電気屋を何軒かまわり、価格や性能を比較し、彼は一台の冷蔵庫にきめた。
 それは、有名メーカーの冷蔵庫でも高性能の冷蔵庫でもなく、シンプルな大容量の冷蔵庫だった。お釈迦になった先代の冷蔵庫よりも2倍ほど食材が収納できるらしい。

「冷凍庫は小さいかもしれないけど、うちには別の冷凍庫があるからね」
彼はうきうきした様子で、あたしにそう報告した。
「いっぱい入る冷蔵庫だよ」
それは、二人分の食材が十分入ることを意味する。新しい冷蔵庫は白くて、ぴかぴかしていて、とても綺麗だ。

「東京まで運んでくるのはきっと大変ね」
「まぁ何とかなるよ」
来年には都内で二人暮らしが始まる。大きな白い冷蔵庫はたしかに、あたしたち二人の幸福な日々の証人なのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?