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活動記録 2023/08/25-奥多摩合宿

 朝起きる。今日もウルトラマンに先立って寝袋をたたみ始める。今日も朝食にはフルーツを食べる。けれども今日は、「無敵」の度重なる妨害によって柑橘類をはじめマスカットなどまで大半を彼に食べられてしまい、朝の瞑想の頃の機嫌は決して良いとは言えなかった。
 まあ、瞑想後着替えて学習に入るのだが、高校数学には思ったよりも骨が折れた。昨日学習したところを念のため、もう一度やり直してみるとかなり間違って覚えていた。それらを何とか理解して次へと進むことができたのは8時。途中間食をとり、休憩時間はまだ残っていたが少しでも集中を続けたい思いから学習を再開。
 「日本語が滅びるとき」を途中途中で読んで休憩しつつも昼頃までには第二章「図形」に入る事に成功した。メネラウスの定理などいろいろな新法則が出てきたために混乱してしまっていたのが一番の悩みだった。
 が、幸いはじめの辺りはまだ三平方の定理の応用が利いた。一応前半合宿の時に予習し、それをもう一度後半に入ってすぐにやり直しているため正確さでいえば中Ⅲ数学の中でもかなり高い方だ。
 そんなこんなで学習時間が終わった後、昼食となった。今度こそナポリタンかと期待に胸を膨らませていた最中、出てきた麺類は……たしかに、麺類だ。けれどもスパゲティじゃあない。そうめんだ。
 昔、まんが日本昔話にて「そうめん地蔵」というものを見た事を朧気ながら思い出し、食卓に着いたとき微かな違和感を感じた。なぜ、僕はそうめんに対してこれほどまでに怯えているのだろうか。しばらく熟考した末、不意に思い出した。
 それは出来れば思い出したくないと思っていた、前半合宿の記憶。あのとうがらしそうめんの記憶だった。今回後半合宿に参加するなりレイセンに向かって発した第一声は、「今回青唐辛子……いや。とうがらしの在庫はありますか」だ。前半の悲劇を未然に防ぐべく。また、ないと知って安心するために聞いたのだが返ってきたのは無情な現実だった。
「え、とうがらし? 2,3本ストックがあるよ」その一言を受けて僕は嘆いた。前半の悲劇。あれをもう一度繰り返さなければならない。そうなのだろうか。
 そして今。そうめんがでてきた。とうがらしは何処にも見当たらない。だが、そのかわりに多くのかき揚げが皿に盛られている。
「レイセン!このかき揚げはとうがらし入りですか?」思わず訪ねてしまった。するといとも簡単に「ああ、違うよ」と言われる。
 確かに初日、レイセンはとうがらしはあると口にしていた。ならば、これは本当なのだろうか。前半でとうがらし嫌いが露呈した僕にこっそりと食べさせようという腹なのではないか。
 疑っても疑ってもその疑念はなくならない。だがレイセンに聞いてもその答えは全く変わらず。仕方がない。思い切ってかき揚げを一つ口に放り込む。
 美味い。とうがらしのあの辛さは微塵もない。ないが、念のため良く噛んで飲み込んでゆく。またあとで急激に猛烈な腹痛に悩まされてしまっては目も当てられない。それだけ安全策をとっていたのだがどうやらそれは杞憂だったらしく、かき揚げはただの美味いエビの入ったかき揚げで、そうめんも量が多すぎるだけの何の変哲もないもの。けれどもそれがわかる頃にはかき揚げはだいぶん減ってしまっている。
 あとに残ったのはこの多すぎるそうめんのみ。けれども僕はそうめん地蔵ではない。そもそも‘あの’そうめん地蔵にしたって結局は食べたと思わせておいてこっそりと裏の川に流していた。それに比べればたいした量ではない。
 そうめん地蔵が食べたのは裏の川を埋め尽くすほどだが、今回のは川の長さと比較してみても「流しそうめん」と思わせる事すらも出来ないだろう。
 けれども、あれと一緒にされては困る。あんな量のそうめんを食べきれるはずがない。だから、いくら周りになんと言われようとも僕は頑として食べる事はしなかった。
