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【 北海道クマ旅 03 】 クマ、だけじゃない。博物館もいいんだ、クマ牧場。

登別クマ牧場、真打は博物館にあり

クマ牧場、ただの牧場だけじゃなかった。アヒルもいればリスもいる。そして、ヒグマ博物館と、アイヌの展示がある「ユーカラの里」を忘れちゃいけない。

意外とコンパクトなクマ牧場

クマも楽しかったけど、この展示に出会えたことの方が感動が大きかった位。
なんかのついでに飾ってるんでしょ、とナメていたら、いい意味で裏切られました。

看板がゆるいからねぇ

正直、マニアな大人向けです。ワンフロア丸ごと、本当に昭和のままです。開き直って昭和ポイント!って解説しているくらいなレトロ具合。一周回ってチャームポイントということで。

いやいや、中身は本格派です。

本格的な展示!
なにこれ!
うーん、マニアック!

色褪せない展示・アイヌのヒグマ活用法

規模は小さい展示ですし、パネルは色あせてます。でも、内容は色あせないものでした。

とりわけ「アイヌとクマ」の展示が見応えあります。北海道にいるクマは、ヒグマ。
アイヌの人々の暮らしの中では、ヒグマがとても大切な存在だったそうです。
クマがどのように祀られ、狩られ、活用されたかが展示されています。

パネルの文章がこれまた、引き込まれるものだったので、引用させてもらいましょう。

「この広い北海道は、もともと、漁狩猟の民であるアイヌの人たちのものでした。
彼らの生活は、どんな場合でも、”神と自然と人との共存共栄によってのみ、幸せな暮らしができるのだ”という考えのもとに続けられていました。
(中略)
このように、太陽や火などの自然、クマやキツネなどの動物、トリカブトやオオウバユリなどの植物、舟や櫂などの物、これらをあがめ、尊ぶ気持ちを大切に接していました。アイヌの人たちにとって、これらすべては、自分たちの生活を守ってくれる”神の化身”ともいうべきものだったからです。

特に(中略)ヒグマは、山の神として最大の尊敬が払われていました。それは、天上の神がヒグマに乗り移り、コタン(村)へのお土産として、大きな肉の塊を背負い、立派な毛皮の外套を着て、山の奥からおりてくるものと信じられてい宝です。
また、このクマの神は、(中略)、里の近くの山々に迎えにきた狩人の中から、本当に心のよいと思われる人を選び、自ら射たれて、お土産を置いていくと思われていました。そのため、ヒグマを射ることのできた人は、”私は神から選ばれた人である”として、感謝したのです。
のぼりべつクマ牧場・ヒグマ博物館展示パネルより

アイヌ人々の世界観に、鳥肌が立ちました。
私の語彙力では言い足りません。崇高な、人間の力では及ばない世界の話が、100年前の人々の暮らしの中にあったなんて。すごい(ほんま語彙力よ)。

昭和の匂いが(物理的にも)ムンムンする博物館の中で、一人ジーンとしていました。

いただいたクマの命を、余すことなく活用した道具が展示されていて、びっくりアイテムも色々。

クマの膀胱は水袋や油入れに使われていたそうです。ワーオ!命の無駄がないし自然に還る。うん。

クマの膀胱でっか!

狩りに使われた道具も本当に美しくて、暮らしに本当に矛盾がない。ほんの100年ほど前まで、暮らしも、道具も、大地も全てがつながっていたんだな、と感慨にひたります。
本当の意味でサステナブルな暮らしって、こういう事だよな、うん。

小刀。彫刻にご注目あれ
写真が下手ですがこの弓!木の皮が巻いてある。かっこいい!

他にもクマの冬眠の穴の実寸模型(入れます!)もあって、ホクホクしながら見終えました。

クマ牧場って事を忘れるレベルの、アイヌお宅探訪


ささ、アイヌの家などの展示がある「ユーカラの里」にも行ってみよう。ヒグマ博物館のすぐそばです。クマ牧場のおまけだと侮るなかれ、ガチなやつです。下の写真見てください。

国語辞典でおなじみ、金田一京助先生って、なんとアイヌ語の研究者の先駆けでもあったのですね。いや〜知の泉は深い。金田一先生すごい。

本当〜によくできていましたよ!


ここには、明治初期のアイヌの家を忠実に再現した家が建っていました。寒い北海道で暮らすために、隙間風を無くすためにビッシリ葺かれています。密度!

ほれ、びっしり


おじゃましまーす

家はいろりが中心にありますね。土間も広いから、外から帰ってきた時もすぐ家に入れるし、冬場に道具を家の中に入れておけて便利だな(主婦目線)。

実際に使われていた生活道具も展示され、リアルなアイヌのお宅訪問気分が味わえます。

道具に萌える

木を使った道具がとても多くて、木製の物が好きな人にはたまらないです。いち主婦としては、調理器具にワクワク。
私のお気に入りはまな板(誰も聞いてないけど言わせて)。切った物をそのまま横に入れられるという逸品。これいいな。器も素敵です。


そのほか、貝で作った下駄(!)や、お箸など、いろんな道具が展示してあります。楽し〜 これ全部手作りってすごくないですか。すごいよ。


どーんとアイヌの木製船も展示されていて、なんと中に入れちゃいます。船体が細長くて、櫂が短い!
川へシャケ漁によく出ていたそうなので、それ用かな?知らんけど。

結構この日は暑かったので、クマも扇風機の風に当たっていました(剥製です)。

今まで知らなかったけど、アイヌ民族は樺太(サハリン)や千島(北方領土)、北東北にもいたのですね。結構広い範囲でいたことにびっくりしました。そんな広範囲にいた民族なので、アイヌ語にも方言があったようです。

アイヌはヨーロッパっぽい!?

結婚しても親と同居はせずに核家族で暮らす、お墓は家族単位ではなくて個人単位だった、など、アイヌの文化はいわゆる「日本的」な文化と異なるところも多くて、とても興味深い。

日本は単一文化・単一民族ではないんだな…と展示や本などを見れば見るほど、改めてそう感じました。
アイヌ民族の経緯は、ここでは割愛しますが、ネイティブアメリカンやアボリジニのそれと酷似していて、震えるんです…

これはアイヌの倉庫

そんな厳しい境遇でも、文化の火を絶やさずに灯し続け、記録を残した人がいた。今もアイヌ文化が受け継がれ続けていることは、すごい事だと思いました。

明治時代に、知里幸恵さんというアイヌの方が、ローマ字で書いたアイヌ語と、日本語訳で記した「アイヌ神謡集」という本があります。
文字を持たないアイヌの人によりアイヌ語が記録された、世界で初めての本だそう。ちなみにこれも金田一京助先生プロデュースです。すっごいな!

もういっちょ、展示棚のお写真を

知里幸恵さんの記念館(銀のしずく記念館)もクマ牧場から遠くない場所にあるのですが、車じゃないと…うううう、でっかいどう(私はバスと電車できたんだ)。

書くこと、伝えることの意義を、改めて噛み締めます。
たった一人でも書き続けることは、後に続く人に、何かをつないでいくこと。間接的にだけれど、書き手として、大事なことを、学ばせてもらいました。


またアイヌ文化は、漫画「ゴールデンカムイ」に詳しく載っているので、これはぜひ読みたい。

「ゴールデンカムイ」野田サトル  Google先生から

一朝一夕では学びきれないアイヌ文化の深さ、これまた、沼ですな。ちなみにアイヌ語で沼はトーと言います。

すっかり長くなりましたが、北海道の奥深さに触れた旅となったのでした。やっぱり、北海道はでっかいどう!



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