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物忘れがひどい

いつかこういう日がくることはわかっていたのだけれど、数年前から物忘れがはじまった。とにかく、なんでもんかんでもすぐに忘れてしまう。

会社勤めができていた日々の終わり頃、ずっと頭に靄がかかっているような感覚に襲われた。考えるのも、記憶するのも、喋るのも、読むのも書くのも思い通りにできない。あきらかに自分の脳みそが「変」だった。そんな状況になってから、記憶力や思考力が「濁った」ような気がする。読んだ本の内容や思いついた創作アイデアについて、すぐに忘れてしまうようになった。

私はいわゆる老齢というわけではないのだけれど、もちろん1分ずつ、1時間ずつ、1日ずつ、少しずつ年を取っている。視界がゆがむことも多くなっているし、前述の会社勤めの最中にひどい適応障害を起こしていたとき、「もしかしたら小規模な脳梗塞が起きたかもしれない」というタイミングもあった。自分の脳が思うように働いてくれないのは、とんでもなく不自由だ。少しでもダメージを減らしたくて、ながらくしていなかった「軽い運動」なるものをするようになった。結局、数年後に内臓の摘出手術を受けることになった際に、色々なところに大迷惑をおかけしつつ、どうにか仕事の進行を止めずにいられたのは多少なりとも筋力を付けていたからだろうなと思っている。それはそれとして、物忘れについてはどうしたものか。筋肉で解決できないタイプの問題だ。

考え得る3パターンの解決策としては、こんなものだろう。

・とっとと出力してしまう
・メモをとる
・縁がなかったとあきらめる

1つめの「とっとと出力してしまう」。これは要するに、「出てきたアイディアをとにかく形として残しておく」ということだ。小説執筆というのはスポーツとか楽器の練習に似ていて、毎日やっているとちょっとずつ上手くなる類いのものだ。これは本当に実感としてそうで、仕事が立て込んで小説本文の執筆から遠ざかると如実に下手くそになってしまう。3日サボったら1ヶ月分の積み上げがパァ!!である。(楽器の演奏と同じように1度ある程度の型を習得すればその「型」自体は手続き記憶として失われにくいとはいえ、だ)。
脳から汗をかいて考えぬいて出力する頭脳労働という嫌いもあるけれど、本文執筆という意味では紛れもない「日々の鍛錬」タイプのスキルである。手を動かせ、手を。忘れてしまうアイデアの中には、「台詞回し」とか「パンチライン」の場合もあるので、もうこれについてはとっとと掌編という形にまとめてしまうべきである。自分の鍛錬のためにも。

で、2つめの「メモをとる」。まあ、これもある意味では出力なのだけれど、これについては忘れてしまう「知識」について有効そうだ。カンニングペーパーを作っているうちに、書いた内容を暗記してしまう……という笑い話があるけれど、アレだ。大学時代、A4用紙1枚に限ってカンニングペーパーの持ち込みを許可されている授業があった。たしか「アフリカ政治史」についての講義とかだったと思う。一般教養だった。アフリカの政治に興味がある学生ばかりではなかったわけだけれど、そのカンニングペーパーを作っているうちに講義の勘所については頭に入っていたように思う。

それから、3つめ。
少し前までは「忘れてしまうアイデアなのなら、所詮はクリティカルなものではなかったのだろう」とか思っていた。アイデアというのは「縁」だと思っている。これは知人の言っていたことだし実際そうなのけれど、縁というのは切れるときは切れるし、同じ縁がまた繋がるときには繋がるものだ。こんな話、定期的にもTwitterでバズるでしょう。実際、10年ぶりに連絡がきた友人と懇意になることもあるし、長年の腐れ縁もある日突然に途切れることもあるし。けれども、私はそれでも未練がましい人間なので、切れた縁にすぐに納得できる性分でもない。だから、これはパスだ。パス。私に思いつかれるてしまったのがアイデアの運のつきだ。そんな悪縁を得てしまったアイデアの皆様におかれましては、いつか絶対にこの手におさめてやるから諦めてくれよな。

と、つらつらと書いてきたわけだけれど。とにもかくにも、インプットとアウトプットというものは、どうしたってどちらかが痩せ細ると遠からず共倒れになってしまうものである。いわゆる「両輪」というやつだ。どっちも回ってなくちゃいけない。車輪というのはどうしたって、止まってしまえば脆弱だ。どんな身体能力をもった人間も、止まったママチャリに跨がったままでバランスを保ち続けることはできない。車輪がぐるぐる回っていさえいれば、ひょろひょろの小学生から爪楊枝くわえた爺様まで乗りこなすことができる乗り物なのに。車輪ってのは、止まれば弱い。再び回すにもエネルギーがいる。とにかく習慣だ。サイクルを止めるな。毎日の習慣を保つこと、少し崩れたら意地でも立て直すこと、そのために健康を保つこと、創作に限らずどうしたって必要なことだよなぁ……。

こういう当たり前のことだって、私はすぐに忘れてしまうのだ。


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