酔っ払いのスイカ【ショートショート】
Y華と出会ったのは、高1のときだった。
横浜のお嬢様校なのに、サーファーみたいに色黒で茶髪。不良ってやつ? とにかく怖いから近づかなった。同じクラスで隣の席だけど、とくに話すこともなく春が過ぎ、夏が来た。
ホームルームを終え、クラスの女子たちが次々に席を立つ。Y華は机の上で腕を突っ伏して寝ていた。
カコン……。
何かが落ちる音。Y華の付けていたワイヤレスイヤホンが落ちたんだ。拾うと、指先から音楽が伝わってきた。
韓国語の曲。これ、聞いたことある。わたしの気配を感じたのか、Y華はうっすらと目を開けた。
「あ、あのさ、イヤホン落としたみたいだよ」
イヤホンを差し出すと、Y華が手のひらを眠そうな顔で「サンクス」と言った。
「K-POP、好きなんだね」
「うん。韓国に行きたいから、よく聴いてる」
「へぇ、なんで韓国に行きたいの?」
「なんでって、かっこいいじゃん。韓国の芸能人とケッコンしたくない?」
目を輝かせて言うから、なんだか可笑しくて「そうかも」と答えた。するとY華は、韓国のスイカについて話しはじめた。
「じゃあさ、”スイカ焼酎”って知ってる? 韓国で人気のお酒なの。韓国のスイカってね、丸くないの。楕円っていうか、面長っていうかさ。しかもめちゃめちゃ甘いらしい。
そのスイカをね、半分に割ってくり抜くの。その中に、スイカをミキサーですり潰したものとお酒を混ぜて入れるわけ。そのスイカ焼酎をグイッと飲んでみたいんだよね」
サラダボウルくらいのスイカを、両手いっぱいに持ちながら笑っている彼女を想像した。
「でね、韓国でお酒を飲むときは、テーブルの正面を向いて飲んじゃいけないの。人に対してそっぽを向いて飲む。それがマナー。だからわたしはその大きなスイカ焼酎を飲むとき、なるべく横顔をキレイに見せたいんだよね。ねぇ、やってみるから、見ててくれる?」
すると、Y華はわたしを前の席に座らせた。ふたりで会食している演技をしろと言うのだ。わたしは照れながらも、ラーメンを食べるふりをした。
「おいおい、なんで韓国でラーメンなんだよ。ここは焼肉だろ? ま、いいや。コホン……。どうよ韓国。楽しんでる? いいところだろ。今日はわたしのお・ご・り。だからじゃんじゃん食べていきなよ!」
どうやら設定は、韓国に住んでいるY華と、旅行に来たわたしという設定みたい。Y華はノリノリだ。
「じゃあさ、とっておきのお酒、頼んじゃおう。スイカ焼酎。ひとつのスイカを半分に割って、一緒に飲もうじゃないか。ひとつのスイカを二人で分けるってのがいいよね。え、そんなに飲めないって?…大丈夫、そんなに強いお酒じゃない…ハズ」
Y華は後ろを振り返り、店員にお酒を注文している。そこは日本語なんだ。
「よぉし、キタキタ。飲んじゃうよぉ。おっと待って。韓国の飲み方を教えてあげよう。スイカを両手で掴んで、横を向くんだ。それで……こう!」
そう言って身体をねじって横を向き、あごを突き出して、両手で支えた半分のスイカを飲んだ。まるでスイカ焼酎が何かの聖杯みたい。目は天井をまっすぐ見つめ、唇はアヒルみたいに尖っている。
「ぶははは!! それじゃこぼれるっしょ!? キレイな横顔はどこいったの」
「なんだよ。こちとらキレイに飲む練習、何度もイメトレしてんだぞ。笑わせようと思ってないんだから」
ムッとしながらY華は、もう一度あごを突き出してスイカ焼酎を飲むフリをする。あまりにもおかしくて、わたしはお腹を抱えて笑った。
「こんなに飲んだら、酔っ払っちゃうねぇ」と言うと、Y華が少し間を置いて、「いいじゃない。大人は酔っ払わないと何にもできないんだからさ」と言った。
「大人はお酒のせいすれば、なんでも言っていい。何したっていいと思ってる。お酒を飲めば、約束だってやぶっていいんだから……。わたしたちもあと4年でハタチじゃん。酔っ払わないと大人になれないんだよ」
Y華は頬杖をつきながら、少し遠い目をした。誰もいない教室に、セミの声だけが聞こえる。なんだろう。大人になるって、なんだろう……。
わたしは身体を横にねじり、スイカ焼酎を飲み干す真似をした。スイカの器を机にトンッと置いて、こう言った。
「そんな酔っ払いのスイカはさ、バットでかち割ってしまおう」
Y華は、ぶはっと笑った。
「いいね、乗った」
それから、わたしたちは親友になったんだ。些細なことだったから、今まで忘れてたな。
今日は、韓国に住むY華に会いにいく。一緒にスイカ焼酎を飲むために。
(記:池田アユリ)
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