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あの夏、

中学最後の夏は思っていたよりもずっと静かだった。

もちろん、蝉は時間など考慮せず四六時中唄っているし、
心臓に直接届くような花火の乾いた音を感じる日もあるのだけれど、
その全てが僕にとっては懐かしく感じられ、
今の自分と同一進行しているものだとはまるで思えなかった。

野球部として臨んだ最後の大会に敗退すると、長い夏季休暇が始まった。
あんなにも忙しく情緒的だった僕の日常は、あまりにも呆気なく過ぎ去っていき、空っぽな心と共に気怠い夏を過ごした。

周りの同級生たちの大半はすぐに受験勉強に取り掛かり始め、自分だけが取り残されたような気持ちになった。

しかし、だからと言ってそのことに浮き足立ったりはしなかった。というより、そうする気力もなかった。

そうして毎日正午過ぎに起きては、カップ麺を食べ、縁側でぼーっと過ごす日々を続けた。

僕の中学最後の夏。

日中は両親が家にいることはなかったので、父の吸っているセブンスターを二本ほど盗んで吸った。

居間では七つ下の妹が気持ちよさそうに昼寝をしている。

どんな夢を見てるのだろうか。

そのうちに妹が目を覚ますと眠そうに分厚いテキストを開き、宿題に取り掛かり始める。

僕はまだ二袋余っていたインスタントラーメンを作り、そっと家を出た。

外に出ると、もう夕方と言える時刻にも関わらず強烈な日差しが僕の瞳の奥の方までズキズキと刺激した。

だが、夏の空は憎らしいほど美しい。

悠々とした絵に描いたような入道雲と、青よりも青い空に少し心が動いた。

頑張りたいと思った。


家に帰ると、妹はまた眠っていた。

今度は少し悲しそうだった。

しばらくその姿を見つめていると、細く小さな身体に驚いた。

机の上で開きっぱなしのテキストはほとんど進んでいなかった。

二十時、乾き切った花火の音が微かに聞こえる。

僕は夜空にそれを探すことなく、まだ半分以上残っている父の煙草箱をぐしゃぐしゃに握りつぶした。

頬が冷たく濡れるのを感じた。


拝啓、お袋

これが僕の最後の夏




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