雲には乗れるのか~直島一人旅~
23歳。社会人2年生の夏。初めて一人で飛行機に乗った。
行先は岡山。中学生の時、美術の資料集で見た風景に心を奪われて、いつか行こうと決めていた香川県の直島に行くために、まずは岡山に行く。
旅行は誰かと行くのが楽しいが、「旅」だったら絶対に一人のほうがいい。
だからこれは旅だ。
出発は金曜の夕方。お昼まで仕事をして、午後から有休を取って、それで空港に来た。
飛行機に乗るのは人生で3回目。一人で飛行機に乗るのは初めて。
「一人で飛行機に乗る」という個人的ビッグイベントに加えて、
「さっきまで仕事をしていたのに今私は旅に出ている」という事実が、私のテンションをこの上なくハイにさせる。
楽しい。もう楽しい。
岡山行きの飛行機は、離陸に向けて、滑走路へとゆっくり動き出す。
80代の祖母は、離陸の瞬間がたまらなく好きだという。
スピードを上げ、ふわりと浮き上がる機体、どんどんと遠ざかる街並みに
あぁ気持ちいい!なにもかもオサラバ!
と思うのだそうだ。
祖母が飛行機に乗ったことがあるというのも意外だったが、なにより祖母にもオサラバしたいなにもかもがあるんだなぁ、というのがしみじみと驚きである。
そりゃあ、あるか。
7月の夕方はまだまだ明るい。
東京の街となにもかもオサラバした機体は、あっという間に雲の上に出た。
今日は曇りだったから、眼下には一面の雲が広がる。
幼いころ、雲には乗れると思っていた。
幼いころ、雲には神様が住んでいると信じていた。
縁側でお絵かきをしながらふと空を見上げて
「いま、かみさまがこっちみた!」と思ったことだってある。
「神様は空の上からみんなのことをいつも見ている」って、なにか特定の宗教を熱心に信仰しているわけでなくとも、みんな一度は聞いたことがあるのではないだろうか。
雲は気体だ。つかめもしないし、当然上に乗ることもできない。
神様がいるかどうかは…わかんない。
雲の上に乗れると思っていた幼いころの自分が、そんな雲の正体を知るのは、ほんの数年後のこと。
だけど。
だけど。
雲の上に出ると、改めて思う。
「やっぱ、雲、乗れるんとちゃう?」
気体だっていうから、近くで見たらもっとこう、絶えずふよふよ動いているのかと思いきや、全然動かないし、なんかこう、すごい立体的だし、どこまでも広がってるし。
関東地方出身の両親から生まれ、関東で育った私からエセ関西弁が出ちゃうくらい、ちょっともう語彙が追い付かないくらい、信じがたい。
私にはこうして、違うと頭では分かっている上になんなら実証までしているのに、どうしても疑いながら生きている事象がいくつかある。
例えばエメラルドグリーンの海の水はしょっぱくなさそう、とか。
上がりっぱなしのテンションのまま、機内のラジオに耳を澄まし、頻繁に耳抜きをしながら過ごす。
今夜は岡山市内に泊まる。船で島に行くのは明日の朝だ。
海の見えない街で生まれ育った私。
「島」という言葉はなんとわくわくする響きなのだろう。
夏、飛行機、空、雲、島、船、海…
今回の旅のどのワードを切り取っても最高だ。大好きな言葉たちだ。
やっぱり「旅」は夏が似合う。
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