 そうして昼食後、皆が川へ行こうとするのを僕は少し羨ましげに見守っていた。今回ばかしは川に行ってもかまわないと思ったのだが、腹にはち切れんばかりにそうめんを詰め込んだ僕は川に入るなり、蕎麦は食べていないがまるで「そば清」のような最期を遂げてしまう。そう思わず考えてしまうと、急に川へ行くのがおっくうになってきた。いくらなんでもないと頭の片隅で考えながらも、その実どこに「うわばみの赤い薬草」があって口にしてしまうか―これはひょっとすると川の中に溶けているかも知れない。それでそうめんをたっぷりと食った人が川に落ちたせいで、そうめん地蔵のラストを飾るあのそうめん谷となるのだろう―わからないのだ。
 そうなんだかんだ理由を付けて川に行くのを取りやめたのだが、とにかく暑い。僕は一かけもとうがらしを食べてはいないのだが、まるで前半のあのときのようなのだ。けれども幸い大型扇風機が前半戦、僕が帰る少し前に輸送されてきた。きたのだが、この扇風機は就役後もなんだかんだとものを壊しがちなメンバー(小・中学生ほぼ全員)が多いために半径3メートル以内に接近する事を禁止されてしまっている。
 そもそも、この扇風機は元から皆の熱さを和らげるためではなく荘内の空気を循環させるために数週間前に真新しく就役したのであって、今度の暑さも人が学習できる程度―程度と言っては少しぬるく聞こえるかも知れないが―である以上、そこまで涼むために使うわけにはいかないのだ。
 そのためなのか、「無敵」や柳さん達川へ行った組が返ってくるのに合わせてレイセンが特製レモンスカッシュを作ってくれた。ありがたく冷たいそれを飲むと、名前から連想する事も出来るが、予想外な事にそれは炭酸飲料であった。たしかに「スカッシュ」とつくものの大半は炭酸飲料だ。
 けれども、3歳の時分から炭酸と名の付くものには手を触れずに過ごしてきた身となってはそんな事知るはずもない。けれどもこれを飲まなければそのうち猛烈な眠気が襲ってきて、トイレの中で気絶してしまうだろう。(この前の夏、家族が病気療養のために厚着をして冬の布団を頭から被り、エアコンのない密室で何日も過ごしたとき、脱水症状を起こしてトイレの中で昏倒した前例があるためだ)だから、頑張って飲んだ。幸いにして舌を下顎から片時も離さなければ炭酸特有のあの痛みは襲ってこない。これは、少しずつ飲んでいるために舌の下、両上あごにある唾液腺に炭酸が当たらない事が原因だろう。
 そうして炭酸水―僕の中では既にこのカテゴリイにいれる事とした―を飲み終えた僕は畳の上に横たわる。今度こそ安眠したかったのだが、「無敵」がそれを許してくれるはずもなく。
 結局いつも通りの攻防戦が繰り広げられた。いつものように優勢な「無敵」こと座布団を大量に取り出してくる彼。そして終始受けてばかりの僕だ。彼の投擲攻撃を必死の思いで受けて全て畳の上にたたき落とすと、彼はあっという間に逃げ去る。
 そして結局、睡眠妨害をした総責任者となってしまうのはいつも僕だ。そのついで―むしろこちらが本命―として彼がさんざん投げつけてきた座布団やら何やらを回収して片付けるはめになる。
 そんなことをしながら、本来僕が睡眠に使うはずだった時間はあっという間に過ぎ去る。もっとも、幸いにして眠気に襲われる前に彼が襲ってきたおかげでそこまで猛烈な睡魔というものがやってこないのだ。これは不幸中の幸いと呼ぶべきか、否。
 そこまで眠くはならないと言ってはいるが、それはつまり通常通りの睡魔が襲ってきているという事だ。集中が続いている間は良いが、もし逸れてしまえば悲惨だ。これまで頑張って無視してきたつけを払わされるが如く、一気に勢力を盛り返してきた睡魔になすすべもなく後退しなければならない。
 はたして。その大勢力の前についに膝を屈してしまった僕は、眠りこけるとまではいかなかったもののそこから先は読書に熱中したり、虚空を眺めて2時間。
 気がつけばもう、学習時間が終わる。虚空を眺めながらも手は勝手に動いて教科書をめくっており、気がつけば何故かその内容が頭の中に入っている。
