自己肯定感が低いことに悩んでいるのなら読んでみて
こんにちは!大高です。
今日はザーザー降り。湿気で気が狂いそうです!
さて、今日はみんな大好き自己肯定感の話。
私は人生の長い間ぜんぜん上手いこと行かなくて、最近巻き返しにかかっているところなのですが。
うまく行かなかったときの理由として、自己肯定感の低さがあげられる…と、”思っていました”。
以前WordPressでブログ開設していたときの記事と同じ内容も出てくるので、もしかしたら部分的に見たことあるなって思うかも知れないけどお付き合いください。
特に、自己肯定感の低さに悩んでいて、そろそろそこから脱却して幸せをつかみ取りたい!と思ってるなら読んで見てほしい!
読み終わったときに今との考えの変化が起きて、少し自分のことやこれまでの環境に対して寛容な気持ちになれていますように。
その少しの変化が、大きな変化の呼び水になるから。
自己肯定感、高い?低い?
自己肯定感を高めましょう。
あたかも必要で大切なことなように語られていますが、そもそも論点はそこか?と思っている。
自己肯定感自体ではなく、なぜそこに悩むのか、それが解消されたらどうなるはずだと思ってしんどいのかに焦点を当てていたいのだ。
ちなみに今の私は、自己肯定感高くないとダメ!とか、上げてかないと!という感じではなく、そんなものを意識せずに過ごせたらいいよね、と今は感じている。
以前の職場に、対極な性格を持つふたりがいた。中田くんと、坂井くんとしよう。
中田くんは、仕事がうまく行かないことにいつも悩んでいた。かわいがっていたので、よく相談にも乗った。
仕事が関係ないところなら気弱で猥談の好きな変態紳士である。
「あみさん、またミスしてしまいました」「先週と同じことで怒られました」「なんでうまくできないんだろう」事務である私に書類を持ってくる時にぽろりとこぼすのだけど、席を立ってこちらに歩いてくる姿があまりにも猫背でいかにも元気がないのがわかる。
先輩として、防げるミスは防いでほしいとは思うけれど、仲のいい一人の人間としては落ち込まないで楽しく過ごして欲しいとも思った。
一方坂井くんは、明るくハツラツとした性格で、ちょっとだけ主張が強い。
「俺がバイトリーダーだった時はァ!」と言う人間を生で始めて見たので、2ちゃんねるで槍玉にあげられていたキャラが実在した!という感動があった。
坂井くんは、「大高さん!今日は電話取れました!」と、倉庫のいちばん向こうから小走りで近づいてきて小さなことも嬉しそうに報告してくれた。
その時まだ私はコーチングを始める前だった。
だから傾聴も勇気づけも心理学も知らなかったけれど、他の社員が言う「中田は自己肯定感が低すぎる」「坂井は自己肯定感が高すぎる」にある日ふと疑問を持った。
本当に、そうだろうか?
