見出し画像

桜に魅了されるのは、儚い理想だから?

とうとう近くの桜も、終わりとなりました。
春になると、寒さや天候不順はよりしんどく感じるものですが、桜が少しでも長く咲いてくれることは嬉しいことであります。

近くの桜は、年々小さくなってきています。
剪定されていることはもちろんですが、もうかなりの年数を経た桜です。街路樹として植えられ、桜の並木道となっている所は、元気に根も張れないのでしょうか。排気ガス等にも晒され、以前より色も若干薄くなったように感じます。

桜も色々種類があるようで、これも桜なの!?と驚かされることもありますが、私は、枝垂れ桜が好きです。モコモコした花、濃い色合いに「うわぁ、綺麗だ。」と声が出てしまう程です。
こんな時、頭の中は違う世界に入っています。

桜を見ると何を想いますか?
お花見、スイーツ、旅、卒業・入学………

私は、だいたいタイムトリップしています。
平安貴族の宴の風景の中にいます。
美しい装束を纏った人々が、舞、唄い、蹴鞠などをして、笑い声の中、桜の花びらが舞い散るこの上なく平和で優美な世界。
こんな世界の中で生きられたらと想いを馳せつつ……いや、単なる現実逃避です。

現実逃避とはいえ、まさに「理想の世界」ではあるのです。
“平安絵巻”の様な、安全で清潔で美しい環境の中、各々好きなことをする。
踊る人、歌う人、奏でる人、読む人、描く人、体を動かす人、働きたい人、世話をしたい人、何もしたくない人、ただ見ていたい人…。
誰でもその場で、誰の邪魔をすることも、嫌がらせをすることも、批判をすることもない。好きなことを好きなだけして、生きとし生けるものが共存する社会。
こんな世界があったらいいな、と思いを馳せるのです。

ですから、満員電車に揺られている時、車窓から桜を見つけるのは至福のひと時でした。
目を瞑れば、自分もその世界の一員になれる。
ガタンといつにない振動に邪魔されると、目の前には人の背中。地下鉄では、不貞腐れた人相の自分と窓越しに目が合う。もう、ゾッとします。

どんなシチュエーションでも、桜を見上げる人の顔には微笑みがある。
優しい芽が宿っていると思わせてくれる、温もりのある言葉が交わされる。
どんなに荒んだ感情に振り回されても、声のトーンが穏やかになる自分もいる。

桜は、花が終われば葉桜と呼ばれる時を過ごして、普通の木になります。夏の盛りに求める木陰が、あの桜の木だと意識することもない程、普通の木に。
春にあれほど人を魅了したとは思えない位、普通になる。
だからこそ、わずか2週間位の、あの凄まじいまでの美しさに魅了されるのでしょうか。

これから先も、美しい日本の風景である桜が、ずっとずっと咲き続けてほしい。
そして、ずっと優美な世界へと現実逃避させて欲しい。いつか、それが現実となるように。
幼稚な夢物語、と冷たい視線が降り注ごうとも、夢が未来を作ってきた過去がある!と言い張りたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?