アメミヤミク

短編小説、ショートショート、雑記、ことば遊び。アクセサリーを作る手にペンを握りました。

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最近の記事

「本の世界をめぐる冒険をめぐる」

   キャラメル・マキアートの甘いぐるぐるがミルクの泡の海へ刻一刻と沈んでいくのを気にしながら、マンハッタンポーテージの黒いリュックで陣取ってあった壁際の席へ小さなトレーを置いた。奥にある四段昇った広いスキップフロアには、天窓から差し込む光がスポットライトのように床と本棚とにコントラストを与えている。 「自然科学、四。ええと、天文学・宇宙科学、四四〇。ここだ」 目当てのコーナーへ入り、一番大きくて分厚いオールカラーの写真集を人差指と中指で引っ掛けて棚から引き出す。席に戻りキャ

    • デッドヒート

      ぽちょり ながしにおきざりにされた あさめしのうつわ ぽちょり ちんざましますわがおしり いっこう うごかず ぽちょり ゆるんだじゃぐちも まけじと とまらず ぽちょり おしりとじゃぐちのこうぼう りょうしゃにらみあい ぽちょり みみとあたまは とうに はいぼくをきし しろはたをふる おしり いまだ いわのごとし ぽちょり ぽちょり ぽちょり ぽちょり とつじょはげしく じゃぐちのおいあげ ぽちょり ぽちょり ぽちょり ぽちょり もはやここまで しんぱん かなし

      • 『「本当に消去しますか?」Yes/No 』

         この街は雨の日が多いです。自転車通勤の身にはちょっと厄介です。店長によるとこの一帯に集まっている「人間の心を扱う店」のオーラがそうさせているらしいのですが、真偽のほどは分かりません。  『消去百貨店』という、完全に名前負けしているオンボロの小さな路面店が僕の職場です。鍵の開け方にコツがありまして、左斜め上に力をかけて同時にドアノブを奥に押して鍵を回します。午前十一時にclosedの札を裏返して消去百貨店はいざopenです。  カウンターの奥に座って外のしとしと雨を眺めている

        • 暑がり君、寒がり君

           ぼくは暑がり君。とにかく夏が苦手です。太陽のパワハラとしか言いようがないじゃないですか。「日焼け」って。「焼け」って。ヤクザの落とし前ですか。  そして汗。汗が止まりません。デリケートなぼくのお肌はベタベタが耐えられない。あせもができます。ううう、こんな仕打ち。ぼく何か悪いことしましたか?  不本意ながら体内からどばどば出てしまう水分を補うために水筒を持ち歩かなくちゃならない。重いです。荷物が。ぼく、ひ弱なのに。  ヤクザの親分、太陽との激闘ばかりに気を取られていると、他に

        「本の世界をめぐる冒険をめぐる」

          世界の最果てにて

           天気は薄曇り。風はなく過ごしやすい明け方。  一人の男が入江の周りをゆっくりと歩いている。カーキ色のズボンによれよれのTシャツ。足になじんだ茶色のラインマンブーツ。少し白髪の混じった無精髭。  丁度いい岩に腰をおろし、大きな荷物からまずはギターをひっぱり出した。  ぽこん、ぱらん、と弦を弾いて調子を整えたあと、四秒の静寂を確かめてから歌い始める。ビートルズの『Across The Universe』。 Jai guru deva (精霊たちに感謝を) Jai guru

          世界の最果てにて

          猫を飼って名前は「トミザワサン」とか「キシモトサン」とか「スミレサン」とか「ゴロウサン」とかにするのがわたしの夢なんだ。

          猫を飼って名前は「トミザワサン」とか「キシモトサン」とか「スミレサン」とか「ゴロウサン」とかにするのがわたしの夢なんだ。

          架空の副題 「〜隠密の壇蜜が精密な三密を壊滅〜」

          架空の副題 「〜隠密の壇蜜が精密な三密を壊滅〜」

          もろい絆と自由の旅人

           栃木、群馬、埼玉、山梨、長野、岐阜、滋賀、奈良による決起集会が行われた。  海なし県による海岸線獲得作戦会議だ。隣接都府県との併合ではただ吸収されるのみ。  彼らの海への渇望は、海あり都道府県からは想像もつかない程に重篤である。海が見たい! 海辺で暮らしたい! 嗚呼、海よ!  皆が頭を抱える中、長野が重々しく口を開いた。 「海なしの地はかつて我々八県の他にも居たらしい」 議場がざわつく。 「もっともそれは廃藩置県よりもさらにずっと昔の事だ」  長野曰く、海を求めてそいつは出

          もろい絆と自由の旅人

          栄養不足に悩むホラー俳優

           きみたち、わたしの働く日は案外多いと思っているだろう。その日がくると 「ねえねえ、今日って」 など雑談の途中に挟んでみたり、一人で気が付いたら「お、今日は」なんてふと思ったりするのだろう。わたしの勤務日はわたしの代名詞として共有されているので、日付を会話に登場させれば 「あ、ほんとだ」 で済まされるのである。たったそれだけ!  この際言わせていただくと、そんなに頻繁にはないからね。十三日の金曜日は。年に二回あるかないか、多くても三回だからね。  昨今はびこる「また十三日の