 さて、焚き火へと思い玄関で靴を履いていると、マエセンに呼び止められた。なんだ、と思ってみるとなんと秋茄子だ。それも2本。裏で焚き火を囲むなら、これをついでに焼き茄子にして喰えと言われ、喜んでそれを大事に抱え込み、裏山を登る。着いてみると、下でかなり時間を費やしたために既に火は付いていた。そしてまた、茄子を放り込んでしばらくたつと下から声がかかる。夕食が完成したそうだが、少しいつもと違って早いような気がする。
 予め、言い含められてあった。そのため裏山にて皆と
「今日の夕食、メロンだって?」「ああ、そう。確かそういっていたよ」などと会話する。それを聞いた一部のメンバーは喜んで下へ降りていき、「うそつきめ~」と声を荘内へ響き渡らせた。
 今日の夕食はメロン、新・原チヂミゼロMAX極、そしてスープだ。いうまでもなくこれらは皆愛称である。メロンとは、キノコ嫌いの彼に食べさせるためにそう呼ばれているもの、つまりはキノコ入りのミートドリアだ。そして無駄に長いようにも感じられた「新・原チヂミゼロMAX極」とは昼食のそうめんを再利用したものである。
 求めていたメロンが出ないと知って彼の小学生はいたく落ち込んだが、それを見ていられるほど時間はなかった。いつ茄子が焼けるのかわからないからだ。だから食事を持ったプレートと、醤油を持って―直前でスープを持っていない事には気がついたものの、後で飲もうと思ってあえて手にはせず―裏山へ登った。そしてトングで茄子をつまんでいそいそとアルミホイルを開いてみたのだが……
 硬い。汁も出ていない。食える状態になっていない。だが、いつそうなるかもわからないのでそこにてミートドリアを食べる。かなり美味かったのに、集中を他の事―ナス―に移していたために味を思い出す事が殆どできない。
 そうこうしているうちに暗くなり、茄子が見えなくなった。そうなったとき初めてマエセンが来る。柳さんやレイセンもやって来て焚き火端会議が開催された。ほぼ5分おきに僕は「もうそろそろじゃあないか」と聞くのだがそのたびに違う、と。
 茄子を火にくべるような位置に移動し、30分ほど経過したであろうか。漸く、焼き茄子が完成した。それに醤油をかけてみると、とても美味い。このあたりでは手元が見えないため、下へ降りて荘内の照明の下で食べようと思い立って行くと、いるのは僕ただ1人。聞くと皆とっくにシャワーを済ませているという事で、先にシャワーを浴びる事にする。
 当然と言えばそうだが、僕が置いていったそうめんスープはもう片付けられてしまっている。
 シャワーを浴び終えて着替え、灰を丁寧に取り分けて醤油をかけ、焼き茄子をあらためて口に入れた。美味い。だが、なんというか求めていたものと違う。そうだ。味が薄い。僕はあの「茄子の揚げ浸し」のような味を想定していたため、醤油のみの焼き茄子では少し物足りなく感じてしまったのだ。
 焼き茄子を食した後、裏にのぼって焚き火を見る。だが、すぐに飽きてしまった。もとより茄子を焼いている間、ずっとここに居座っていたのだ。目を閉じても、ちらり、ちらりとオレンジ色が視界に映る。
 このままでは今日寝る事が出来なくなってしまう。そう思って早めに室内へと引っ込んだ。封神演義を読む。そしてそのまま谷崎潤一郎の「麒麟」を読んだ。
 これは、現地にあった「谷崎潤一郎全集」に入っていたもので、先日昼食後の休憩中に確認し、ざっと目を通していた―余談だが、先日谷崎潤一郎の小説を幾つかまとめて買った。これが丁度日本科学未来館へ行く前の事で、このとき持って行ったのも全てその数日前に買ってきたものだ。この中に、「谷崎潤一郎マゾヒズム全集」というものがあった。中には「少年」など(これは既にまっつんに勧められて図書館にて借りて読んだ事がある)幾つかが入っていたが、そのなかにこの「麒麟」もあった―。
 その後太鼓を叩き、就寝。明後日には家に帰る事が出来る。まっつんは2週間の合宿が効果的だと行っているが、さすがにそれは厳しい。学習面でならば耐える事は出来る―基本的にゲームなどは使わないから―のだが、それでも2週間となると別の面で苦行になる。さすがに2週間も家の本棚や近所の図書館まで行けないのは辛い。読みたい本があっても、それが珊瑚荘内になければどうしようもないからだ。

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