「私はできない」は、どこからやってくるか
私は、なぜ二人はそんなに違う考え方なのか、その二人の考え方はどこから来ているものなのか考えた。(当時のノートが残っている)
そこで出たのは、一見自己肯定感が低そうに見える/聞こえる中田くんのほうが実は、自己肯定感が高いのではないか。
坂井くんのほうが自己肯定感が低いのではないか。
という仮説だった。
なぜなら。
自分の中で「これくらいは出来る」と思うからそこに届かないときに落ち込むのだ。
「自分にできるかな」と思うことが成し遂げられたから、喜ぶのだと思ったから。
ということは、中田くんは潜在意識で「自分はうまく仕事ができる」という前提があるからこそ落ち込むのだし、
坂井くんは「電話を取ることすら難しい」と捉えているから電話を取ったことに喜べるのではないか。
反応は中田くんがネガティブで坂井くんはポジティブに見えるが、前提は真逆。
中田くんは「自分はできる」・坂井くんは「自分はできない」がベースにあると気がついた。
そう考えると、今までの私もそうだったかもしれないなとも思った。
私が自分を認められた時と、だめだと思った時
唐突だけど、私はゲームが好きだ。ハード機は問わずなんでも好きだけど、キャラクターはマリオシリーズを愛している(特にゲッソー、ジュゲム、テレサ…あ、パックンフラワーも…ワンワンも…とにかくすき!!)。
高校2年生の時、文化祭のクラスTシャツのデザイン選考に思い切って手を挙げた。ドット絵のマリオのデザインにして、すごく評判が良かった。
その時は、あまりグイグイ前に出るタイプではなかったのでもしかしたら拒否されるかもと思って手を挙げた。
持ってきた案はあらかじめ印刷してあったので、ゆっくり前に進み出て、A4サイズのコピー用紙を恐る恐る前の黒板に貼った。
振り返るのが怖かった。
教卓に手をついて体を支えた。
拒否された時にショックな反応を出したら傷ついたことが知られて恥ずかしいから、ヘラヘラする準備をしていた。
でもみんなが喜んでくれて、あれ、私、イケるやんと嬉しくなった。
その次の年、また巡りくる文化祭。
今度もイケるっしょと思って堂々と印刷してきた紙を貼った。
だけど、友達のデザインが選ばれた。
絶対私が選ばれる気になっていた。
やっぱり私にはこういうのは向いていないんだと思ったし、本当は嫌われてるから選ばれなかったんだと解釈した。
だって、私のデザインのほうが良かった(と思っていた)。なのに選ばれないのは、私が嫌われているんだ、と。
若かったし少し短絡的だとは思うけれど、中田くんと坂井くんのような両極端を二年間で経験した。
自己肯定感は高くないといけないか?
もちろん、自分を好きでいられることは素晴らしい。
実際、昔よりずいぶんと自分のことを好きになれたことによって、生きやすさという点ではかなり改善した。
だけど、必ずしもそうでないといけないとは思わないし、むしろ、そうでないといけないのだと思って落ち込むことの価値は感じない。
自分が好きじゃない、このままでいいと思えない、というのは裏を返せば、自分を肯定したいから生まれる悩みだ。
それは中田くん的に言えば、「自分はできる」のに「結果や評価が伴わない」ことによるもの。
そう考えれば、自己肯定感を高めたいと悩める人は根っこの軸の部分で、自分を信じたり愛したりする力があるのかもしれない。
それって素晴らしいことだ。
だから、そう悩める自分は案外自己肯定感が高いのかも、と思って少し気が楽になった。
自分を愛している。だけど自己肯定感は低い。矛盾しているようで、かなり両立するものなんだと思う。
私は私を愛しているのに、そうさせてもらえなかった。周りが、私が思うほど私を愛してくれなかった。
自己肯定感の低さとは、その苦しみに名前がついたものなのかもしれない。
そう考えれば、今自己肯定感が高くなくても問題はない。無理に高める必要もないのではないだろうか。
ただ静かに、こう悩める自分はまだ自分に諦めていないのだと、実感するだけでもいいのではないだろうか。
大切なのは
自分に諦めていないのだと気づけたら、そのあとが大切だ。
中途半端に諦めていないことにだけ気がついて変化は拒むと、理想と現実の乖離はこれまでより大きくなって下手したらもっと苦しいかもしれない。
対策はシンプル。
諦めたくないという根っこの声を聞いて、諦めずに済む選択肢を取ってみればいい。
私の場合は退職も独立も、単価を上げる行為だってそうだし、もっと言えばこうして文章や音声を発信することだってそうだ。