          栄養不足に悩むホラー俳優

          がんばるひとと、たしろさんと、しつどが、だいすき

           シメシメシメシメ…… 進む、進む、列をなして。  昨日の雨と打って変わって今日は朝から春の太陽が照る。窓際に重たく溜まっていた湿気が急速に蒸気となって消えてゆく。  シメシメシメシメ…… 進め、進め、目指すは台所のシンク下。常駐の湿気は栄養価が極めて低いが、こう晴れていては贅沢も言っておられぬ。  シメシメシメシメ…… 「シッ」 一本の線のごとく続いていた列が乱れた。引き戸の溝に一匹がつまずいたのだ。二センチメートルほどのカラダには過酷な道のりである。  倒れた仲間の周りに

          がんばるひとと、たしろさんと、しつどが、だいすき

          猫型ロボットによる報告書1

           ニニ世紀から一九六九年へと移動してから約半世紀が経った。ぼくが居た時代の日常とは程遠いが二◯二◯年の暮らしは実に「未来的」だ。  暮らしの変化とはある日突然に訪れるものではない。新しい技術がうまれ、それが生活の一部として取り込まれる。新しい製品はときに従来の必需品をお役御免にする事もある。その最たるものは携帯式電話機である(添付資料B)。  進歩とは、新しい製品が家に一つ増える事ではない。ぼく達の二一一二年での暮らしといったら、一つの製品に一つの機能が備わった道具が膨大に

          猫型ロボットによる報告書1

          コットン100%の部屋

           佐藤は安堵した。 兵庫県西脇市から入った山道を歩き続けて三時間弱、ようやく目的の宿を見つけたのだ。一時間ほど前から道はとっくに失われており、その宿は木々の中にぽっかりとひそんでいた。 「最高の眠り心地、幻の隠れ家《綿花荘》」  残業続きで灰色の顔をした佐藤は終電に揺られながらツイッターを開いた。「プレミアムフライデーなう!」「フジの新ドラいいな」といったつぶやきを冷ややかに眺める。ぼんやり画面を流していると広告ツイートがふと目に入った。普段なら広告は全て読み飛ば

          コットン100%の部屋

          満月の日にしたい十の事

           「月が綺麗ですね」 漱石も眺めた月が満ちる日は、不思議な力が働く。その力にあやかって生活をほんの少し見直してみよう。具体的な十の行動をまとめるので参考にしてほしい。 《1個》 部屋を見渡して要らない物を一個捨てよう。満月の日は判断する力が高まる。 《20分》 スマートフォンを見る時間をいつもより二十分減らしてみよう。満月の夜はいつもより明るいので、ブルーライトが目に与える刺激が多くなる。 《3人》 友人、同僚、家族、店員、隣り合わせた人……誰でもいいので最低三人に「あ

          満月の日にしたい十の事

          歯磨き粉がなくならない

          一人暮らしも十数年になり 生活のあれこれが 履き慣れたスニーカーのように 当たり前になる 例えば掃除機をかけたそばから もう落ちている髪の毛への諦め 小さくなった石鹸が とにかく泡立たない不思議 靴下は洗濯の前に形を整えないと 干す時に心が少し荒む さて歯磨き粉がそろそろ無くなりそうで 買い物リストに加える 銘柄は特にこだわらないが 安すぎても不安なので 二百九十円くらいのやつを選ぶ 出番待ちの歯磨き粉は とりあえず給湯器の上へ (収納下手の極み) ここからである

          歯磨き粉がなくならない

          「ついでにパン買ってきて」みたいなノリで短編小説を依頼されたで

           五月四日。自粛してるのかゴールデンウィークなのか曖昧な昼下がり。曖昧な内容のメッセージが届いた。  無茶振りにもほどがあるやろ。受けて立とう。Amazonプライムビデオの「スニッファー」(プライムオリジナルのウクライナドラマでお勧め)を中断してすぐに書き始めた。翌五日の十三時に3,944文字の短編が完成した。あ、もちろんフィクションです。   「Coffee is back.」 ーーー今から五十年ほど前。新種のウイルスが全世界に蔓延した。感染による直接の被害の他にも、

          「ついでにパン買ってきて」みたいなノリで短編小説を依頼されたで

          不自然なレモン

          ここにレモンが有ります。 おや、このレモンは黄色くないですね。 白と黒が混ざった色をしています。 このレモンは妙な形をしていますね。 いくつか突起物があります。 触ってみましょう。 このレモンはつるつるしていませんね。 ふさふさしています。 少しかじってみましょう。 おや、このレモンは酸っぱくないですね。 このレモンはずいぶん大きいですね。 片手に収まりません。 持ち上げると、なんとも、重いですね。 水に浮かべてみましょう。 台所では無理そうです。浴槽を使います。 凄い水

          不自然なレモン