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もろい絆と自由の旅人

 栃木、群馬、埼玉、山梨、長野、岐阜、滋賀、奈良による決起集会が行われた。
 海なし県による海岸線獲得作戦会議だ。隣接都府県との併合ではただ吸収されるのみ。
 彼らの海への渇望は、海あり都道府県からは想像もつかない程に重篤である。海が見たい! 海辺で暮らしたい! 嗚呼、海よ!
 皆が頭を抱える中、長野が重々しく口を開いた。
「海なしの地はかつて我々八県の他にも居たらしい」
議場がざわつく。
「もっともそれは廃藩置県よりもさらにずっと昔の事だ」
 長野曰く、海を求めてそいつは出発した。憧れの瀬戸内海へ身体を引きずって進む過酷な旅路の間に面積約六七◯平方キロメートルのうちおよそ一・二割に当たる八◯平方キロメートルを失ってしまった。
「だが、念願の海に出た感動を思えばその苦難の道のりなぞなんという事はない、ぬるく淡い路のりであった」
と、渦潮達の歓迎に向かって涙ながらに語ったことからそいつは淡路島と呼ばれている。
 淡路がかつて居た所はぽっかりと穴が空き現在の琵琶湖となっている。

 長野の話が終わると皆は滋賀を睨みつけた。
「いや、あいつは、その」
滋賀はもごもごと口ごもり、冷や汗が県境につついと流れた。八県の一体感はすっかり失われ集会はあっけなく解散となった。背をすぼめて議場を去る滋賀。隣人であり友人でもある岐阜は、ただただ切ない眼差しを向けて見送る。

 そんな事はつゆ知らず、旅人淡路は爽やかな潮風を浴びて大きなあくびを吐き出していた。

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