魔女

「バスには絶対に乗るな。惨劇が起こるぞ」
この女の予言を聞いた時、人々は密かに苦笑した。
 1999年9月9日、長野県の高速道路で、修学旅行の子どもたちを乗せた大型バスが横転し、20人以上の死者を出す大事故が起こった。
 この事故が起こったその日の朝、修学旅行の出発に色めき立つ小学校の校庭を、魔女のような黒装束に身を包んだ一人の女が、
「バスには絶対に乗るな。惨劇が起こるぞ」
と叫びながら、駆け抜けた。校庭にうごめく人たちが、その女の言葉を聞き、姿も見ていた。黒装束の女は、誰もが見覚えの無い顔であり、そして誰もがその予言に嘲笑を浴びせかけた。
 横転事故の生存者の中には、黒装束の女が、バスに乗っているのを目撃した者もいた。押尾信二も、そのうちの一人だった。彼は、高速で走行するバスの右手を、黒装束の女が、風のように抜き去るのを、目撃したという。
 あの女は、惨劇を呼ぶ悪魔だったのか、それとも、危険を知らせる予言者だったのか、それは、未だに謎である。


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