大きな一撃は癒やしの効果も大きいけど、それが怖い気持ちもわかるから少しずつ挑戦していくのだっていい。
身の回りで、現実世界で、思うように振る舞えないのなら、素直な姿に共感してくれる人を探しにワールドでワイドなウェブに飛び込めばいい。
自分の認識している本来の姿・愛している素の自分を認めて愛してくれる人は必ずいる。必ず、かならず。
その人に出会えて、愛のやり取りが出来るようになると、出会うための努力をした自分のことを胸を張って愛せるようになる。
それで、いいではないか。
それが本当に大切なことではないか。
名詞に引っ張られるな
名詞というものがつくのは、便利であり厄介でもある。
ニートという言葉が流行りだした時のニュース番組で専門家が「こうして名前がつくことで、その肩書が居場所になってしまうのは問題だ」と言っていた。
ニートというものの是非は置いておいて、まあ資本主義社会では働いて経済を回してくれるのが理想だから「ニートという(その人にとっては立派な)肩書」となってしまうことが問題視されたのだと思う。
近頃はHSPとかもそうだし、その仲間に自己肯定感の低さも入ると思う。
それらが悪いわけではないし、その特性に本気で悩んで辛い人もいるのは知ってる。私だって悩んでいなかったわけじゃない。
だけど、これは私の問題なのだけど、名詞がついたことによって私はそこに逃げてしまった。
なるほど私は自己肯定感が低いからこうなのだな。と、納得するための材料にしてしまったのだ。
名詞はただの入れ物だと思う。
みかんにみかんという名前があるのは毎回「あの冬にこたつで食べるイメージのあるオレンジ色の果物がさ…」というのは大変だから。
だから名前がある。
たくさんの情報を名詞という入れ物に入れることで、その入れ物の名前だけで文字数以上の情報を伝えられる。
だから、それに引っ張られてなにかを諦めたり、安心したり、怖がったり、不安になったりしないくていいのだ。
今、自己肯定感の低さに悩んでいる人へ
自分のことを思うように愛せないことに悩んでいるのはしんどいことだろう。辛いと思う。駄々っ子みたいに転がって泣きわめきたいよね。
お前のせいでこうなったんだと、言いたい相手の顔が浮かんでるかもしれないよね。
だけど茶化すわけじゃなく本気で私は、その悩み自体に神々しさすら感じるのだ。
本当に自分に諦めてしまったら出てこない苦しみを持っていることの、なんと素晴らしいことか。
素晴らしいけれど、悲しいかなずっとそこに居続けてもきっと答えはでない。
根性論は好きではない。けれど、今の苦しみから抜け出すには行動は必要になる。
私は、なれないものは思い描けないと思っている。現に自分が総理大臣になることは全く思い描けない。こんな女がなったらヤバい。
だけど、もっともっと自分を好きになれた未来や、そこまでじゃなくても少し自分のために行動して喜んでもらったりホッとできる未来は思い描ける。それは、わたしがそうなれるからに違いない。
諦めたくないのに、諦めたふりをしなくてもいい。
誰かに諦めろと言われたって、そんなやつの無責任にぶん投げた言葉を真正面から受け止めなくてもいい。
好きになりたいなら、好きになれるように動けばいい。
難しいのはわかってる。でも、シンプルなのもわかってもらえると思う。
そして、それにひとりで立ち向かうのが難しいときのために私がいる。
私はセッションでそこを大切にしてる。その人がその人らしくその人の思い描く幸せをギュッと握りしめる未来へ一緒に行く。
最初はうまくできなくても、できるようになっていく(しかも私なんかが思った想定よりもずっと高い)様を見せてもらい続けている。マジ最高~!かわいー!と心の中のフワちゃんが言っている。
自分しか自分を幸せにはできない。
堂々と愛してあげてほしい。自分への愛は誰にも奪えない。最強だ。
それがすぐできないことになんの問題もない。いずれできる。もともと根っこにある感情で、これから初めて仕入れる感情ではない。だからきっと思っている100倍簡単だ。
焦る必要もない。わくわくしながら良い方向に歩き始めればあとはイッツオートマティックだ。低い位置で宇多田ヒカルが歌ってくれる。
悩めるのは尊いことだよ、誰かの似た想いに寄り添ってあげられるからね。知れた自分でよかったって思えるようになれば、あなたはもう無敵なのさ。
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